異様と愛

 リューヴォは優しい手つきで、まだ7歳だというのに有能なメリッサの栗色の長い天然パーマの柔らかそうな頭を撫でる、気持ち良さげにしている少女と、それを微笑ましそうに見守っているゴーチェに、引き続き地上の監視と状況把握、報告を頼んでフェルディナンにもこのスペースに残って2人をサポートするよう、その場を任せた。この要所のサポートを任されたフェルディナンは、天にも昇らんばかりの気持ちでニヤけてリューヴォの背中が見えなくなるまで見送っていた。フェルディナンのリューヴォ愛は完全に度を越したものになっていて、彼がXエリアの住人になって3年は経つがヒドくなっていく一方だ、実は彼だけは、このXエリアの生まれではない。


 学園都市中央部の裕福な家庭で愛され生まれ育ち、ある時突然、Xエリアの殺し屋の手によって全てを失ったのだ。最初は、殺し屋が差し向けられたのだという事実を知って復讐をするために、鉄格子の外側に佇んでいた。殺し屋だらけの隔絶された巨大な街のドコに、自分の両親を手にかけた人間がいるのかなど分からない。感情だけが先走って何も知らない状態で来てしまった事に気づいて、片手にナイフを持ったままボーッとしていると、その頃まだ8歳のリューヴォが地上の北区で13歳のリアナと遊んでもらっている時、珍しい光景を見逃さなかったリューヴォがフェルディナンのほうへ屈託のない笑顔で走り寄ってきたのだ。その後ろのほうには慌てた様子でリューヴォの動きを制止するように名前を呼ぶリアナ、彼はハッとして持っていたナイフを仕舞った。


 少女を殺すために来たのでは無い、同じ年頃の子ども同士で殺し合うつもりも毛頭ない、殺し屋だらけの場所だと聞いていたフェルディナンは、酷く混乱して頭を抱えると膝から崩れ落ちた。そこに幼いリューヴォが到着して不思議そうに首を傾げ、鉄格子を隔てた向こう側から小さな手を伸ばし、彼の頭を拙い手つきで撫でた。その瞬間だった、フェルディナンの心が救われたのは…涙を流しながら優しく微笑む彼を見て、[良いことをした!]と喜ぶリューヴォと、とりあえず間近で見守ることにしたリアナの不思議な毎日がソコから始まった。今も昔もフェルディナンは奇妙な存在で有り続けているのだが、彼はリアナに一目惚れしたのだ、ただそれだけだった。


 自分を愛してくれた両親はもう死んだ、後を追っても良いが、それより何より最優先するべき存在が目の前にいる。ならば、それを優先しようと。そこから毎日のようにフェルディナンは、鉄格子の外側からリューヴォにお菓子やヌイグルミを届け続けた、リアナはいつも少女の側で見守り続けた。そして、鉄格子を越えて敵から味方に変わった数少ない人物となった。彼から聞いた、此処ここへ来るに至った事と次第をメリッサに話して詳細その他の調査まで終わると、フェルディナンの両親が殺されるに至った経緯がわかったのだ。確かに彼の両親は家庭を大切にしていた、が、りにって夫妻は殺し屋であったのだ。普段、中央部にいた息子フェルディナンには、全く知らされていない事だった。中央部に住んでいた夫妻は、Xエリアの恐ろしさを知らず、殺し屋の縄張りを荒らしていたのだ、それが全ての原因だったことが分かった。


 リューヴォに愛を注ぐため、愛しい少女のそばに居続けられるように、14歳だったフェルディナンはリアナから戦闘の訓練を受け、メキメキと殺しの腕を上げていった。単独での殺しも手馴れ、現在リアナの右腕と呼ばれる程になったのだ。そんな彼を視界の端に捉えながら、マルティーノは静かに溜息を吐いた。彼は縄張り戦争に参加する人間たちの中では比較的歳を重ねている32歳で、時々ボスであるリューヴォに対して親のような接し方をしてしまうのだが、フェルディナンの愛情表現は一種異様な形をしていることに気づいてはいる。だがソコにツッコミを入れてしまうと、瞬時にフェルディナンが牙を剥くことも分かっている、だから誰も何も言わない。驚いたことに、この状態を普通だと、そうリューヴォは認識しているのだから、それならば誰が何を言う必要もないだろうとなったのだった。

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