18

「……いいのか、いきなりお邪魔して」


 仲よく相合傘をしてる鬱乃森と柚木の隣で、ひとりあぶれた状態の俺は、何度目かになる遠慮の言葉を口にした。


「いいわよ。どうして遠慮するの?」


 鬱乃森が小首を傾げて聞いてくる。


「いや⋯⋯昔こんなことがあってな」


 そう前置きしてから説明する。


 小学生の時、友達に誘われて友達の家に遊びに行った。

 そのことを帰ってから母さんに言ったら、母さんは相手の家に電話をかけて何度となくお礼を述べていた。

 緊張に震えてスマホを握りしめるその姿は、むしろ相手に謝っているようだった。

 そして翌日、母は菓子折りをもって相手の家に挨拶に行っていた。


「友達の家に行く度にこれなんだぜ? 俺はだんだん気が重くなって、友達の家に行かなくなった。うちに呼ぶこともしなくなった」


「どうして?」


「うちに呼ぶと、母さんはもてなしすぎるんだよな。山ほどいいお菓子を買ってきて、ジュースと一緒に出してくれる。友達の家に電話して、仲良く遊んでますと報告する。で、友達が帰った後はぐったりしてる」


「う、うーん……」


 と、柚木がコメントに困っている。


「柚木ん家はどうだったんだ?」


「うちはあけっぴろげだよ。弟が3人もいるから、誰だかしらない友達が毎日遊びに来てる感じかな。貧乏だからお菓子なんて出ないけど」


「そっちのほうが気が楽だな」


「加美山君のお母さんはがんばってそうしてたんだから悪く言っちゃかわいそうだよ」


「それはそうなんだけどな」


 俺と柚木が会話してると、ふいに鬱乃森が立ち止まった。


「着いたわ。ここがわたしの家よ」


 そう言って、横にある門を指さした。

 瓦屋根のついた大きな門がそこにはある。


 瓦屋根のついた家じゃない、門だ。

 家のほうは門と築地塀に囲まれてまったく見えない。


 さっきから代わり映えのしない築地塀がずっと続くなぁとは思ってた。

 もしかすると⋯⋯って予感もあったけどさ。


「こ、ここって⋯⋯」


 柚木があんぐりと口を開けている。


「でっけー家だな」


 いやまぁ、鬱乃森は以前から金持ってるぽいなとは思ってた。

 そこまで意外ってわけじゃない。


「ぼーっとしてないで上がっていって」


 鬱乃森が門についてるカメラに顔を向け、「通用口を開けて」とはっこりめに発音する。


『おかえりなさい、椿様。通用口を開けます。お客様ですか?』


 合成の音声が門から聞こえた。

 最近では珍しくもなくなった、顔認証と声紋認証、人工知能による出入りのチェック。


「そうよ。客は二人」


『かしこまりました』


 門の脇にある通用口が開いた。


「さ、入って」


 鬱乃森に促され、俺と柚木はおっかなびっくり門をくぐった。





「ただいま」


 と言って鬱乃森が玄関を開ける。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 と、今度は人工音声ではなく人の声が聞こえた。

 すぐそばの引き戸から、和装のお手伝いさんらしき人が現れる。

 40代くらいの優しそうなおばさんだ。


「おや、今日はお友達もご一緒で?」


「そう。応接間に案内するから、お茶を出してくれない?」


「かしこまりました」


 そう言って下がろうとするお手伝いさんに、


「そういえば、うちに予備の傘ってあったかしら」


 と、鬱乃森が言う。


「来客用の傘があったはずですが」


「はずです?」


「だって、お嬢様はお客さんなんて連れてきたことないですから。買ったきりしまいっぱなしになってます」


「そ、そう。じゃあ、それも探しておいてくれる?」


「かしこまりました」


 今度こそ、お手伝いさんが下がっていった。


 そのやりとりを、俺と柚木は呆然として見守っている。


「なに固まってるのよ。ついてきて」


「あ、ああ⋯⋯」


「う、うん」


 俺と柚木は鬱乃森の案内で応接間に通される。


 応接間は和室だった。

 障子で囲まれ、違い棚の脇には掛け軸までかかっている。掛け軸の下には小ぶりな生け花。


「ふわぁ~。すっごいね!」


 柚木が感嘆の声を上げる。


「お金がかかってるだけよ」


 鬱乃森が謙遜になってるようでなってないことを言う。


 俺は思わず聞いた。


「鬱乃森の両親って、なにやってる人なんだ?」


「両親? 普通の会社員よ」


 鬱乃森はあっけらかんと答えた。


「普通の会社員がどうやったらこんな家に住めるんだよ」


「誤解があるようね。わたしはさっき言ったわよね。『ここがわたしの家よ』と」


「⋯⋯えっ? ち、ちょっと待て! それって、この家は鬱乃森の両親のものじゃなくて⋯⋯」


「正真正銘、わたしが購入した物件よ」


 お手伝いさんがお茶とお茶請けを持ってくるまでのあいだ、俺と柚木はあんぐりと口を開けていた。

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