69 聖女は裏表のギャップが激しいです

 俺と一緒に移動した黄金の聖女は、応接室に入ると窓際まで歩く。

 目が見えていないとは信じられないくらい迷いの無い動作だ。

 彼女は人払いがされていることを確認すると、一気に雰囲気を変えた。

 

 粗雑な動作でドンと机の上に腰かける。

 足組みをして、ドレスのたもとから、煙草たばこを吸う細長いパイプを取り出す。人差し指の先に火の魔法を灯して煙草に点火すると、すーっと深く吸った。

 その仕草は実に堂に入っていて、聖女さまではなく、姉さん! と呼びたくなる姿だ。

 

「……相変わらず、裏表が激しいな。バレンシアは」

 

 俺は呆れて嘆息した。

 黄金の聖女の名前はバレンシアという。

 昔、たった数回しか会わなかったが、この聖女さまの表の顔と裏の顔のギャップの激しさは、忘れられないほど印象的だった。

 もう取り繕っても仕方ない。

 俺も机の端に行儀悪く腰かける。

 

「あなたは死んだと聞いていましたが」

「生まれ変わって新しい人生を楽しんでるとこ」

 

 バレンシアは煙草の煙をはーっと吐き出して言った。

 

「私たちの出会いを覚えていますか?」

「……ジャガイモを石鹸で洗わせようとしてなかったっけ」

 

 あれは人間時代、俺が将軍をやってた頃。

 停戦会議中、駐屯地に運び込まれた素のジャガイモを見て、この女は「石鹸で良く洗ってから納入なさい!」と兵士に命令していたのだ。

 俺は敵軍の兵士が哀れになって間に割って入り、ジャガイモの調理の仕方や保存方法について力説した。ジャガイモは土が付いた状態で暗い場所に保管するんだぜ。

 

「あの時は、なんて家庭的な殿方だろう、と思いましたわ」

「ぶはっ!」

 

 思わず噴いてしまった。

 俺は、なんという箱入りのお嬢様だと呆れていたのだが。

 

「本当にルクスなのですね……」

 

 昔話から俺が本物だと確信したらしく、バレンシアの表情が柔らかくなる。前世の名前で呼ばれて、俺は「違う」と首を振った。

  

「今の名前はゼフィ。セイル・クレールは偽名だ。ゼフィって呼んで」

 

 セイルの名前を教えるのは不誠実かなと思い、本名を教えた。

 ちなみに親しい奴にしかゼフィと呼ばせてない。

 

「ゼフィ……あなたに相談したい事があります」

「何?」

 

 バレンシアは改まった様子で俺の方を向いた。

 

「アールフェス・バルトの処刑についてです」

 

 あ。そういえば、その件で、誰か権力を持ってる奴と話そうかと思っていたのだ。忘れてた訳じゃないぞ。

 黄金の聖女はこの国最高の権力者だ。

 ちょうどいい。彼女に何か良い方法が無いか相談してみようか。

 

「バルト将軍の息子を、こんなところで死なせてしまうのは勿体ないと思うのです。彼が邪神に協力していたというのは、本当でしょうか」

 

 バレンシアはアールフェスの処刑をためらっているようだった。やはり昔の仲間の子供は特別なのだろうか。

 

「邪神に協力してたのは本当だよ」

「救いようの無い愚か者ですね。ただちに処刑しましょう」

 

 特別……違った。

 俺の答えを聞いてバレンシアは即断即決。

 今すぐ首をはねろと言いそうな勢いだ。

 思わず冷や汗を流しながら俺は「ちょっと待って」と彼女を引き留める。

 

「ほら、人生に間違いや失敗は誰でもあるものだろ。ジャガイモを石鹸で洗うみたいに」

「私に喧嘩を売っているのですか? ジャガイモの洗いかたと邪神の復活はスケールが違い過ぎて話になりません」

「本人の言葉を聞いてみようぜ。将来性が無さそうなら処刑でも良いかもしれないけど、理想はアールフェスに国と国の橋渡しをして欲しい、そうだろ?」

 

 エスペランサの政策は、竜騎士学校を見れば明らかだ。この国は、他国との交流を望んでいる。無闇に他国の貴人を処刑したくは無いはずだった。

 

「……いいでしょう」

 

 バレンシアは無表情に言う。

 

「アールフェス・バルトが甘えたいだけの子供であるなら、バルト将軍の代わりに私が引導を渡してやりますわ」

 

 彼女の手の中でバキッとパイプが折れた。

 ひょええー……。

 駄目だ、これ、アールフェス死んだわ。

 

 

 

 領事館に戻ってきた俺はテーブルに突っ伏した。

 服を脱ぐ気力も無い。

 

「疲れたー」

「どうしたの、ゼフィ?」

 

 ティオは困惑しながら俺の隣に座る。

 

「挽回のチャンスをあげたけど、アールフェスがうまくやれるとは到底思えない……」

「ど、どゆこと?」

 

 俺はティオに、黄金の聖女の話を伝えた。

 聖女バレンシアは明日の朝、アールフェスと話す予定である。

 

「アールフェスの奴、処刑されても構わないと言ってたしなあ」

「そんなこと言ってたのあいつ! もう~!」

 

 ティオは地団駄を踏み、俺の襟首をつかんで揺さぶった。

 

「説得しに行こう!」

「お、おいティオさんや。アールフェスが俺たちの言うことを聞くとは思えないぞ」

「それでも行くの!」

 

 理屈じゃないらしい。

 熱くなっているティオは、俺の氷魔法でも冷やせそうになかった。

 仕方ない。

 俺はティオと一緒に、その夜、転移魔法でレイガス火炎洞に忍び込むことにした。

 

 一回行った場所なら転移魔法で移動可能だ。

 領事館の庭から、レイガス火炎洞の内部に、転移の門を開く。

 アールフェスが収容された牢屋は前と違う場所だった。クリスティ商会の侵入の件で、牢屋を変えたらしい。

 侵入事件のせいで、牢屋の見張りは厳重になっている。

 

「どうするの、ゼフィ」

「任せろって……時よ止まれ」

 

 俺は時の魔法を使った。

 氷の魔法を同時に使って、俺とティオとアールフェス以外の人の時間を凍てつかせる。俺オリジナルの、時間を停止する魔法だ。

 見張りの兵士は凍りついたように動かなくなった。

 

「アールフェス……」

 

 ティオが恐る恐る声を掛ける。

 牢屋の奥で膝を抱えていたアールフェスが、顔を上げた。

 その目元にはげっそり隈ができている。

 

「なんだ。僕を笑いに来たのか……?」

「違うよ!」

 

 俺は腕組みして壁にもたれ、静かに様子を見守った。

 説得はティオに任せよう。

 

「ねえアールフェス、皆に謝ろうよ。そうしたら許してもらえるよ」

「謝って許してもらえるような罪じゃない」

「僕は君を友達だと思ってる」

 

 不意討ちのようなティオの言葉に、アールフェスは呆気に取られたようだった。意外に思ったのだろう。

 出会った当初のティオは喧嘩腰だったからな。

  

「君は、僕が竜騎士学校に来て、初めて出来た友達なんだ。だから死んで欲しくない」

 

 ティオのストレートな言葉はアールフェスの心に響いたらしい。

 彼は呆然としている。

 俺はふっと笑った。

 

「……アールフェス。どうやってもお前を見ない父親や、故郷でお前を見下した奴らに復讐するより、今お前を大事にしてくれる友達の言葉を聞く方が、ずっと有益だと俺は思うけどな」

「……」

 

 アールフェスは答えない。

 だが彼が動揺していることは、固く握りしめられた拳の震えを見れば分かった。

 後は、アールフェス自身が考えて、選べばいい。

 

「帰るぞ、ティオ」

「うん……アールフェス、いつかまたどこかで、きっと会えるよね」

 

 ティオは最後にそう言うと、俺と一緒に歩き出した。

 

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