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 そして昼休み。


 俺と柚木は作戦を持って、鬱乃森とのランチに臨む。


 題して、「鬱乃森椿についてもっと知ろう作戦」。

 俺と柚木は、午前の他の授業中を利用して、それぞれ知りたいことリストを作成した。

 俺のはこうだ。


・鬱乃森はどうしてスマホが嫌いなのか?

・鬱乃森はどんな家庭で育ったのか?

・鬱乃森は天才のように見えるのに、どうしてうちの高校に通っているのか?(うちはそれなりの進学校だが、超一流の進学校とまでは言えない)

・鬱乃森はどんな食べ物が好きなのか?

・鬱乃森は金持ちだが、どうして高校生なのにそんなに金があるのか? 親からもらう小遣いが多すぎないか?

・鬱乃森はいろんなジャンルの本を読んでいるが、専門はどれなのか?


 もっとあるが、最後はこれだ。


・鬱乃森は俺のことをどう思っているのか?


 昼休み、屋上に来る前に柚木と落ち合い、互いの作ったリストを見せあった。

 柚木はにやぁっと笑って、最後の一文を指でしめした。

 俺は顔が赤いのを自覚しながら咳払いして誤魔化した。


 なお、柚木の作ったリストは、俺のとは異質である。

 いくつかあげるなら、


・椿っちはどんなデザートが好きなのか?

・椿っちはどんな服が好きなのか?

・椿っちはどんな髪型が好きなのか?

・椿っちはナチュラルメイクに見えるが、まさかすっぴんじゃないよね?

・椿っちに彼氏はいないのか?


 ……とくに最後のを見た時には心臓が止まりそうになった。


(そうだよ……学校外に彼氏がいたって何の不思議もないんだ)


 鬱乃森に釣り合う男なんてそうそういないと思うが、それだけに、もしいたらとんでもないライバルになる。


「大丈夫だって。たぶんいないから」


 俺の顔色を見て、柚木はそう言っていた。


 そして、屋上ランチタイムである。


「あら、遅かったわね」


 鬱乃森が、揃って現れた俺と柚木に言った。


「あ、ああ。ちょっとな」

「ふぅん。まあどうでもいいわ。さっさと食べましょう」


 鬱乃森はそう言って、重箱に入った弁当をいつものパラソル付きテーブルの上に広げた。


「相変わらず豪華だな」

「料亭に頼んでるだけ。自分で作ってるわけじゃないわ。要するに金の力よ。奈緒の手作り弁当の方が羨ましいわよ」

「鬱乃森は自分では作らないの?」

「何? 女の子なら料理くらいできるべきとでも?」

「い、いや、そんなことはないけど。俺だって母親任せなんだし」

「どういうわけか、昔から料理だけは下手なのよ。機械工作なら、旋盤からフライス盤までたいていのものは扱えるんだけど」

「なんつーか、俺の中で鬱乃森って人物の全体像が浮かばねえ」

「ふふっ。そうでしょう。それが面白いんじゃない。あいつはああいうやつだとわかられてしまったらつまらないわ」

「あ、そういう考え方」

「あなたはいいの? 『普通の男子高校生』ってだけで」

「いいと、思ってたんだけどな」


 俺は自分の弁当を食べながらつぶやいた。


「最近は、何かがほしいと思うようになった。変に目立たないほうがLIMEでは安全だとは思うけど、それをずっと気にしてたら将来つまんないやつになってそうでさ」

「へえ。自覚があったのね」

「あったわけじゃないよ。鬱乃森と話すようになったせい、だな」


 今のセリフを言うにはちょっと勇気が必要だった。


 だが、言った。


 言ってしまった。


 問題はそれを鬱乃森がどう捉えるかだ。


「ふぅん……それは、いいのか悪いのかわからないわね。あなたも、奈緒も、いつまでも私のそばにいるべきじゃないと思うのよ」


 鬱乃森が何気なく言った言葉に、俺と柚木は硬直する。


 そんな俺たちに気づかず、鬱乃森はガレージの奥から二つの箱を持って戻ってきた。

 箱は20✕30✕10くらいの大きさだ。

 鬱乃森は、その箱を俺と柚木の前に置く。


 俺は、その箱を見て目を剥いた。


「こ、これ……LIMEの最新機種じゃないか!」

「ええっ!? そうなの!?」


 俺の言葉に、柚木も驚いた声を上げる。


 鬱乃森は、なんでもないことのようにうなずいた。


「そうよ。LIMEの最新機種、それもハイエンドの製品よ。あなたたちに、これをあげるわ」


 鬱乃森のセリフに、俺と柚木が言葉を失った。


「お、おい……本気かよ」

「本気よ」

「で、でも、高いんでしょ?」

「わたしにとってはそうでもないわ。通信料もわたしの口座から引き落とすようになってるから」

「いや、それはさすがにマズいだろ!」

「そうだよ! たしかにあたしはお金がないけど……こんなの受け取れないよ!」


 戸惑う俺たちに、鬱乃森が不満そうな顔をする。


「……喜んでもらえると思ったんだけど」

「そ、そりゃ嬉しくないかって言われりゃ嬉しいけど……」

「友達にお金を払ってもらうのはちょっと……」

「いいじゃない。本当に、お金ならあるのよ。それを、身近な人がほしいものを手に入れるために使って何が悪いの?」

「何って……」


 そんなの、どうやって説明すればいいんだ?


「どちらにせよ、契約はしてしまったから。キャンセルするほうが面倒だわ。解約料もかかるし。あきらめて、もらってくれないかしら?」

「だ、だけど、おまえはスマホとか嫌いなんじゃ」

「スマホが嫌いなわけじゃないわ。LIMEが嫌いなのよ。コンピューターをいじるのはわりと得意だし」


 鬱乃森が肩をすくめる。


「ねえ、椿っちは持たないの?」


 柚木が言うのは、俺たちにプレゼントする分はあるのに、どうして鬱乃森は自分のスマホは持たないのかってことだ。


「いらないわ」

「ええっ……だ、だって、せっかくスマホが手に入るんなら、椿っちとチャット?したりしたいよ」

「そうだよ! 三人で持つならまだしも、お金を出す鬱乃森だけが持たないなんて……」

「わたしは持ちたくないの。でも、今の時代スマホがなくちゃ困るってことは認めてる。そして、あなたたちも本来はスマホを持って、クラスメイトたちと一緒にチャットをしたりするべきなのよ」

「……鬱乃森はしないのにか?」


 俺は食い下がる。


「わたしはしないわ。あなたたちはするべき。わたしがこういう生き方をしているのは理由があってのことなの。あなたたちはわたしの真似をするべきじゃない。わたしとあなたたちは、別の世界の住人なの」


 鬱乃森の言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けた。


(別の世界の住人だって……)


 だとしたら、俺が鬱乃森に近づくことなんて……


「いいから、使って。べつに、縁を切ろうと言ってるんじゃないんだから。ランチをここで食べたければ来ればいい。でも、他のクラスメイトたちとの、ごく普通の交流を捨ててはいけないわ」


 その後も昼休みいっぱいを使って俺と柚木は抵抗したが、鬱乃森は頑として譲らなかった。

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