08 久しぶりに戦いました(11/2 改稿)

 俺は、少し離れた場所にある愛剣との距離をはかる。

 爪も牙もない今の俺には、敵を倒すために剣が必要だ。


 どうやってあそこに行こうか思案していると、天の助けが吹いてきた。

 真白山脈フロストランドから降りてきた突風だ。パウダースノーを巻き上げて、俺とマンティコアの間を横断する。


「ムッ?!」


 雪の幕が束の間、視界をさえぎった。

 マンティコアは俺を見失った。

 今だ。

 俺は全速力で剣の元に走る。


「バカメ、ムダナアガキヲ!」


 マンティコアの、サソリの毒針を持つ長い尻尾が、俺に向かってくる。

 当たれば毒で死ぬだろう。

 当たれば、な!


 間一髪で剣をつかみ、鞘から抜刀するのと同時に、サソリの尻尾を切り落としてやった。

 手元でシャリンと心地よい鞘走りの音がする。

 何十年ぶりに日の目を見た刃が、陽光を弾いて銀色に輝いた。


 次の瞬間、ドサッと音を立て、切り落としたマンティコアの尻尾の先が雪の上に落ちる。


「ワレノカラダガーッ」


 マンティコアは半狂乱になって叫び声を上げた。


「丸焼きか、燻製か。生だったらお刺身? どの部分のお肉が一番美味しいんだろ」


 俺はマンティコアの美味しい食べ方について考える。フェンリル的に基本は生肉だろうけど、人間の食べ方を試しても良い。

 後で兄たんに詳しく聞いてみようっと。


「どっちにしても頭を切り落とさないと」


 舌なめずりしながら愛剣を肩の上で背負うように構えた。

 マンティコアがぎょっとする。


「マ、マテ。ハナセバワカル……」

「もう今日の夕御飯に決定したから」

「……ッ!」


 後ろに飛ぼうとするマンティコアを追って、俺は踏み込む。

 剣の切っ先をくるりと回すと、マンティコアは剣先に見とれて立ち止まった。ぼんやりしたモンスターの頭部へと剣を走らせる。


 昔、知り合いに言われたことがある。

 お前の剣は、剣術ではなく、見る者を魅了する剣舞だと。


 舞うような剣閃が、マンティコアの頭と胴体をさっくり分断する。

 勝利を確信した俺は剣を鞘に戻した。

 久しぶりの戦いですっかり油断していたのだ。


「……後ろ!」

「え?」


 ティオの声で気付いた。いつの間にか復活したサソリの尻尾が、背後に忍び寄っている。

 剣を再び抜きかけるが、それより前に上空から白い獣が降ってきた。


「大丈夫かっ、ゼフィ!」

「兄たん!」


 凄い勢いで飛び込んできたクロス兄が、サソリの尻尾を押さえる。

 ウォルト兄がマンティコアの胴体をひっくり返して牙を入れた。


「こういうモンスターは、胴体を残すと動き続けるんだ!」


 うげえ、頭を取っても動く昆虫みたいなものか。

 兄たんたちはマンティコアが動かなくなるまで押さえつけると、俺を振り返って目を丸くした。


「ゼ、ゼフィ。その姿は……?!」

「っつ」


 俺は人間の姿になっていることを思い出して青ざめた。

 兄たんたちは人間が嫌いだ。

 人間の姿をしてる俺をどう思うだろう。

 こんなの弟のゼフィリアじゃない、と家族から追い出されたりしないだろうか。


 急にとてつもなく不安になった。

 この姿になって、思考や言語能力が大人に近付いたと思ったのに……おかしいな。感情がコントロールできない。

 とめどない不安が涙になって、目にあふれた。


「ゼフィ! どうしたんだ、具合が悪いのか?!」


 涙を隠すため咄嗟にうつむいた俺に、柔らかくてふさふさした白い毛並みがぶつかってきた。

 驚いて顔を上げると、兄たんがおろおろと心配そうに覗きこんでいる。いつの間にか、俺はクロス兄とウォルト兄のサンドイッチになっていた。


「兄たん……?」


 いつも通り、暑苦しいほどの愛情をそそいでくれる兄たちの姿がそこにあった。クロス兄は、俺の頬を舐めて涙をぬぐってくれる。

 普段は無言のウォルト兄が、静かに言った。


「ゼフィ……元がなんであろうと、お前は俺たちの弟だ。たとえ人間の姿をしていたとしても」


 ああ、それは俺がずっと欲しかった言葉だ。

 フェンリルに生まれて、人間の記憶が戻ってから、密かに引け目を感じていた。本当の家族ではないかもしれない、と。

 ウォルト兄の言葉は、俺の抱えていたわだかまりを、春の雪解け水のようにさらさらと洗い流した。


 俺は歓喜の衝動に突き動かされて、兄狼の首根っこに抱きついた。


「兄たん……ありがとう。俺も、兄たんが大好きだよ!」


 後から思えばめっちゃ恥ずかしい台詞だが、この時はつい心のままに行動してしまったのだ。




 兄たんと感動の再会をした後、俺はティオに剣を返した。

 昔は俺のものだったとしても今の所有者はティオだからな。それにフェンリルの俺に剣は必要ないのだ。

 ティオが無事に村に戻ったのを見届けてから、俺は兄たんと母上の待つ洞窟に帰ってきた。

 

「やっぱりゼフィは、その姿が一番かわいいな!」

「ううう」


 俺の姿は、人間から元の子狼に戻っていた。

 人間に変身する魔法は時間切れらしい。

 悔しくて洞窟の床に生えた氷柱つららを蹴飛ばす。

 兄たんたちは、白いコロコロした毛玉の俺が、可愛くて仕方がないようだ。

 

 人間になりたい訳じゃない。

 目指すのはウォルト兄みたいな、恰好いい野生の狼だ。

 肉食獣らしい尖ったフォルムに強靭な四肢、鋭い眼差し、太くて威厳のある遠吠え。

 ああ、俺も早く大きくなって兄たんたちみたいな狼になりたいな!

 

「おかえりなさい、ゼフィ」


 兄狼に挟まれて洞窟に入ると先客がいた。

 優雅に寝そべる母上の前に、見たことのない青い生き物が座っている。

 そいつは竜に似ていた。


「……クロスとウォルトは前に会ったな。おや、初めて見る子だ。可愛いな」


 青い竜は興味深そうに俺をのぞきこむ。

 ええと、あなた誰ですか?


 

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