柚木が、胸を張って言った。


「スマホなくして青春なし、よ」

「アメリカ独立宣言みたいね」


 と、鬱乃森。

 柚木が首を傾げる。

 いや、こないだ世界史で習ったところだからな。


「椿っち頭よさそう!」

「よさそうではなく、実際にいいわよ。学年トップですもの」


 そうだったのかよ。グルチャで「クラスいち成績がいいのって誰?」って話題があったが、結局二位までしかわからなかったんだよな。


「へえ~! すっごい! ウチの学校は成績貼り出さないから知らなかったよ」

「今時あるのかな、成績貼り出す学校なんて。マンガの中でしか見たことないぞ」

「昔はあったけれど、ペアレントから物言いがついたらしいわ」

「ペアレントって何?」

「この学校の教師は親とペアレントという言葉を使い分けてるわ。もちろん、いわゆるモンスターペアレントのことよ」

「口に出すのもおぞましい一部の保護者のことだな」


 最近はインターネットを利用して学校へのレビューを投稿することができる。

 あまりにレビューが悪い学校へは国の調査が入り、場合によっては指導を受けることになる。改善されなければ校長の交代を含めた厳しい介入が行われるらしい。

 モンペたちは水を得た魚のように元気になり、反面、教師たちはレビューを恐れて年々お役所仕事になっている。

 レビューを人工知能で解析することで学校の効率化が進んだことも事実だから、あながち悪いとも言い切れないのだが。


 俺はため息をついて言った。


「現実の人間はブロックできないから面倒だな」

「現実の人間をブロック、ね。あなた、自分が怖いことを言っている自覚はある?」


 鬱乃森が淡々と聞いてくる。


「怖い? そりゃ、ブロックされるのは怖いさ。でも、場の空気を乱す奴ってのは絶対いるから、ブロックは必要だろ。みんなが快適にすごすためにはさ」

「……なるほどね」


 鬱乃森が何やらうなずいている。

 柚木が、俺と鬱乃森の間に生まれた微妙な空気を見て、


「ま、あたしも成績張り出されるのはヤバいなぁ。ただでさえ友達いないのに、馬鹿だと思われたらもっと友達ができなくなるかも」

「そうだなぁ。みんななんだかんだで真面目に勉強してて、そうでない奴はダメみたいな空気あるし」


 今の学校には、不良生徒なんて存在しない。

 生徒たちは教師たちの空気を読んで、必要なだけの勉強をする。

 宿題も忘れない。

 宿題が出ると、必ずグルチャで教え合う話になるから、勉強できる奴はちょっとだけ威張ることができる。

 逆に、あんまりできない奴がいるともっと頑張れよという空気になる。

 教師はもう生徒の授業態度を注意したりはしない。もう高校生なんだから、すべて自己責任だと明言している。成績が悪ければ補習、それすらダメなら留年だ。

 そこに、甘えられる余地はない。


 俺と柚木の会話に、鬱乃森が言った。


「張り出してくれた方がわたしはモチベーションになるけど」

「そりゃおまえはな。俺は勘弁してほしい。LIMEで写メを流されそうだし。成績がよくても悪くても面倒だよ」

「どうして?」

「そりゃ、点数ははっきり上下がわかっちゃうからな。LIMEでは地雷だよ。嫉妬はするのもされるのも鬱陶しいし、人間関係が壊れるだろ」

「くだらない。人より勉強したから成績がいいのよ。賞賛されこそすれ、嫉妬されるいわれなんてないわ。そんな暇があったら勉強すればいいじゃない」

「それをグルチャで言ってみろよ。空気が凍るぞ。みんなからブロックされて、いないことにされるかもしれない」

「ブロックされたら何か困るの?」

「何って……そりゃ、いろいろだよ。今日みたいに大事な情報が回ってこなかったりとか」

「つまり、あなたは人づてに流れてくる情報を目当てにLIMEをやってるのね? 友達と楽しく会話するためではなく」

「そりゃ、どっちも半分ずつくらいだな」

「そういう『友達』の中に、本当に腹を割って話せる相手はいる?」

「…………」


 いないな。

 家族に相談しようにも、父は家にいないことが多いし、母と姉はいつもスマホをいじってる。

 相談したところでスマホで「答え」を検索されるのがオチだ。

 それなら自分のスマホに話しかけた方が早い。


「最近LIMEでどんな話をした?」

「どんなって……芸能人のこととか、クラスの誰が誰に告ったとか、教師の悪口とか……」

「時間の無駄ね」


 鬱乃森がばっさりと切り捨てた。


「そ、そんなことはないぞ? つながりって必要だろ?」

「それは、会話の目的はあくまでもつながりを維持することであって、会話の中身はどうでもいいということでしょう」

「雑談ってそういうもんだろ?」

「そんな、毒にも薬にもならない……いえ、毒にしかならなさそうなつながりなんていらないわ」


 鬱乃森のはっきりした言い方に、俺は少しムッとした。


「じゃあ鬱乃森は、なんでも相談できる本当のつながりを、さぞかしたくさん持ってるんだろうな」

「ないわよ、そんなもの」

「ないのかよ」

「そんなの、そうそう見つかるものではないでしょう? わたしにだって言いたいことはあるけれど、本心をさらけ出せるような信頼できる相手には出会ったことがないわ」

「おまえの本心って?」

「そうね。たとえば、わたしは遠慮なく言うわよ。今回のテストの学年トップはわたしだ、どうだすごいだろうって。甲子園に出場を決めた野球部だってそうしてるじゃない」

「で、俺はおーすごいねって相槌を打てばいいのか?」

「わたしの成し遂げたことに対して、心から賞賛してほしいわね」

「おまえがとんでもないかまってちゃんだってことはわかったよ」

「それは違うわ。わたしは相手が同じことをしたら心から賞賛する。そうしてお互いを高めあっていく関係こそ、わたしの理想とする関係だわ」

「そりゃ難しいな。おまえくらい優秀な奴がそうそういるわけがないし」

「べつに、どっちが上かを決めたいんじゃないの。お互いの本心をぶつけあって、時には傷つきながらも、互いを励ましあってともに進んでいけるような本物のパートナーがほしいだけ」

「ありえるのか? そんな関係……」


 こっちにすべて合わせてくれるAIのチャットロボットだって、そこまではやってくれないだろう。


「わたしはまともな人の話ならちゃんと聞くわよ。いつだってその準備はできている。うわっつらだけじゃない、その人の本心からの話ならね」

「じゃあ、俺が鬱乃森に真剣に相談事を持ちかけたら聞いてくれるのか?」

「あなたが真剣ならね」


 そこで、柚木が手を挙げた。


「じゃあ相談! マジな奴!」

「何?」

「勉強教えて! 正直、バイトがきつくて、授業中疲れて集中できないんだよ……。高校に入ってから勉強も難しくなって、ついてけてない教科があるし」

「大変ね。わたしでよければ相談に乗るわ」

「じゃあ、さっそくで悪いんだけど……ノート、見せてくれないかな?」

「それは無理ね」

「えっ」

「わたし、授業中にノートを取らないの。集中して、その場で覚えてしまうのよ。復習しなくていいから楽よ?」

「そ、そんなのできないよ!」

「すげー記憶力だな」


 普通ならホラを吹いてると思うところだが、学年トップらしいしな。


「あなたのノートを見せてあげたら?」

「俺ぇ? いいけど、字は汚いぞ。何か間違いがあるかもしれないし」

「それなら、加美山くんのノートをわたしがチェックして、問題点を指摘した上で柚木さんに渡すわ」

「おい、それどんな辱めだよ」


 学年1位に赤ペンされたノートを他人に見られるとか勘弁してほしい。


「交換日記みたいだね!」

「あ、そういう解釈しちゃう?」


 柚木に笑ってそう言われると、それでもいいかと思えてしまうな。


 そこで、スピーカーからチャイムが鳴った。

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