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 LIMEのエンジニアである父さんは無類のガジェット好きだ。


 今日も新しく出た3Dプリンタを買ったと言ってはしゃいでいた。


友人ともひとも使っていいぞ」


 そう言われてもな。

 俺にはものづくりのセンスも才能もあまりない。


(鬱乃森も工作したりするみたいだな)


 実際にやってるところを見たことはないが、屋上にはそれらしい機械が置かれていた。鬱乃森は、文理を問わない才媛なのだ。


「たまには何か作ってみるか」


 自分でも現金だと思うが、自分でやってみればあいつの気持ちがわかるかもしれない。


「そうだなぁ。鬱乃森が面白がりそうなもの、か」


 難しいな。


「皮肉の効いたもの、風刺的なもの⋯⋯かな」


 デジタルな人間関係を、3Dプリンタで物体へと出力する。

 そんな方向性はどうだろう。


「でも、そんなに凝ったことはできないんだよな」


 父さんに相談すればなんとでもしてくれるだろうが、それではちょっと情けない。


「よし、決めた」


 俺は構想をまとめると、父さんの部屋にタブレットを持ち込み、3Dモデルをでっちあげて、3Dプリンタで出力する。


 作ったのは、スタンプだ。

 でっかく「絆」と彫ってある。


「いまや人と人の絆も3Dで作って印刷する時代。ハンコだから、インクつけてポンで簡単にコピーできる。ハンコを作ったやつのデザインに従い、ハンコのユーザーはできあいのお手軽な『絆』を使ってるだけーーなんてな。ちょっと鬱乃森っぽくね?」


 うん、俺にしてはがんばっただろう。


 せっかくなので、3Dプリンタが絆スタンプを作り上げていく過程を動画に取り、完成品の画像と一緒にクラスのグルチャに投じてみた。


 ちょっとしたいたずらのつもりだった。


 鬱乃森はもちろんグルチャを見ないが、こんな動画を流してみたと言ったら、何か辛辣なコメントをしてくれるだろう。


 俺は動画をグルチャに投稿したあと、完成した絆スタンプを自室に置き、ゆっくり風呂に浸かって目をもんだ。

 慣れない作業で目が疲れたからな。

 たっぷり温まってから自室に戻ると、俺のスマホに着信を知らせる光がついていた。


 俺はスマホを開いて驚いた。


「うわっ、なんだこれ」


 さっき投稿した動画がバズっていた。

 公開設定はグルチャ参加者に限ってるので、クラス内だけのことだが、動画には既に十数件のいいね!がついている。


 グルチャをロールバックしてみて、発端がわかった。


 普段俺とはからみのない主流派女子の一人が、俺の動画にコメントしたのだ。


『もうすぐ体育祭だから、このスタンプでクラT作ろうよ!!』


 そのコメントに、女子中心にいいね!がたくさんついている。


「うげ、そういやそんな時期だったか」


 ひょっとして、クラスを盛り上げるためにやったと思われてる?


「う、裏目った⋯⋯」


 俺はがっくりと肩を落とす。


 だがまぁ、鬱乃森への笑い話にはなるだろうし、体育祭が盛り上がるならそれでいい。


「どうせ俺は非主流派だからな」


 今どきスクールカーストなんてものがあるわけじゃないが、イベントごとがあれば、自然と主流派・非主流派は分かれてくる。


 俺のスタンプで主流派が勝手に盛り上がる分には、とくに問題はないだろう。



 ーーその時の俺は、気楽にもそう思っていた。






「ーーあ、来た来た。加美山君!」


 翌朝クラスに入るなり、女子の一人が話しかけてきた。


 というと馴れ馴れしいようだが、ちゃんと朝方に「今日教室で話しかけてもいい?」と確認のメッセージは受け取ってる。

 一応俺の都合を聞いてるようではあるが、もちろん「いやだ」なんて言えるわけがない。


「ええと、吉崎さんだっけ」


 吉崎さんは、やや小柄で、活発を絵に描いたような主流派女子だ。

 すこし茶色がかった明るい髪をシュシュでまとめ、目立たない程度のナチュラルメイクをしている。

 クラスでもかわいいほうに入る女子だろう。

 っていうか、男子の人気ランキングでは、このクラスで堂々のトップである。


(まぁ、柚木がいないことになってた時のランキングだけどな)


 鬱乃森のことはいまだにいないことになってるので、実質的には三位だな。

 ⋯⋯いや、ひいき目じゃないぞ?


 その、隠れ上位二人を探してみる。

 窓際のいつもの席に鬱乃森がいて、柚木は教室の前のほうでおしゃべり中。

 吉崎さんに話しかけられてる俺に、鬱乃森は興味深そうな視線を向けた。


 吉崎さんは、俺の肩を軽く叩いて言う。


「そうだよ! で、あたし、体育祭の実行委員なんだけどさ」


「それはプロフ見たから知ってる」


 いきなりのスキンシップにドギマギしながらなんとか答える。


「うん、加美山君のスタンプでクラT作れないかなって」


 クラT。略さず言えばクラスTシャツ。イベントごとのために、クラスでデザインし、業者に発注して作るTシャツだ。

 通学中にスマホで調べたところ、ネット上で画像を入稿すれば二、三日で人数分を送ってくれる業者が山ほどあった。


「どうしてスタンプなんだ?」


「いやぁ、もともと作りたいねって話はあったんだけど、男女で好みのデザインがちがうじゃん? かわいい系とかっこいい系を作ってもいいけど、それだとみんなお揃いにならないし。その点、加美山君の絆スタンプはシンプルなだけに反対意見も出ないかなって」


「なるほどな」


「⋯⋯あと、ぶっちゃけて言うと、あたしらと加美山君たちって普段からまないじゃん?」


「まぁな」


「あたしらのグループだけで作っても、クラスの一体感がないと思うんだよね。そりゃ、言えばいやだとは言われないと思うけど、あとで裏チャットとかで叩かれたらヤだし」


「ふぅん⋯⋯」


 なるほど、吉崎さんなりに考えがあるらしい。


「べつに、著作権とかないから、やるなら好きにしてくれていいぜ」


「著作権って、難しいこと言うね!」


 ⋯⋯それは、暗に「会話のノリってもんがあるだろ、空気読め」って言ってるんだろうか。


「スタンプ、持ってきてくれた?」


「ああ。これだけど」


 俺はカバンから絆スタンプを取り出した。


「おお! いい仕事してるね! これなら使えそう!」


「そ、そうか」


 吉崎さんの勢いに押され、あいまいにうなずく。


「借りてもいい? ちゃんと返すからさ!」


「そんなにほしけりゃあげるよ。データはあるからすぐ作れるし」


「ほんと! ありがとう!」


 吉崎さんは遠慮せずにスタンプをもらうことにしたらしい。


「じゃあ、クラT、楽しみにしててね!」


「あ、ああ⋯⋯その、がんばれよ?」


「なんで自信なさそうなの? もっちがんばるよ!」


 吉崎さんが自分の席に去っていく。


(あああ⋯⋯朝から疲れたな)


 ぐったりしながら、俺はなんとなく鬱乃森のほうに目をやった。


 本能的に、すり減った精神力を補充しようとしたんだろう。


 だが、



「うっ!?」



 俺はおもわず息を呑んだ。


 鬱乃森は、これ以上ないほど冷たい目を向けてきていた。

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