20 人間の国を征服するって本気ですか?
雪の結晶は、よく見ると六角形だったり、樹氷の形をしていたり、色々なバリエーションがある。
人間時代、幼い俺に母は、不思議な幾何学模様をした銀色の飾りを「これが雪の結晶よ」と言って渡してくれた。異国の品に心踊らせた、懐かしい思い出だ。
ローリエ王国南西の街、ガートルードで、俺はその思い出の雪飾りを見つけた。
「ロキ、あれ何?」
「ああ、雪祭り用のオーナメントだよ」
「祭り?!」
「……白竜くん、我々がこの街に来た目的を忘れてないかい?」
俺は白々しく
義賊団のロキ、王都に向かう旅の途中のティオ、それに俺は、神獣フェンリルが暴れているという街ガートルードにやってきた。
ロキはガートルードを守るため、そして俺は兄たんが関わっているか確認するため……ティオはおまけである。
ちなみに山猫のルーナはいつの間にかいなくなっていた。また悪事を企んでいる気がするが、ひとまず放っておこう。
神獣が暴れているという噂のわりに、ガートルードの街は平穏そのものだった。
空は晴れているが、綿雲からは白い雪が降っていて、街の地面にはうっすら雪が積もっている。雪からはクロス兄の匂いがした。近くにいるのだろうか。
通りの店では美味しそうなミートローフや木の実、色とりどりのオーナメントが売られていた。
街角に立った若者が楽しげに笛や太鼓を鳴らしている。
祭りの浮き足だったムードが、そこら中に漂っていた。
「噂と違うな。いったいどういうことだ。おい、店の親父」
ロキは足を止め、出店で焼き
蜜入りの温かい林檎は甘酸っぱくて旨い。
情報収集のつもりなのか、ロキは店の親父と立ち話を始めた。
「ガートルードで、フェンリルが暴れていると聞いたが」
ロキの疑問に、店の親父は愛想よく答えた。
「はい、フェンリルさまがいらしてますよ!」
フェンリル……さま?
「神獣さまが街におられるおかげで、理不尽な徴税をする奴らがやってこない! 降り続ける雪のおかげで、水不足が解消される! フェンリルさまさまですな!」
店の親父は笑顔で語った。
兄たん、なんでいきなり人助けを始めたんだろ。
「……ゼフィィィーーッ!」
噂をすれば本狼が、通りの向こうから雪を蹴散らして駆けてきた。
街の人々はフェンリルの巨体を見慣れてしまったのか、普通にスルーしている。
「兄たん」
「やっぱり人間と一緒にいたんだな! 怪我はないか? 心配したんだぞ! 今までどこにいたんだ!」
クロス兄は、俺に全身をすりよせて、ぐいぐい押してくる。
今さらだけど罪悪感におそわれた。
「心配かけてゴメン、兄たん」
「全くだ! お前に何かあったらと思うと、夜も眠れなかった!」
俺は、狼の姿でよくやるように兄たんと軽く鼻面をあわせた。
これで仲直りだ。
再会の儀式が済んだ後、先ほどから不思議に思っていたことを聞いてみる。
「ところで兄たん、どうして人間の街に?」
「ふっ、聞いて驚け。俺は人間の国を征服する!」
せいふく……制服?
いや違う。なんだか物騒な単語が出てきたぞ。
クロス兄は得意そうな顔をして続けた。
「手始めに、この人間の街に雪を降らせてやった!」
街の人は水不足が解消されると喜んでいる。
「武器を持った人間たちがやって来たが、俺のひと睨みで退却していった!」
理不尽な徴税、に来た人たちかな。
「恐れをなした人間たちは、俺にひれ伏して崇めるようになった!」
超、感謝されてるね。
「どうだ?!」
「兄たん、すっごーい!」
とりあえず俺は兄たんを褒めた。
「すごいだろう! この国が俺の支配下に落ちるのは、時間の問題だ。くっくっくっ」
「人間、殺さないよね?」
「当然だ。気に入らない人間は、ちょっと冷凍するかもしれないけどな」
なら、いいか。
とりあえず何の問題も無さそうだ。「支配」や「征服」という物騒な言葉が出てきたが、きっとクロス兄なりのユーモアなんだろう。棲みかを変える時の、フェンリル独自の表現なのかもしれない。
「ああと、白竜くん……?」
数歩下がったところで、恐々と俺たちを見ていたロキが、遠慮がちに発言する。
焼き林檎を食べ終わったティオが、汁のついた指をなめながら、訂正を入れた。
「ロキさん、ゼフィは白竜じゃなくて、フェンリルだよ。ねえ、ゼフィ」
「フェンリル?!」
ティオ、何でもかんでも正直に暴露するのはやめようぜ。
と言っても、別に隠す理由もないか。
「ロキ、俺はティオの言う通りフェンリルだ。そしてこれは俺の兄……兄貴は、人間の国が欲しいと言ってる」
「何?!」
「この街の人たちが、それを歓迎しそうな雰囲気なのが、気にかかるんだよなあ。理不尽な徴税って、何?」
兄たんがこの国を手にいれて何をするつもりか知らないが、俺は弟として手伝いをしよう。そのために障害になりそうなことは、早めに解決しておかないとな。
「騎士のあんたが、義賊団の
「……っ!」
突っ込むと、図星だったのか、ロキは目を見開いて絶句した。
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