22
昼休み、俺はいつもの屋上に行く。
鬱乃森は俺に気づくと、一瞥だけして目をそらす。
(なんか⋯⋯めっちゃキレてないか?)
朝の一件以来、今日の鬱乃森はずっとこうだ。
「どうしたの、ユージン、椿っち。ケンカでもした?」
俺のあとからやってきた柚木が言った。
「いや、心当たりがないんだ」
「そうね。べつにケンカしてるわけじゃないわ。単に、わたしが加美山君を見損なっただけで」
「なぁんだ、椿っちがユージンを見損なっただけかぁ。心配して損したよぉ!
⋯⋯って、それ
柚木が渾身のノリツッコミを披露するが、鬱乃森はにこりともしなかった。
「ユージン、お姫様がおかんむりなんだけど⋯⋯なにかしたの? その、気持ちはわかるけど、相手は女の子なんだからむりやり迫ったりとかそういうことは⋯⋯」
「してねえよ! マジでわかんねえんだって!」
「じゃあ、いつからこうなったのさ。昨日はこんなじゃなかったよね?」
「ああ。今朝、絆スタンプのことで吉崎さんに話しかけられてーー」
「そういや、吉崎さんがはしゃいでたね。クラT作るとか。クラTって高かったっけ? あまり高いと節約しなきゃなんだけど」
「そんなにはしないと思うけどな。ーーほら、これくらいからあるみたいだし」
俺はスマホでTシャツ製作業者のサイトを開いてみせる。
「なんだ、それくらいで済むんだ。よかったよかった。
で、その話の時から椿っちが不機嫌、と」
柚木がしばし考えこむ。
「⋯⋯ひょっとして、ユージンがクラス一かわいい吉崎さんと話してたから嫉妬してーー」
「ーーそんなわけないでしょう!」
柚木のセリフの途中で、鬱乃森がキレた。
図星をつかれたから⋯⋯なんて甘い話じゃない。かなりガチなキレかただ。
「ち、ちょっと、椿っち。それじゃわかんないって」
柚木が困惑しながら鬱乃森をなだめる。
「⋯⋯はぁ。そうね⋯⋯」
鬱乃森はうなずくが、やはり、言いたくないらしい。
その様子を見て、俺はようやく気がついた。
「ひょっとして、誤解してないか?」
「誤解ですって?」
険のある声で鬱乃森が言った。
(今日初めて口を聞いてくれたな)
すこしホッとしながら俺は話す。
「吉崎さんの騒いでた件なんだけど⋯⋯」
俺はスタンプ作成から今朝へ至る経緯を鬱乃森に説明した。
「なるほど。そういうことだったの」
俺の釈明を聞き終え、鬱乃森が安堵したような声でそう言った。
「皮肉のつもりだったんだけどな。吉崎さんはああいう人だから字面通りに受け取ったらしい。で、クラT作るなんて言われたらいやとも言えないから、ああいうことになった」
べつに、クラTくらい、作りたければ作ればいい。
特別着たいとも思わないが、絶対に着たくないとも思わない。
制服と同じだ。
「まぁ、皮肉としてはいいセンを行ってるんじゃないかしら。吉崎さんが真に受けたことまで含めて、だけど」
鬱乃森が、いつもの調子に戻りつつ言った。
「なんか吉崎さんにうらみでもあるのか?」
「そういうわけではないけれど。個人的に、『絆』という言葉が好きじゃないだけよ」
「えっ」
鬱乃森の言葉に困惑する。
(じゃあ、俺はそれだけの理由でキレられてたの?)
さすがにむかっ腹が立ったが⋯⋯まぁ待て。話を聞こう。
「それにはどういういわれがあるんだよ?」
落ち着いてるつもりだったが、俺の言葉にはすこし不機嫌の色が混ざってた。
「絆っていうのは、本来家畜を繋いでおくための紐のことよ。転じて、人と人のつながりのことを指すようになった」
「なるほどな。もともとはよくない意味だったのか」
絆こそが人を束縛し、自由を奪う。
たしかに鬱乃森らしいシニカルな意見だ。
理由がそんなだったということに、怒るよりも力が抜けた。
「クラTというのも気に入らないわ」
「ええっと、そっちはなんで?」
今度は柚木が聞く。
「くだらないもの。同じ服を着なければ一体感が得られないの? 着たくない人にもそれを強制しないとクラスがひとつになったと思えないの? 吉崎さんの口にする『絆』は、その程度のものなのかしら。そんなのは独善よ」
「まぁ、クラスの主流派じゃない俺が作ったものだから使えるって言ってたもんな」
うがった見方をすれば、非主流派である俺を出汁にして、クラスをまとめようとしてるともいえる。
「⋯⋯それも気に入らないわ。あなたの、そのへらへらした態度が」
「えっ、俺か?」
俺はおもわず自分を指さした。
柚木が、おや、という顔で、いたずらっぽく俺を見てくるが⋯⋯その意味はなんだ?
首を傾げてるあいだに、鬱乃森が言う。
「いずれにせよ、わたしはクラTなんて着ないわよ」
「そっか。クラスで作るとなると、さすがに鬱乃森にも話が行きかねないな」
集金も、LIME上でやろうと思えばできるのだが、高校生同士のデジタル決済は、多くの学校で禁止されてる。もちろん、俺たちの高校でも。
「吉崎さんが集金だの、Tシャツの配布だので動き回ることになるのか⋯⋯」
俺は、あんなスタンプを作ったことを後悔した。
調子に乗ってグルチャに動画まで上げてしまったこともだ。
その日の昼休みは、俺も鬱乃森も柚木も言葉少なになり、話が弾まないまま終わってしまった。
そして、その数日後。
集金のためにおそるおそる鬱乃森に話しかけた吉崎さんに、鬱乃森ははっきりと言った。
「ーーわたしはクラスTシャツはいらないわ」
と。
食い下がる吉崎さんと、それをはねつける鬱乃森の「口論」は、心ない誰かが撮影した動画となってグルチャへと上げられた。
たちまちのうちに、クラス中を巻きこんだ大炎上が始まった。
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