36 一石三鳥を目指そうと思います

 俺は立ち上がって壁際の棚を見て回った。

 毛布があったので取り出して、タオル一枚で寒そうなドリアーデの上に被せた。


「う……ん……」


 毛布の感触で気付いたのか、ドリアーデが目を覚ます。

 

「ここは……」

「おはよ。俺の魔法と君の魔法が干渉しあって、変なところに吹っ飛ばされたみたいだよ」


 傍らにしゃがみこんで、ぼんやりしている彼女に話し掛ける。原因は俺の魔法だが、ドリアーデが必要以上に暴れたせいと言えなくもないよな。

 ドリアーデは周囲を見回して愕然としている。


「……せっかく作った風呂場が無くなってしまうなんて。私ったら、頭に血が上って馬鹿なことをしました。大きなお風呂を作ろうと、皆を説得するのは大変だったのに」


 目覚めたら場所が物置だったので、ドリアーデは誤解しているようだ。


「風呂場、無くなってないと思うよ。ここは時間をさかのぼった過去の世界みたいだから」

「え?」


 さすがに可哀想になって、俺は簡潔に状況を説明する。

 ドリアーデは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「そ、そうですか。過去……」


 魔法使いのドリアーデは、遅まきながら何が起こったか、理解し始めているようだ。毛布を身体に巻き付けて立ち上がると、物置を観察している。


「どれくらい昔か分かる?」

「少なくとも十年以上、前だと思います。物置を風呂場に改築したのは、十年前のことなので」


 ヨルムンガンドの言葉を信じてない訳ではないが、ドリアーデの言葉でここが過去だと確定してしまった。

 うーん。

 どうやったら元の世界に帰れるかな。

 俺がもう一回、時空転移の魔法を再現できれば……。


「……フェンリルさま」

「何?」

「全て私が短気だから悪いのです。それに見苦しい体を見せてしまって……」


 真面目なドリアーデは、先に魔法の攻撃を仕掛けてきたのが想像できないくらい、気弱な様子でもじもじしている。

 自虐的に「見苦しい体」と言う彼女に、俺はきょとんとした。


「なんで? ドリアーデはとっても綺麗じゃないか」

「?!」


 途端にドリアーデは真っ赤になった。

 俺、何か変なこと言ったかな。


「そんなことを言われたのは、二十年ぶりでしょうか。普通の人は、緑色の髪が不気味だとか、肌の紋様が気持ち悪いとか、私を綺麗とは言わないのに」


 そうなのか。確かにドリアーデはちょっと変わった雰囲気だけど、若草色の髪は目に優しいし、肌の紋様もお洒落だと思う。

 

「普通の人は、見る目がないんだよ」

「昔、同じような事を言ってくれた人がいました。同じ無敗の六将の、凄腕の剣士。私はあの人が好きでした」

「へえー」


 誰のことだろう。

 剣士で気のきいたことを言える男って、青竜の騎士かな。あいつ、女にモテモテだったし。


「フェンリルさまは、あの人に似ている気がします。不思議ですね」

「そのフェンリルさまっての、やめてよ。ゼフィでいいよ」

「ゼフィ……」


 ドリアーデは、打ち解けた笑みを浮かべた。

 風呂場での出来事は水に流すことにしたようだ。風呂場だけに。


「ありがとう、ゼフィ。実はお願いがあるのですが」

「何?」

「せっかく過去の世界に来たのです……過去を変えることは、できないでしょうか?」

「ふえっ?!」

 



 過去を変える……思っても見なかった発想だ。

 しかしドリアーデは何か後悔でもあるのだろうか。


「太陽の精霊を逃がした件とも関係あるのですが、実は私は、太陽の精霊の力を使って、死んだ母親を復活させようとしていました」

「死んだ人を復活……そんなことできるの?」

「普通は無理です。でも私と私のお母さんは、樹人ドリアドなので」


 俺はドリアーデの顔をまじまじ見た。

 そういえば彼女は人間ではなく魔族だった。

 樹人ドリアド

 身体に植物を生やし、森の中に住む人型の種族だ。


「樹人は、太陽の光と水があれば、よみがえります」

「へえー」

「先日、人間の国で将軍をしていたと話しましたね。なぜ辞めたかというと、人間たちが木になっていた私のお母さんを切り倒したからです」

「!!」


 話がつながった。

 だからドリアーデは魔王になって太陽の精霊を解放し、その力で母親を復活させようとしているのか。

 それまで黙って話を聞いていたヨルムンガンドが、横から割って入る。


「ふむ。母親が切り倒されるのを防ぎたい、ということか。しかしそれは時間的矛盾パラドックスとなってしまうのではないかね」

「ぱらどっくす?」

「簡単に言うと、母親が切り倒されない場合、私たちのいた未来が変わってしまい、元いた世界に戻れないかもしれない」


 未来が変わる……頭がこんがらがってきたぞ。


「無理でしょうか……?」


 泣きそうな瞳で見つめてくるドリアーデ。

 どうしようかな。

 元いた世界に戻れなくなるかもしれないんだぜ。

 それに黄昏薄明雪原トワイライトフィールドに来てからこっち、ドリアーデの都合に振り回されている。そろそろ兄たんたち皆と合流したい。


「帰れなくなるかもしれないのに、協力できないよ」

「やっぱり……」

「けど、クロス兄とティオを解放して、太陽の精霊もフェンリルに渡してくれるなら、一緒に考えてもいい」


 協力はできないけど、ドリアーデが納得できるまで付き合うくらいなら、してもいいかな。

 

 条件を伝えると、ドリアーデの表情はパッと明るくなった。

 我ながら良いアイデアだ。

 上手くいけば、クロス兄たちを助け、太陽の精霊をゲットして、ドリアーデの悩みも解決。一石二鳥どころか、一石三鳥だな!


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