第4話 看病
ジィンが起き上がれるようになるまで数日かかった。
熱は翌日には下がったが、体がだるくて起き上がれなかったのだ。
今までの疲労が噴出したのだろうと医師はいう。
その間、ジィンはエヴァから熱心で容赦のない看護をうけた。
エヴァは勤勉な看護者で、医師に指示された事を正確に遂行した。それはもう、忠実に。ジィンの事などお構いなしで。
「はいー。傷がもとで熱が出ているそうなのでーお薬飲んでくださいー」
「指図すんじゃねぐわ」
反抗したいのにその隙を与えてくれない。ずっとにこにこしている。怖い。
「飲んでくださいー」
「ぐばばばばば」
巫女というのはもう少し慈愛に満ちていて優しいものではないだろうか。
全身傷だらけな少年に対しての態度だろうか。死ぬ。殺される。笑顔が怖い。
自分より年上で背丈のある少女にがっちり押さえつけられるのは屈辱だった。治ったら覚えていろ。
「いくつですかー」
「ぼおぼおおおお、ぐは、じゅ、じゅう」
人に訪ねながら薬を強制的に飲ますのは最早拷問に等しい。
「あー10歳ですかー」
相手の様子を見るという態度が一切感じられない。
「お前は」
「お前じゃなくてエヴァですー。私は15ですー。お姉さんですねー」
「ハッ」
「あはははー」
頑なに心を閉ざそうとしてもやたらとしつこい。悪意が通じない。通過する。
ジィンには人外の者にしか見えなかった。
巫女というから世俗に疎いお人よしだとばかり思っていた。
いや、世俗に疎いという意味では間違っていない。雰囲気に無垢さを感じる。悪意はないが思いやりもない。
この女、世間で生きていけるのかな、と思わせる世俗に対して頼りなさを感じ取ってしまった。
にしても、なんかおかしい。町にいたジィンの知っている巫女とあまりにもかけ離れている。なんだこれ。ジィンは10歳だが、親を失くして一人で数年生きてきた。彼女よりは世間を知っている。それにしても、それにしても。
「なんでーあそこいたのですかー」
「……」
「ねーねー教えてくださいよー10歳なのだから説明できるでしょーねーねー」
このやり取りを繰り返すこと数十回。
完全に根負けして、ジィンは嫌々ながら話した。
「家が、焼けたからだよ」
街が戦火に巻き込まれて、家も焼けて。
何もかもなくなった。
命だけは助かったがあてもなかったから、御伽噺で聞いていた伝説を頼りに森に侵入して彷徨ったこと。
順序立てて、わかりやすく説明した。
年を考えると随分と大人びている。黒い髪、青い瞳。瞳は荒々しい気性と明晰な知性を思わせた。
「ほえーそうだったんですかー」
読めない気の抜けた顔で話を聞いているエヴァを苦々しく睨んだ。
彼女の行動は腹が立つ、いらいらする。かなり嫌いなタイプだ。でも心から嫌う事ができない。何故だ。
心配しているが、態度が自分本位。相手の立場なってものごとを考えられない人間。いる。悪い人間じゃないのがなおのことたち悪い。
偽善者というには何かが足りない。慈愛者というにも何かが足りない。
心の答えが見つけられずにいらつきが高まった。
一通り聞き終えたエヴァが泉について教えてくれた。
「泉ー?約束の泉の事ですかねー」
「なんだそれ」
「あるんですよー。そーゆー名前の歴史だけある泉がー。うちで有名な泉ってそれくらいしかー行きますかー?」
「行く」
「熱さがったら行きましょうねー」
「今すぐいく」
「はいお薬の時間ですー」
「ちょっと、まて俺の話聞けよ連れていけよ」
「医師の許可でたら連れていきますよー治すのが一番早道ですよー」
また飲まさせて欲しいですかーと笑顔で迫られて、迫力に負けた。
「よこせ」
初めて抵抗せずに受け取った。
「おやー。はい、どうぞー」
エヴァの笑顔がいつもと違う気がした。負けた気がして悔しい。
薬は苦かった。
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