83 お酒はハタチになってからですか
俺の「ご飯ちょうだい」という思いが伝わったのか、やっと料理が運ばれてきた。
「里芋のスープと、カエルの唐揚げだよ」
「カエル?」
あのケロケロ鳴く水辺の生き物のことだろうか。
狐色に揚げられている肉を口に放り込む。衣がサクッと良い歯ごたえ。ジュワッと染み出す油。もぐもぐ。鶏肉の味がするぞこれ。
次にスープを見る。
黄金色の液体にコロコロ丸い、ひとくちサイズの芋が入っている。スプーンで芋をすくいあげる。スープはとろみが付いていて、優しい味だった。芋は噛みしめるとホクホクする。
「うまー」
「本当、美味しいわね」
俺とルーナはご飯に夢中になった。
「おお、よしよし!」
「きゃっきゃっ」
ローズは
エムリットは机の上に転がって休んでいる。動かないとただのボールのようだ。
「赤ん坊もいるし、今日の飲み比べは無しにした方がいい」
イヴァンが
「飲み比べ?」
「ああ、定期的にこの店で、酒の飲み比べ勝負をしてるんだよ。誰が最後まで立っていられるか、一番の飲んべえを決めるんだ」
「勝者は参加費をひとりじめ出来るんだぜ!」
待てよ……参加費ひとりじめ……?
「それって俺も参加できる?」
俺は手を挙げた。
「参加費が要るよ。君、ニダベリルのお金を持っているのか?」
「貸してよイヴァン。後で倍にして返すからさ」
「うーん」
イヴァンは困った顔だ。
一方、
「酒に興味があるとは、見所のある子供だ!」
「おうよ! 酒好きは
面白がっているようで、こぞって俺を参加させろとイヴァンをけしかける。イヴァンは諦めたようだ。
「分かった。お金を貸すのは今夜だけだからな! 倍にして返してくれよ。でないと、次は貸さない」
「へへっ、そうこないと!」
俺は腕まくりした。
「お子さまの癖に飲めるの?」
カウンターに頬杖をついたルーナが問いかけてくる。
「さあ」
「はいぃ?」
わざとはぐらかした返事をした。
前世では当然、酒を飲んでたけど、フェンリルに生まれ変わってからは初めてだ。この身体ではどうなるか試したことはない。
ルーナは「大丈夫なの?」と心配そうだ。
まあ、なんとかなるだろ。
店員が酒の入ったコップを参加者に配り始めた。
もらったコップをのぞきこんで、俺は驚いた。
「燃えてる……」
「
酒の表面に赤い炎がめらめら燃え
雪と氷のフェンリルは火が苦手だ。
おかげで俺は火の魔法を習得するのに苦労している。いまだに小さな火の球を作るので精一杯だ。
「止めとくか?」
動きを止めた俺に、イヴァンが聞いてきた。
「まさか!」
何事も挑戦だぜ。
俺は思いきって火酒に口を付ける。
さすがに飲み物だけあって
火を飲み込んだような感触が、舌と喉を通っていく。
腹の底がカアッと熱くなった。
「お、一気飲みか。よしよし、もう一杯いけ!」
店員が酒を注いでくる。
大丈夫、もう一杯なら。
「どんとこい!」
「おおーっ」
勧められるまま、俺は次々と酒を飲み干した。
参加者たちには周囲が野次を飛ばし「もう一杯、もう一杯!」とリズムを付けて音頭をとる。大変な騒ぎだ。
「まだまだいけるよ!」
「坊主、やるな!」
時間が経つと酔いつぶれた
俺は頭がぽわーっとしていたが、お腹の調子は悪くない。
限界目指して
「
「坊主も最高の飲みっぷりだな!」
「今度の迷い人は酒の良さが分かるのか! 坊主、困ったら助けてやるから何でも相談してこいよ!」
「皆、ありがとー!」
いつの間にか壇上の主役が俺になっている。
はて、なんでこうなったんだっけ。
「勝者は迷い人の坊主だ!」
「すげー……」
「やったね! フェンリルだけど火なんて怖くない! 兄たん怖くない! 俺最強!」
やがて死屍累々の山の上に立って、俺は勝利宣言をする。
ちょっと自分でも何を言ってるか分からない。
「終わった終わった。撤収だー」
後には店員とイヴァンと俺が残される。
ちなみにルーナは赤ん坊のローズを連れて、早々に二階の宿屋で休んでいたのだが、飲み比べに集中した俺は気付いてなかった。
「ふああ……」
皆がいなくなって緊張の糸が切れた俺は、カウンターに突っ伏して眠りそうになった。もう限界だ……。
「あーあ。無茶しやがって」
懐かしい声がして、俺の身体を誰かが抱き上げた。
ぼんやりした俺を抱え、とんとんと階段を登ってベッドまで運んでくれる。
「なんだか本当に、幼馴染みのあいつを思い出すよ。何でも一生懸命で、剣術バカだった……あいつ、今どうしてるかな」
お前の背中で寝てるよ、馬鹿。
翌朝、
布団を握りしめてじっとしていると、二日酔いの頭痛はだんだんおさまってきた。自分の手を見て安心する。良かった、人間の姿のままだ。
枕元に視線を移すと、硬貨が入った袋が置かれていた。
「これは……?」
「昨日の飲み比べの賞金だって。呆れたわ、本当に一番になるなんて」
ルーナがローズをあやしながら、答えた。
今さら気付いたけど同じ部屋になったみたいだ。
それにしてもルーナの奴、ローズの面倒をみてくれるなんて。
「もしかして子供が好きなの?」
「……嫌いじゃないわ。昔、孤児院で小さな妹や弟の世話をしていたし」
「ふーん」
ちょっと視線を逸らして言うルーナ。なんだか訳アリっぽい。
「それより、さっさと地上に戻るわよ! これからどうするか考えてるんでしょうね」
「うん。とりあえず資金は調達したから」
俺は硬貨の入った袋を振った。
チャリチャリ音がする。
どのくらいの金額が入っているのだろう。
「あとは迷宮に行って手掛かりを探すかな」
「エムリット、マッピング、デキル!」
ベッドの上でエムリットがぼよんと跳ねた。
マッピング……?
「チズ、ツクル! ミチ、オボエル!」
「地図が作れるのか? じゃあこの辺りの地理を把握すれば」
前世で将軍をしていたので、戦略に必要な地図の重要性は知っている。
迷路で地図が役に立つことも。
頼りになる
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