第3話 ジィン
「あー重かったー」
見つけた時とは違う箇所に傷をいくつかこさえて神殿まで少年を運ぶと、神殿騎士を呼んで医療室へと運んでもらった。
騎士に軽々と運ばれていく少年を見送り
「はわあああお仕事ー」
本来の仕事を思い出した。
いけない、人助けしても仕事しないと叱られますー。
事情話せば遅れは許されるが、怠慢は怒られる。
奥の泉で水汲みするのがエヴァの朝一番の仕事なのだ。
「水汲みいってきますー」
騎士に手を振り駆け出した。
桶もその場に置いてきたままだった。あわわ。
森はいつもと変らなかった。静かだ。
精霊はすこし賑やか。でも嫌がっている感じはしない。むしろ喜んでいる気配。
あの少年は精霊達に嫌われてはいない様だった。
うーん。精霊の好みのタイプって場合もありますからねー。
精霊は自分たちにとって悪しきものは勿論除外するが、エヴァ達にとって悪しきものでも自分たちが気に入るとおかまいなしに肩入れする。人と異なるものの判断基準は理解できない。油断は禁物だった。
慌てて水汲みして、祭壇の水を替えて、巫女長に報告した。
「まあ」
「ねー。びっくりですー」
「びっくりねえ」
ねー、とお互い穏やかに頷きあっていると、側に控えていた神殿騎士長が青ざめていた。
「まあじゃない。少年が目覚め次第話を聞きたい」
「進入経路わかりませんしねー。警備考える人は大変ですー」
「ああそうだ。由々しき事態だ」
「あら、でも森が通したのであれば、警備のせいじゃないわよ」
まろやかな声。巫女長が女神のように微笑んでいる。
「話にならん」
騎士長は女神の如く神々しい微笑みにだまされなかった。強い。
「あら失礼ね。本当よ」
森にいる精霊が、森そのものが人間を拒むことは日常茶飯事である。またその逆も然り。
言いたい事はわかるが違うそうじゃないと騎士長は歯軋りする。気苦労が絶えない、いつもの風景である。
「エヴァ、あなたが見つけたのだから、その少年はあなたがお世話なさいね」
「はあい」
巫女長の命令は絶対である。大義名分を得た。
修行さぼりではない、巫女長の命令で少年の所へ行くのだ。
「様子、見てきますねー」
医療室へ行くと少年はまだ寝ていた。顔色は悪い。
まだ汚れたままだったので、水と布を用意。服を脱がして清拭し、着替えさせた。
「あれま、傷いっぱい」
細かな傷はエヴァが治したが、傷跡がとにかく多かった。
エヴァが治す前、昨日今日ではない。古傷跡。その数の多さが彼の歴史を物語っていた。
こんなに小さい男の子が、傷だらけで倒れていた。災いが多くあったのだろうか。
何故森に居たのか。疑問は尽きない。
でも、今は。
「おはよーございますー」
頬をつついて起こした。着替えさせても、あれだけ頭打っても起きなかったのに、つついたら起きた。
「んがっ」
少年は跳ね起きようとして、起ききれず元に戻っていった。
黒い髪、濃い青い瞳が強い拒絶の意志を持ってエヴァを貫く。
「なんだてめえ」
「エヴァですよー」
にこにこと返す言葉に
「うるせぇ馬鹿」
と毒づいた。
「あらー元気ー」
とエヴァは一向に堪えない。
「とりあえずー。げんきそーでよかったですー」
有無を言わさず額と首を触ると熱い。
「熱、ありますねー。名前言えますかー?はい水飲んでー」
「聞いてんのかよぐは」
水差しでぐいぐいと水を強制摂取させた。
「がは、がああっ」
「名前はー?」
絶え間ない水差しの猛攻で名乗るどころではない。
「ちょ、ま、まて、まってがああああ」
「名前はー?」
「ジィン…」
「よしよしですよー。私はエヴァですー。よろしくー。お話聞かせてくださいなー」
「おう…」
少し怯える目。にこやかな顔してこいつ拷問にかける。敵だ。警戒する目になっていた。
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