70 ちょっと里帰りしました

 アールフェスと牢屋で話してから数日経った。

 あんな事件があった後なのに、街の人は普通の暮らしを続けている。

 邪神復活のことなど何も知らないみたいだ。

 

「騒動は、火山の噴火活動のせいにするらしい。アールフェス・バルトや関連する首謀者は、秘密裏に処刑されたそうだよ」

 

 ロキが情報を仕入れてきて、報告する。

 エスペランサは邪神のことを公表しないつもりのようだ。

 わざわざ邪神が復活したと言いふらして、民衆を不安がらせる必要はない、という判断だろう。

 

「アールフェス……死んじゃったの?」

 

 ティオは白竜の首に抱きつくとポロポロ涙をこぼした。

 あの後、黄金の聖女とアールフェスがどんな会話をしたのか、俺も知らない。結局、駄目だったのかな。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 

 俺たちの暗い空気に影響されたのか、赤ん坊のローズが泣き始める。

 

「あー、よしよし」

 

 すぐにミカが駆け寄ってあやしたが、ローズは泣き止まない。

 

「ゼフィさまも抱っこしてみてください!」

「お、俺?!」

 

 人間の姿に変身して、火が付いたように泣く赤ん坊を恐る恐る受けとる。

 ローズは俺の顔を見上げ、一瞬、泣き止んだ。

 

「良い子だなー、ローズ」

「……ふぎゃあああっ!」

 

 何が気に入らなかったの?!

 一旦は泣き止んだように見えたローズは、ちょっと間を置いて再びギャン泣きフェーズに突入した。

 赤ん坊の考えていることはさっぱり分からない。

 

「ミルクもあげたし、おむつも変えたし。なぜ泣いているか分かりません。お手上げですね」

 

 ミカは溜め息をついた。

 泣き叫ぶ赤ん坊を抱いて、途方に暮れていた俺は、はっと思い付いた。

 

「そうだ! フェンリル母上のところへ連れて行こう!」

「はい?」

「母上なら、子供の扱いはお手のものじゃん!」

「フェンリルくんの母上は狼で、人間の子供の世話はできないのでは……?」 

 

 誰かが鋭い突っ込みを入れたが、赤ん坊のギャン泣きにオーバーフロー気味の俺は無視した。

 ローズを抱えたまま、庭に出る。

 庭の木の下で寝そべっている兄狼に声を掛けた。

 

「兄たん、白銀山脈フロストランドに里帰りしよう!」

「それはいいな! ここは暑くて参っていたところだ」

「……(舌を出して苦しそう)」

 

 クロス兄とウォルト兄は手放しで賛成してくれる。

 一方、いきなり里帰りを言い出した俺に、ティオたちは仰天した。

 

「い、今から?!」

「転移魔法で帰れば、すぐだよ。ああ、こんな簡単なことになんで気付かなかったんだ、俺!」

 

 実家に帰り放題だと今さら気付いた。

 領事館の庭に白銀山脈フロストランドへの転移門ゲートを開く。門の向こうに、懐かしい雪景色が現れた。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」

「ええー?!」

 

 ティオたちの驚愕の声を背中に聞きながら、俺は門をくぐった。

 兄狼が後に続く。

 

「うわあ……」

 

 そこは白銀山脈フロストランドの山頂近い場所だった。

 見上げると、エスペランサよりも青くて透き通る空に、パッと白い雪の欠片が舞い上がる。

 

「ふきゃ?」

 

 空気が変わったことに気付いたのか、ローズが泣き止んで、不思議そうな顔をする。

 

「母上はいつもの場所かな?」

「たぶんな。くぅーっ、生き返った気分だ!」

 

 クロス兄は雪を蹴飛ばしてはしゃいだ。

 俺も同じ気分だ。

 踊るような足取りで山道を駆け上って、母上の待つ洞窟に飛び込む。

 

「たーだいまー!」

「おかえりなさい、ゼフィ。……また、おかしなものを連れてきましたね」

 

 変わらぬ姿で出迎えてくれたフェンリル母上は、俺の腕の中の赤ん坊を興味深そうにのぞきこむ。

 おもむろに母上は、ぱかっと口を開けた。

 今にも赤ん坊を食べそうな格好で。

 口の中には鋭い牙がずらりと並んでいる。

 

「……うきゃあ!」

 

 ローズは怖がると思いきや「きゃっきゃ」と小さな手を広げて満面の笑顔になった。

 分からん。赤ん坊の思考は本当に分からん。

 

「人間、のようですが、竜の匂いがしますね」

「竜の卵から生まれたんだ」

「それは珍しい」

 

 俺は赤ん坊を母上に預けると、自分は子狼の姿に戻った。

 一気に目線が低くなる。

 氷の床の上で毛づくろいをしていると、尻尾が引っ張られた。

 

「……うわっ」

 

 ローズが俺のふかふか尻尾を引っ張っている!

 

「やめて、やめて! 毛がぬけちゃう~!」

 

 悲鳴をあげて逃げようとしたが、赤ん坊の握力が意外に強く、抜け出せない。しかも子狼の俺の体長は赤ん坊と同じくらいのサイズだ。

 ローズは引っ張った尻尾を口に入れようとしている!

 

「たべないでー!」

 

 うぎゃああああ!

 

「小さな子供同士のじゃれあいは、見ていて微笑ましいな」

「兄たんたすけて!」

 

 誰もかれもニコニコするばかりで助けてくれなかった。

 おかげで俺の尻尾は赤ん坊のヨダレでべとべとだ。

 あああ、ふさふさ尻尾があ。

 

 ウォルト兄に近くの川へ連れていってもらって氷水で身体を洗った後、俺たちは久しぶりに集まって家族一緒に就寝した。

 里帰り、満喫したぜ。

 

 

 

 お肌つやつやの尻尾ふさふさになって、俺は兄狼と領事館に帰還した。

 すっかりご機嫌になったローズを、ミカに返却する。

 

「ゼフィーーっ!」

 

 帰って早々、ティオが泣きながら俺に抱き着いてきた。

 子狼の姿だと抱きつぶされるので、人間に変身して押し戻す。

 

「突然、何? どうしたんだよ?」

「アールフェスがっ!」

 

 死んだアールフェスの亡霊でも出たの?

 

「生きてた!」

「え?」

 

 驚く俺の前に、ティオを追ってきたらしい黒髪の青年が現れる。

 決まり悪そうな表情で遠慮がちに立つアールフェス。

 彼は少し迷っていたようだが、覚悟を決めたように俺を見て、つかつかと歩み寄ってきた。

 そして、いきなりガバっとしゃがみこんで、地面に頭を叩きつける。

 

「……セイル・クレール殿。私の助命には、あなたの言葉添えがあったと聞きました。大変お世話になりました。この御恩は一生忘れません!」

「ほええ?」

 

 聞きなれない敬語で、何を言われたか理解できなかった。

 ぽかーんとする俺の前で再び立ち上がったアールフェスは。

 

「礼は言ったからな!」

 

 と俺を睨みつけると、身をひるがえす。

 彼は赤面して恥ずかしいのを我慢しているようだった。顔を見られたくないのか、高速で去っていこうとしている。

 

「い、今の、なんだったの?」

「ゼフィ、アールフェスを助けてくれてありがとうー。やっぱりゼフィはすごいや!」

 

 ティオはやたら感動してるけど、俺は何が何だか分かりません。

 ただアールフェスは旅人の恰好をしていて、これからどこかへ旅立とうとしていることだけは分かった。

 

「……アールフェス、俺の名前、ゼフィだから。またな!」

 

 扉の向こうに消えたアールフェスが聞いていたかは分からない。

 でも、生きていて良かったな。

 世界は広いけど狭いから、いつかきっとまた、会って話ができるだろう。

 

 

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