78 師匠の尻尾は美味しいのでしょうか
ご飯が無い戦いにやる気が起きるだろうか。いや起きない。
テンション低めな俺の様子を察したのか、ヨルムンガンドが声を掛けてきた。
「……ゼフィ、お主、また食べ物のことを考えているな?」
「そんなことないよ(たぶん)」
「しかし今回の戦いは、私も孫娘のために良いところを見せなければならない。我が弟子ゼフィよ、協力するなら私の尻尾の先を切り落とし、ステーキにして食べてもいいぞ」
ヨルムンガンド、とんでもない事を言い出すの巻。
自分の尻尾を切るとか。
想像すると痛いけど、どんな味かは気になるな。
「え? 師匠の尻尾って美味しいの?」
「至上なる美味と約束しよう」
「マジで?!」
美味と聞くと、俄然テンションが上がってきた。
「それにしても良いの尻尾切って」
「またすぐに生えてくる」
「あの……」
俺たちの会話を聞いていたフレイヤが、おずおずと聞いてくる。
「セイルさま、竜のお爺さまとどのような関係なのですか?」
しまった。この子が聞いていることを忘れてたな。
「お爺さま……そう呼んでくれるか、フレイヤ!」
「あー、師匠。興奮すると身体に悪いよ。もう歳なんだから……フレイヤ、俺は君のお爺ちゃんに、魔法を習ってるんだよ」
何やら感激しているヨルムンガンドを「落ち着いて」となだめてから、俺は彼女の質問に答えた。
嘘は付いてない。自分の種族を明かしてないだけで。
「魔法! そういえばセイルさまは、雪を降らせておいででしたね!」
フレイヤの表情が急に明るくなった。
魔法に興味あるのかな。
「エスペランサでは魔法を使える者は少ないので、私は誰にも魔法の使い方を教わったことがないのです」
「へえ。教わったことがないのに、あんなに使えるんだ。すごいね」
「すごいのでしょうか? 今まで比較できる者がいなかったので」
「……話が弾んでいるところすまないが、街の中に降りるぞ」
ヨルムンガンドがそう言ったので、俺たちは雑談を切り上げた。
空から降りてくる青い竜を指さして街の人が騒いでいる。
巨体で人を踏みつぶさないよう注意しながら、ヨルムンガンドは広場に降りた。
俺はフレイヤを腕に抱いたまま、地面に飛び降りる。
すぐに兵士が武器を持って走ってきた。
「止まりなさい!」
俺の腕から解放されて地面に足を付けたフレイヤが、勇ましく命令する。
王女の威厳がこれでもかと放射されて、兵士は慌てて指示に従った。
「我が母、黄金の聖女と話したい! お母さまに知らせなさい!」
「聖女のご息女ということは、フレイヤ王女! 失礼いたしました」
兵士は敬礼して引き返していく。
フレイヤは黄金の鎧を着て槍を持っている。一般人には到底見えない恰好だ。兵士は彼女の言うことをあっさり信じた。
待っていると、護衛を引き連れた黄金の聖女バレンシアが、建物から出てくる。
「何事です?」
「お母さま! 東の山脈の影で、蛮族の国ハルファートの兵士が戦準備をしています! それに彼らは、伝説の巨人と思われるモンスターを使役しているようです!」
フレイヤの言葉に、バレンシアの周囲の兵士がざわめいた。
俺はフレイヤの後ろで様子を見守っている。
それにしても彼女はあんな遠くから敵の兵士の所属が分かるなんて、目が良いんだな。やはりヨルムンガンドの血なのだろうか。俺はフェンリルに生まれ変わってから、鼻は人間の頃より効くようになったけれど、目はそれほど良い訳じゃない。
「鎮まりなさい」
口々に話し始めた群衆を、バレンシアが一声で制した。
「王都に伝令を。戦える者は迎え撃つ準備をなさい。――フレイヤ、巨人を見たのですね?」
「え、ええ」
バレンシアは娘に向き直り、厳しい声を出した。
フレイヤは何故か、少し怯えている様子だ。
「ならばフレイヤ、巨人はあなたが倒しなさい。それがエスペランサ王家の戦姫である、あなたの使命」
黄金の聖女の託宣に、周囲の人々はどよめいた。
「フレイヤ王女! 戦姫と呼ばれる彼女ならきっと……」
「ああ。どんな伝説の魔物が攻めてきても、大丈夫だ」
民衆は勝手に盛り上がっている。
何か嫌だな、この雰囲気。
本人が乗り気ならともかく、無責任に彼女に期待を背負わせ、希望を押し付けている。
俺はフレイヤの背中を凝視する。
少女の小さな手が、槍の柄を痛いほどぎゅっと握りしめたのが見えた。気負ってしまってるな。
まだこんな小さな女の子なのに。
一人で戦おうとしている。
「……ええ。私は戦姫フレイヤ。見事、務めを」
「聖女さま」
俺はフレイヤの台詞をわざとさえぎって声を上げた。
今まで誰も、王女の後ろで気配を消してたたずんでいる俺のことなんて、気に留めていなかった。だが声を上げた途端、視線がこちらに集まる。「誰だこいつ」って感じだ。
黄金の聖女バレンシアが、俺に応える。
「セイル殿。娘を守ってここに来てくれたのですね」
「ああ。女の子をひとり放っておけないから、俺も一緒に行くよ」
バレンシアは偽名の方で俺を呼んだ。
王女のことを「女の子ひとり」と呼んだ俺の言葉に「フレイヤさまを馬鹿にしてるのか」と言う声も上がったが、バレンシアの次の返答で不満はかき消される。
「娘を頼みます、セイル殿」
「!!」
さらに振り返ったフレイヤが、本当にうれしそうにほほ笑むものだから。
「……ありがとう、セイルさま。一緒にまいりましょう」
「!!!!」
見ていた人々は、驚愕して息を呑んだ。
聖女さまと王女さまの二人ともが、俺を認めたのだ。周囲の視線が「この少年は何者だ」と興味津々なものに変わった。
その時、山の方角から地響きが聞こえてくる。
街をのぞき込むように、陽光をさえぎって、巨人が姿を現した。
「うわああああっ!!」
初めて目にする脅威に、人々は度肝を抜かれて悲鳴を上げる。
混乱して街の人は逃げまどい始めた。
「兵は避難誘導を! 急いで!」
「はっ!!」
バレンシアの指示に、硬直していた兵士が動き始める。
俺はヨルムンガンドに飛び乗る直前に、フレイヤに声を掛けた。
「大丈夫? 竜に乗れないんじゃ」
「もうそんなことを言っている状況ではありません! 私は自分の弱さを乗り越えなければ!」
フレイヤは親の仇みたいにヨルムンガンドの巨体を睨んで、地面を跳躍した。
その槍でお爺ちゃんを刺すんじゃないか、という勢いだ。
「とうっ!」
竜嫌いのフレイヤは、自分でヨルムンガンドの背中に飛び乗った。
俺も苦笑して後を追う。
普通の竜の振りをしているヨルムンガンドは、無言で街から空へと舞い上がった。
さあ、早いとこ巨人をやっつけて尻尾ステーキを食べるぞ!
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