15
「どうすっかな、これ」
俺は、自室のベッドに横たわり、新しいスマホをいじりながらそうつぶやいた。
そう。結局、俺と柚木は鬱乃森のプレゼントを受け取った。
欲に負けたわけじゃない。
鬱乃森が、俺たちにはスマホは必要だ、受け取らなければ縁を切る、そこまで言って俺たちを説得してしまったのだ。
そのことも問題なのだが……
「なんで、修理に出してたはずの俺のスマホにあったデータが引き継がれてんの?」
そうなのだ。故障し、LIMEショップに預けていたはずのスマホにあったデータが、鬱乃森からもらったスマホにはちゃんとコピーされていた。
アプリも同じものがインストールされていたから、俺は特別な操作なしにスマホを以前同様に使えている。
俺は、ひさしぶりに見ることになったクラスのチャットをぼんやりと眺める。
タイムラインは順調に流れていく。
誰かが発信すればすぐに適切なレスが付く。
レスに間が空けば、誰かがLIMEのニュースから拾ってきたネタを投下して盛り上げる。
俺はここ一週間ほどこのチャットに参加していなかったわけだが……
そのことを気にしている奴は誰もいないようだった。
おかげで、「スマホが直った」というメッセージを送るタイミングがつかめず、俺は会話に参加しないままチャットをぼんやりと眺めている。
そこで、ふと思いついて、チャットにメッセージを送ってみる。
『なあ、鬱乃森さんについて知ってる奴いるか?』
『鬱乃森……ええっと、ごめん、誰だっけ』
『そんな女子いた? うちのクラスだよな?』
俺のメッセージに、何件かのレスがつくが、鬱乃森のことを知ってる奴はいなかった。
それから遅れることしばし、女子の一人がレスをくれた。
『ひょっとして、あの幽霊みたいな女子のこと? 黒いストレートヘアの』
「ゆ、幽霊って」
話してみれば、あれほど濃いキャラの持ち主もそうはいないが、クラスでの存在感はまさしく幽霊そのものだ。
この会話は長くは続かずすぐに流れた。
当たり前だ。
よく知らない相手についてクラスチャットで論評するバカなんてここにはいない。
大きくため息をついて、ベッドから身を起こす。
と、そこでスマホの着信が鳴った。
「柚木か」
俺は柚木からの着信を取る。
『ええっと、ユージン、で合ってる?』
「合ってるよ」
柚木はまだスマホの操作に慣れてないみたいだな。
『よかった。間違い電話したらどうしようかと思った』
「ごめんなさいって言って切れば大丈夫だよ」
もっとも、最近はチャットでたいていの用事が片付くため、電話自体あまりしない。
キャリアによっては、もはや端末に電話番号をつけるのをやめているほどだ。
『今日の椿っち……どう思う?』
「わかんねえ。まったくもってわかんねえ」
『だよねえ』
「ひょっとしたら嫌われたのかな……。このスマホは手切れ金みたいなもんで、もうこれ以上わたしに近づくな……みたいな」
『うう……否定もできないけど、たぶん違うんじゃないかな』
「どうして?」
『基本的には、善意だと思うんだよ。あたしらがスマホをほしがってた。だから、ほしがってるものをプレゼントした。そんなことをするのは、あたしらのことを友だちだと思ってくれてるからだと思うんだ』
「……かもな」
俺は、鬱乃森椿が気になっている。
だから、つい後ろ向きに考えてしまうが、柚木の解釈の方が当たってるような気がする。
「こんな高価なものをぽんと渡されたら困るよな。もしかしたら、本当にあいつにとっては大した額じゃないのかもしれないけど」
『帰りに携帯ショップに行って調べたらびっくりしたよ! いちばんいいモデルなんじゃん! あたしのバイト代じゃ、高校卒業するまで貯金しても買えないよ!』
「どんだけ金持ってるんだよ、あいつ」
『金銭感覚の違いって、難しいよね。気にしすぎてもよくないけど、当たり前みたいになって甘えちゃうのはやだし』
「そうだよなぁ」
俺も、こんなこと親にうまく説明できる自信がない。
親の口座からは俺の携帯料金が引き落とされているはずで、それがいきなりなくなったら不審に思われる。
そのお金を同級生の女の子が払ってるとなったら、「返しなさい」と言われるのは必至だ。
「うん、決めた。鬱乃森に頼んで、月々の通信料だけでも、元の口座からの引き落としに戻してもらう。端末料金は……払える気がしないし、全部突っ返すのも怒られそうだから、友だちからの高めのプレゼントってことで受け取ろう」
『そうだね……それがいいかな』
「柚木は月々の通信料は大丈夫なのか?」
『うん、それくらいならなんとか。慌てて調べたんだけど、最近のスマホは通信料もだいぶ安くなったんだね。学割もきくみたいだし』
「それならよかった。明日鬱乃森に言ってそうしてもらおう」
『ふう……これで肩の荷が降りたよぉ』
柚木が、疲れた声でそう言った。
「あ、そうだ。柚木のことを、クラスのチャットで紹介するよ。新学期から遅れての参加だからちょっとやりにくいかもしれないけど」
『それは覚悟してるよ。ありがとう!』
「本当は俺じゃなくて、もうちょいクラスの中心にいるやつが紹介したほうがいいんだろうけどな」
『べつにいいよ? あたしはクラスの中心に行きたいわけじゃないし』
「そうなのか?」
『うん。友だちが何人かできたら十分だよー』
本当に、なんでこんな性格のいいやつがハブられてるんだか。
「わかった。チャットに流すから、自己紹介文を書いてくれない? あっ、そのまえにLIMEのプロフを充実させないとだな」
『なんかいろいろあるんだね』
「プロフにはやっぱ画像はほしいよな。でも、いきなり顔写真を載せたら、柚木は美人な分やっかまれるだろうし……かわいいぬいぐるみがあったり、ペットがいたりしない?」
『いや、あたしが美人ってことはないと思うんだけど。ぬいぐるみならあるよ。UFOキャッチャーで取ったくりおねべあー』
「どんな生き物だよ」
ひょっとしてどこかで流行ってるのか?
「じゃあ、画像はくりおねべあーとして、自己紹介文だな。公開範囲をクラス内か学年内にして、D組柚木奈緒です、スマホなくって紹介遅れてごめん、的なところから入るのがいいか」
『ち、ちょっと待って。よくわかんない。っていうか、スマホの操作がよくわかんないんだよぉ』
そりゃそうか。初めてのスマホだもんな。
「明日紹介ってのは無理そうだな。それなら明日の昼、ランチの時に教えるよ」
『わかったー。よろしく頼みまする、先生』
「なんのなんの。鬱乃森のことでは頼むぜ、先生」
『いやぁ、あたしも恋愛で先生なんて名乗れたもんじゃないんだけどね』
「女心がわかるだけでもありがたいよ」
『椿っちの場合、『女心』なのかなんなのか謎だけどねー』
「たしかにな」
笑いあってから、俺と柚木は通話を切った。
他愛のない話だったんだが、俺は妙に高揚していて、その夜はなかなか寝付けなかった。
……考えてみれば、女の子とサシで電話したのはこれが初めてだったんだな。
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