79 サクッと巨人を倒しました
ヨルムンガンドの背中から身を乗り出して、上空から巨人を観察する。緑の毛だと思ってたのは草だった。頭や肩に草木がぼうぼうに生えている。
「地面の中で寝てたのかな」
「うむ、地中で難を逃れて絶滅せずに生き延びたのかもしれぬ」
俺の推測にヨルムンガンドが重々しく同意した。
「それよりも見よ、草の中に人間が立っているぞ」
「あ。本当だ」
巨人の頭の上に、痩せた男が立って指図している。
「はーっはっはっは! 踏みつぶせっ」
あいつが巨人をコントロールしているのかな。調子に乗ってるっぽい。
フレイヤがヨルムンガンドにお願いする。
「お爺さま、巨人の頭に近付いてください」
ヨルムンガンドは軽く羽ばたきながら、慎重に巨人の頭に近付いた。
巨人に乗っている男がこちらに気付く。
「なんだ? 子供が二人?」
「そこの者! 私をエスペランサの王女フレイヤと知っての無礼か?!」
フレイヤの声は王者の威厳があって、高らかに響いた。
男はきょとんとした後「可愛いお姫さまだな」と笑い出す。
フレイヤは不快そうにしながら重ねて問いかけた。
「質問に答えなさい! お前はここに来るまでに、エスペランサの民を殺しましたか?」
「殺しましたよ、お姫さま! ここに来るまでに山の中にあった小さな村を二つ三つ、踏みつぶしたが、それがどうかしましたか?!」
男はこちらを舐めきった態度で答えた。
巨人が掴みかかってきたので、ヨルムンガンドは上昇する。巨人が片手に持つ棍棒からは人間の血の匂いがした。
「なんてことを……絶対に許さない!」
「あ、フレイヤ」
フレイヤは黄金の槍を持って飛び降りる。
血の気が多い
「喰らえーっ!」
紅蓮の炎をまとった槍の一撃が、巨人の脳天を串刺しにかかった。
「ははっ、魔法は効かないぞ! 竜は魔法で空を飛び火を吐くが、この巨人はあらゆる魔法を吸収し、無効化する竜の天敵なのだ!」
男が嘲笑う。
フレイヤの槍から炎が消えた。
「きゃあっ」
巨人に近付くほど炎の勢いは弱まり、フレイヤは巨人の腕に薙ぎ払われて空中を落下する。ヨルムンガンドが慌てて彼女の身体を受け止めに飛んだ。
低空飛行する青い竜の背中に、フレイヤが一回転して着地する。
その隙を狙ったのか、ヨルムンガンドの尻尾を巨人がむんずと掴んだ。
「む。力が抜ける」
「ヨルムンガンド?!」
巨人から離れようとヨルムンガンドは翼をばたつかせる。
敵は早くも勝利を確信したようだ。
「無駄ムダあっ! エスペランサの竜騎士などもはや敵ではない! お前たちは今日をもって滅びるのだ!」
男は巨人の頭の上でふんぞり返って高笑いした。
「……ふーん。それはどうかな」
俺は天牙を鞘から解き放つ。
シャリンと心地いい鋼の音が鳴った。
「ふんっ、剣などという原始的な武器で巨人を傷付けられるものか!」
男が俺を見て馬鹿にするように言った。
原始的、ときましたか。
悪口を聞き付けたのか、空色の髪の少女の姿をした天牙の精霊メープルが、俺の肩に乗るように姿を現す。
「私をそこらの剣と一緒にしないで! ゼフィ、やっちゃえ!」
メープルが人差し指をビシッと突き付けるのと同時に、俺は駆け出した。ヨルムンガンドの尻尾を握った巨人の手に、刃を走らせる。
硬い手応え……だけど斬れなくはないな。
「せやっ!」
巨人の手首がごとりと落ちた。
「うっそお?!」
男が両手を頬にあてて青ざめる。
俺はそのまま尻尾を伝って巨人の腕に飛び移る。
肩に駆け登り、天牙を一閃。
「えええええっ?!」
男の悲鳴と共に、巨人の頭がスパッと胴体から離れた。
頭の上に乗っていた男は地面に落ちていく。
巨人の胴体は仰向けになって倒れた。
どしーん、と地響きが鳴って盛大な土埃が上がる。
メープルが空中でガッツポーズをした。
「意外と呆気なかったね、ゼフィ!」
「そうだね」
「セイルさまーっ」
フレイヤがヨルムンガンドの背から飛び降り、いきなり俺に後ろから抱きついてきた。メープルが「むっ」と嫌な顔をする。「私のゼフィなのに」という呟きが聞こえたが、俺は聞かなかったことにした。
「我慢していましたが限界です! やっぱり竜は苦手です! 特に
「落ち着いてフレイヤ。言い忘れてたけど、師匠は竜じゃないよ」
「え?」
「私は神獣である!」
地面に降りたヨルムンガンドが翼を広げ、どや顔で胸をはる。
「ええーーっ?!」
フレイヤは「私は何て恐れおおいことを」とおろおろした。
当然だが、竜より神獣の方が凄いのだ。
神様の一種だからね。
巨人さえ倒せば、後は普通の兵士同士の戦いである。
竜騎士を
巨人の後ろにいた敵国の兵士を倒したり、捕虜にするのに、一日も掛からなかった。
ここに来た目的は達成したので、後は黄金の聖女が指揮する兵士たちに任せ、俺たちはレイガスに帰ることにした。
「待て、少年」
聖女バレンシアに別れの挨拶をして、ヨルムンガンドに乗り込もうとした俺を、竜騎士の一人が呼び止める。
何だろうと俺は振り返った。
「我らの王女と共に戦ってくれた若き英雄に、感謝する!」
「へ?」
整列した竜騎士や兵士たちが、じっと俺を見ている。
えっと……誉められてる?
しかし真剣な雰囲気だ。雑な態度をとると、まずそうな気がする。
「……俺のような若輩に過分な評価、痛み入ります。エスペランサに栄光と
咄嗟に昔の記憶から、それらしい返答を捻り出した。
観衆の視線や竜騎士たちの眼差しが柔らかくなる。
良かった。この答えで合っていたらしい。
「セイルさまは不思議な方ですね」
ヨルムンガンドの背中によじ登ると、フレイヤが感心したように言った。
「私は英雄の娘として振る舞おうと努力していますが、セイルさまは自然体で英雄に見えます」
「……買いかぶりだよ」
しまった。人間の世界には関わらないようにしてたのに、何だか有名になりそうな気がする。
俺は急いで話題を逸らした。
「そういえば、フレイヤの竜嫌いはもう、大丈夫なの?」
「どうでしょう。お爺さまは竜ではないということですし」
今は普通にヨルムンガンドに乗っているが、他の竜だとそうはいかないかもしれない、とフレイヤは浮かない顔をした。
「そもそも、なんで竜が嫌いなの?」
「子供の頃に飼っていた小鳥を、かごの中に入ってきた蛇が丸飲みにしたのです。それ以来、蛇のような
「なるほどね……」
蛇は細い隙間を出入りして、自分より大きな動物でもペロリと食べてしまう。お腹がボールみたいに膨らんだ蛇は
「じゃあ、ヨルムンガンドにパートナーの竜になってもらえばいいんじゃない?」
「それは良い考えだ!」
ヨルムンガンドは喜んで翼をばたばたさせた。
ずっと普通の竜の振りをする必要があるんだけど、分かってるのかな。
「お爺さまさえ良ければ、よろしくお願いいたします」
フレイヤも異論ないようだ。
よし、これで師匠の課題は解決したぞ!
「師匠、約束覚えてる?」
「む」
「尻尾ステーキ!」
「ゼフィ、君は本当に食べ物に関することとなると目の色が変わるな……」
竜騎士学校のある街レイガスに戻る手前で、俺はヨルムンガンドの尻尾の先を切らせてもらった。フレイヤは微妙な顔をしていた。
欠けた尻尾は可哀想だから、時の魔法で治してあげた方が良いかなと思ったけど、ヨルムンガンドは「ふんっ!」と気合い一発。
にょきっ。
再生するの、早すぎ!
「それじゃ、フレイヤ、また学校で」
「ええ、セイルさま。この度は本当にありがとうございました!」
人目の付かない場所で、俺たちは挨拶をして別れた。
俺は持って帰った尻尾を領事館のコックに「料理して」と言って渡した。もちろん素材の出所は伏せて。
尻尾の味?
なんかスルメみたいな味だったなあ。
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