45 剣の精霊が現れました

 この剣豪を名乗る男に剣の稽古を付けてあげたら、何か良いことがあるのだろうか。いや、たぶんない。


「悪いけど……」

「坊主。もしトリッセンに勝ったら、俺が特上のスシをおごってやろう。鮮魚を乗せた酢飯の料理だ、旨いぞー」

「スシ?! 何それ?」


 ラークが横からご褒美をチラつかせる。

 聞いたことのない料理に俺は目を輝かせた。


「ラーク殿、この少年はフェンリル……」

「フェンリル?」

「いや、何でもない」


 俺がにらむと、ロキは咳払いして途中で説明をあきらめた。


「大丈夫だ、ロキ殿。坊主には、ちょっと協力してもらうだけだから」

「……心配してるのはそっちじゃなくて」


 ラークは俺のことを、ティオのお付きの子供だと思っているようだ。

 一方のロキは、相手が氷漬けにならないか心配しているらしい。

 俺は外野の台詞を気にしないことにして、返事を待っているトリッセンに向き直った。


「剣の稽古、してあげてもいいよ。ただし、俺は"天牙"を使わせてもらう」

「構わん。"天牙"は私のものではないからな」


 トリッセンが承諾したので、俺は合意のもと"天牙"を取り戻した。

 久しぶりに愛剣を手に握りしめる。



 ……やっとあなたのもとに帰ってきた。ゼフィ……



 嬉しそうな女の子の声が聞こえた気がした。

 空耳かな。

 剣がしゃべるはずないし。


「それじゃあ、剣を振り回して良い場所に移動しよう」


 ラークが、トリッセンを広場から連れだそうとする。

 トリッセンを逮捕するため、戦いになった時に一般人を巻き込まない場所へ誘導しようとしているようだ。

 スウェルレン警備隊の思惑に気付いているのか、いないのか、トリッセンは剣を持ち、大人しくラークに従って移動し始める。


 一行は、街の外れの空き地までぞろぞろ歩いた。

 周囲には警備隊の兵士が待機している。

 ラークは空き地に入ると俺に声を掛けた。


「よし、もういいぞ坊主。後は俺たちに……」

「じゃあ始めよっか」


 俺は愛剣"天牙"を鞘から解き放った。

 研ぎが終わって綺麗になった剣身が、日光を反射して銀色に輝く。


「おいおい!」

「フェンリルくん、剣が使えるのか?!」


 まさか本当に俺が剣を抜くと思っていなかったのか、ラークとロキが驚きの声を上げる。そういえばロキは俺の剣術のこと、子供の遊びだと勘違いしてたな。

 向かい合ったトリッセンが嬉しそうに笑った。


「本当に稽古を付けて下さるとは」

「剣士は約束をたがえない。特に、剣に絡む約束はね」


 嘘を付くのは良くないことだ。

 剣術に命を賭けるのなら、剣に対して不誠実であってはならない。嘘は心の瞳をくもらせ、勝てる戦いで負けるような不運を呼び込む。要は真剣に打ち込めば、その分、成果は返ってくるってことさ。


 俺を子供だと思っているラークとロキは、稽古という名の決闘をどうやって止めるか頭を悩ませているようだ。

 そこへティオが口を挟む。


「だーいじょうぶだよ! ゼフィはとっっっても強いんだから!」

「ティオさま」

「僕らは手を出さずに見てるんだ」


 王子様ティオが笑顔でそう言ったので、ラークとロキは何もできなくなった。彼らが下がって、空き地の中央は俺とトリッセンだけになる。


「好きにかかってこいよ」

「恐悦至極」

 

 トリッセンは俺を子供と侮っていないらしい。

 獲物は両手持ちの巨大長剣ツヴァイハンダー

 正眼に構えたその姿勢からは、ビリビリと殺気さえ混じる気合いが伝わってくる。

 

 俺は"天牙"を下段に構えた。

 途端にトリッセンが突っ込んでくる。


 ブンと剣を振り回す音が鳴った。

 横なぎに弧を描いて、剣が迫る。

 まともに受けたら人間を骨ごと両断する一撃だ。

 俺は冷静に一歩だけ下がると、"天牙"を垂直に構え、巨大長剣ツヴァイハンダーの腹に当てて攻撃を止めた。


流石さすが

 

 トリッセンが目を見張る。

 別に大したことはやっていない。

 強い攻撃ほど、力の基点ポイントが存在するから、そこをちょっといじって止めただけだ。


「ならば!」


 巨大長剣ツヴァイハンダーを引き戻し、トリッセンは剣を水平に倒した。そのまま力強く踏み込み、突きを入れてくる。


「虚空さえ切り裂く、我が剣風を受けてみろ!」


 剣先から発生した風がカマイタチになり、その辺に立っていた街路樹の幹を切り飛ばした。


「危ないっ!」

「あいつ、魔法も使わずに遠くにある木を切りやがった。人間業じゃないぞ」


 太い木の幹がすっぱり切れているのを見て、ラークが青ざめる。

 ロキはティオの前に立って慌てていた。

 周囲の被害に構わず、トリッセンは俺に連続攻撃をかけてくる。


「奥義、天剣烈波てんけんれっぱ!」

「大げさだなあ。カマイタチ飛ばすくらい、俺でも出来るよ。そらっ」


 俺はトリッセンを真似して踏み込むと、敵の技を再現する。

 カマイタチがぶつかりあって相殺した。


「なんと……」


 トリッセンは頬に一筋の汗を流す。


「私が三十年かけて会得した奥義が、こんなやすやすと」

「他には無いの? ねえ」


 俺の茶々にトリッセンは答えない。

 本当にさっきのが奥義だったようだ。

 そこからは地味に剣を打ち合わせる戦いが始まる。

 鼻歌混じりの俺に対して、トリッセンは真剣な表情だ。


「いったい何者なんだ、あの坊主……まるで踊るような芸術的な剣さばき、高レベルなんて話じゃねえぞ」

「フェンリルくん……もしかして伝説の剣の神様なのか?」


 観戦しているラークとロキは、冷や汗を大量に流す。

 ティオだけは純粋に目を輝かせて「すごいすごい!」と興奮していた。

 

「そろそろ終わりにしよう」


 俺はトリッセンの剣を空中高くに跳ね上げると、"天牙"を目の前に突きつける。


「参りました……」


 両手を上げて降参するトリッセン。


「よし。剣豪トリッセン、強盗の現行犯で逮捕だ」


 すかさずラークが彼に近寄り、縄をかける。周辺で待機していた兵士がやってきて手伝った。

 トリッセンは抵抗しなかった。俺に負けたのに、心なしか満足そうな顔をしている。


「剣士たるもの、無様なあがきはしない!」


 そうですか。まあ美学は人それぞれだしね。

 俺は"天牙"を鞘に収めると、ティオに渡そうとした。現在の持ち主はティオだからな。


「いいよ、ゼフィが持ってて!」


 意外なことに、ティオは首を横に振った。


「今の僕は"天牙"を使いこなせないんだって、分かったから。見てて。すごく強くなって、僕は"天牙"にふさわしい剣士になる!」

「お、おう。頑張れ」


 俺は返ってきた愛剣を受けとる。

 その時、剣から声が響いた。


「……当然でしょう。私の主は、ゼフィなんだから!」


 剣がしゃべった?!

 突然、"天牙"から白い光があふれ、青くて長い髪に金色の瞳をした女の子が現れる。


「だれ?」

「……まさか、剣の精霊か」


 ぽかんとする俺の後ろで、ラークが呆然と呟く。

 精霊? それって食べられるやつですか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る