27 王国を手に入れました
翌朝、俺はクロス兄と王都に入ることにした。
「もう吠えてもいいんだな?」
「うん」
威厳を示したいという兄たんを、俺はチョコレートを食べるまで我慢してくれと止めていた。もう目的は達したし、王都がフェンリルの遠吠えで大混乱になっても問題ないだろう。
子狼の姿のままクロス兄の背中に乗って移動する。
王都は外敵を防ぐために城壁で囲われている。外と行き来するための出入口が、東西南北にそれぞれ門として設置されていた。
クロス兄は王都の南門の前に来ると、高く吠えた。
空気がビリビリと震える。
壁の上で見張りに立っていた気の毒な兵士が、慌てて逃げていった。
「よし。入るぞ」
クロス兄は門をくぐって、堂々と人間の街に入る。
通りに出ると、宮殿で見かけた、ティオと一緒にいた魔導士の男が待っていた。
「ようこそ、ローリエ王国の都へ。お待ちしておりました」
中肉中背の魔導士のローブを着た中年の男だ。金糸の刺繍が入った黒いローブに、灰色の長髪を軽く結って流している。
確か名前は……。
「私はフィリップ・クレール。元宮廷魔導士で、今は名誉顧問をしております」
そうそう、そんな名前だったな。
「フェンリルさまは陛下と話したいとのこと、ロキより聞いております。宮殿まで案内しましょう」
フィリップが杖を振ると、兵士たちが道の両脇に並ぶ。
準備万端だな。
「うむ。出迎えご苦労」
クロス兄は偉そうに頷き、道の中央を歩き始めた。
街の人々が見世物のように俺たちを凝視している。人混みの中「号外ー! 号外ー!」と叫びながら新聞屋が紙を配っていた。
ばらまかれた紙が風に巻き上げられ、空を飛んで俺の上に届く。
俺は兄たんの背中でジャンプして、その紙をくわえた。
「なになに……」
陛下のご病気が快癒!
神獣フェンリルの奇跡。
我がローリエ王国に神の加護が……。
「きのうのことなのに、じょうほう、はやっ」
実際に王様の回復に立ち会ったのは俺なのだが、全部ひっくるめて神獣フェンリルの奇跡にしてしまったらしい。
俺は横目で、なに食わぬ顔をしたフィリップを見た。
この元宮廷魔導士、かなり策士なんじゃなかろうか。
「見ろ。大きいフェンリルさまの上に、小さなフェンリルさまが乗ってるぞ。なんて可愛らしいんだ……!」
街の人々は、俺たち兄弟の仲の良さに感動している。
勝利の凱旋や祝賀パレードと勘違いしているのか、紙吹雪まで投げられる始末だ。
「人間たちは俺の威厳にすっかり参っているようだな!」
クロス兄はご機嫌である。
世の中が平和になるなら、多少の勘違いは許されるのかもしれない。
俺たちはフィリップの案内のもと、宮殿に向かう。
宮殿の建物の前には広場があるのだが、いつの間にかステージが用意されていた。即席で石や木の板を使って、段が組まれている。
一番目立つ場所に立っているのは、もちろん王様だ。
昨夜会った時とは違い、正装してマントを羽織った格好で、略式の王冠をかぶっている。
クロス兄は王様と同じ高さに立った。
言葉が伝わるように魔法を使って言う。
「人間。お前の国を俺に差し出せ」
ある意味、喧嘩売ってるのか、と思われる直裁的な言葉だが、王様は怒らなかった。それどころか、クロス兄に向かって
「喜んで差し上げましょう。この国の民は全て、フェンリルさまのものです」
わお! そこまで言っちゃう?!
「ですからフェンリルさま、どうかこの国の民をお守りください」
「ふっ、俺の縄張りを守るのは当然のことだ」
「ありがとうございます」
俺は気になって兄たんに小さな声で話しかける。
「にんげんまもるの?」
「人間を守るのは人間の王の仕事だろう。俺は知らん」
「だよね」
しかし今のパフォーマンスは、この国の人々を安心させる効果があったらしい。見ていた人たちはあからさまに安心している。
「……ドロテアよ」
王様は立ち上がって周囲を見渡し、少し離れたところで大臣たちと一緒に立っているドロテアに声を掛けた。
「フェンリルさまのおかげで、この通り回復した。余が不在の間、長きに渡り苦労を掛けたな。休みをとらすゆえ、田舎でゆっくりするとよい」
「へ、陛下! そんなっ」
遠回しの解雇宣言に、ドロテアは真っ青になった。
王様の目配せを受けて動いた騎士たちが「外までお送りします」と丁寧だが有無を言わさない様子でドロテアを引っ張る。
抵抗しても無駄と悟ったのか、ドロテアは悔しそうな顔をして去って行った。
一区切りついたので、俺は兄弟の会話に戻る。
「ゼフィ、俺は人間の国を手に入れたぞ! ウォルト兄に自慢してやる!」
「すごいね兄たん! そういえばウォルト兄はどこへ行ったの?」
「……」
クロス兄は沈黙した。
本当にどこへ行ったんだウォルト兄。
「ゼフィーーっ!」
王様の後ろから、金色の毛皮の子猫が、一生懸命に小さな手足を動かして走ってくる。
ん? 誰か俺の名前を呼んだ?
「僕、こんな姿にされちゃって! 助けてゼフィ!」
フェンリルの足元まで転がり出た金色の子猫は、俺を見上げて必死に懇願する。人間にはニャアニャアとしか聞こえないが……。
「もしかして、ティオ?」
子猫は首をブンブン縦に振った。
なんで人間のティオが猫の姿になってるんだ? 訳わからん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます