74 売られた喧嘩は買います
時の魔法で、ヨルムンガンドの封印を破ってやったぜ!
「もう変身できるようになったのか」
「なんで残念そうなの兄たん」
領事館の庭で俺たち三兄弟は雑談している。
フレイヤの祭り見物に付き合った後、俺は人間の少年の姿のままで領事館に帰ってきた。俺の姿を見たクロス兄は「せっかく可愛い姿だったのに」と嘆き、ウォルト兄も「……(耳が垂れている)」という様子だ。露骨過ぎるぞ、兄たんズ。
「時の魔法と、変身の魔法や他の属性を混ぜて使うと魔法に有効期限があるみたいだ。純粋に時の魔法だけ使うと、効果が永続する」
傷を直したりする時は、純粋な時の魔法で。
未来の自分になる時は変身の魔法を混ぜて。
無意識に使い分けてたんだな。
今回は本当に自分の時間を数日前に巻き戻したから、ヨルムンガンドの封印を完全解除できた訳だ。
「ゼフィ、明日から一緒に学校に行けるんだね!」
ティオは嬉しそうである。
しっかし俺の卵からは人間の赤ちゃんが生まれたから、パートナーの竜がいないんだけど、竜騎士クラスにお邪魔して良いのかな。
従者が一緒に竜に乗り込む場合もあるので、俺もティオと一緒に竜騎士クラスの授業を受けて問題ないそうだ。
授業は、竜の生態や飼い方を学ぶ座学と、実際に竜に乗って飛ぶ実技に分けられる。
その日は実技の方だった。
「あれ? フレイヤさまは……?」
火山の中腹に、それぞれパートナーの竜と一緒に学生が並んでいる。
だが、その中にフレイヤの姿はなかった。
白竜スノウを連れたティオは、周囲を見回して不思議そうにする。
「あの方はエスペランサの戦姫だぞ。今更、実技を学ばれる必要はない」
竜騎士クラスの先生がむっつり言う。
実際は竜嫌いなだけだけどな。
只のサボりも対象がお姫様だけあって、周囲の人には「あのフレイヤさまが竜に乗れない訳がない。きっと下級の者に混じっての授業を詰まらなく思ってらっしゃるのだ」と誤解されているらしい。
「ティオ、お前の友達作り、絶望的だな……」
「言わないで」
俺はひそひそ声でティオに耳打ちした。
前回、フレイヤ王女と親しげに話したせいか、他の生徒はティオに近付こうとしない。むしろ男子生徒からは敵意の眼差しが飛んできている。
何か切っ掛けがないと、仲良くなれそうにない。
先生が竜に乗るように指示する。
俺はティオと一緒に白竜スノウに乗った。
スノウは、前回会った時よりまた一回り大きくなっている。成長速度が速すぎるのではなかろうか。
「わっ、スノウ、落ち着いて」
一定の高度で進まずに、その場所で浮遊する訓練。
スノウは子どもらしくバタバタして、落ち着きがない。
必死になだめるティオ。
その様子を見ていたのか、地面に降りた後、竜騎士クラスの先生が辛辣に言った。
「さすが田舎の出だけあって、優雅な乗りこなしだな」
「……!」
「白竜は本来、エスペランサ王家のもの。フレイヤさまにお返ししてはどうだ、盗人?」
たちまち、氷のような視線がティオに集中する。
悪意に慣れていないティオは固まってしまった。
「……証拠もないのに盗人呼ばわりか。エスペランサの礼儀作法も知れたものだな」
俺は間に割って入る。
「殿下が盗人なら、お前たちは山賊だ。違うと言うなら、竜騎士にふさわしい振る舞いを見せてくれ」
「ゼフィ!」
俺の挑発に、竜騎士クラスの先生は顔を歪める。
ティオは青い顔をしているが、こういう場所では喧嘩を売るくらいでちょうどいい。下手に出ると、身ぐるみ剥がれちゃうぞ。
「……良く言った、ローリエの客人。お前たちが盗人では無いと言い張るなら、証拠を見せてもらおうじゃないか」
生徒の中で、一番背の高い金髪碧眼の青年が歩みでた。
豊かな金髪をくりんくりんにカールさせた独創的な髪型の青年だ。
「私の名前はピエール。フレイヤさまの婚約者だ」
「?!」
あのお姫様、婚約者がいたのか。
「一週間後、竜騎士クラスで課題が出される。課題は定期的なもので、内容は決まっている。メインの竜ではなくサブの竜に乗って、エスペランサの領海にある無人島に行き、ベルガモットという果実を採取すると合格だ」
「メイン……サブ?」
「その白い竜は使えないということだよ」
ピエールは訳が分からず困惑しているティオを嘲笑した。
「見たところ、お前の従者は竜を連れていない。残念だったな、勝負にもならないようだ」
「ちょっと待って、それは卑怯じゃないか」
「卑怯? お前の従者の言う通り、私たちは同じ竜騎士として、勝負に応じてやろうと言っているんだ。十分に良心的だろう?」
俺は何か言おうとしているティオを押し留めた。
「分かったよ」
「!?」
「その課題に合格したら、お前たちは殿下を竜騎士クラスの仲間だと認める。そうだな?」
喧嘩を買ってやると、ピエールは少し目を見開いた後、面白いというように口角を上げた。
「仲間……そうだな。もしお前たちがフレイヤさまと親好を深めるに値する勇者なら、私たちは尊敬と友好を持ってお前たちを受け入れるだろう」
「ふーん、なるほど」
これは思ったより好感触だ。
俺はくすりと笑うと、ピエールに手を振った。
「ありがとう、参考になったよ。ところでピエール、ズラがずれてるよ」
「……っ!」
はっとしてピエールは頭に手を伸ばした。
なんで金髪のカツラをかぶってるんだろうな。そんなにフサフサしたいのだろうか。
授業が終わった後、ティオは俺に心配そうに聞いた。
「大丈夫なの、ゼフィ。今からもう一個、竜の卵をもらう?」
「そんなことをしなくても、そこに寝ている奴がいるだろう」
俺はニヤリと笑って、親指で校門の脇で寝ている太った竜を指差した。
竜は俺が近付いたのを察して、そろそろと逃げようとしている。
「グスタフ」
「!!」
ダッシュしようとする太った竜、グスタフの足元を凍らせる。
つんのめって地べたに突っ伏した竜に近寄って、にっこり笑った。
「ダイエットしようか。言うこと聞かないと、そのたっぷり付いた脂肪ごと食べちゃうぞ」
「……キュエーッ!」
グスタフは何故か悲鳴を上げる。
竜の言葉で「あんた悪魔か?!」と言ったらしい。失礼な、俺はフェンリルだぞ。
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