番外編

素敵な私のお兄さま

「どうしてお兄さまは長続きしないのでしょう?」


 愛しい婚約者テオドラの素朴な気持ちが込められた問いに、僕は紅茶を噴き出しそうになった。すんでで堪えられたのは本当によかったし、素知らぬ顔で座っていられたのはなおさら僥倖だろう。


 どうして彼女はこうなんだろう……。


 テオドラと互いの気持ちを確認しあったのちの休日。午後のお茶を楽しんでいたところだ。デートらしいデートは久しぶりで、外でお茶をするのもたまには悪くないと思う。

 しかし、どうして彼女はお兄さま――ドロテウスの話をし始めたのか。


 まあ、屋敷の中では話しにくいかもしれないが……。


 紅茶をすすって、僕は平静を装う。

 テオドラには僕より一つ年上の兄、ドロテウスがいる。見目もよく、仕事もできるという優秀な男だ。そこそこ評判のいい僕から見ても、彼ほどの立派な男はそうそういないだろう。実際、一緒に仕事をしていて助かる面は多く、今後もずっと組んでいきたいと思える相手だ。

 そんな彼には、婚約者はいない。

 二十七歳といったら、よほどのことがなければ恋人くらいはいるものだ。結婚している者だって何人もいるくらいの年齢である。

 でも、現在は恋人募集中の身だ。

 表向きは優良物件なのに。

 彼が女性を苦手としているわけではない。男女として付き合うことはたびたびあった。親の勧めでお見合いをし、恋仲になったこともあるのを知っている。しかしいずれも長続きはせず、女性のほうから断られた。


 そう。ドロテウスには、女性が去るだけの欠点があったのだ。


「私も無事に結婚が決まりましたから、次はお兄さまだと思うのですけれど。お仕事を優先しがちな真面目さがよろしくないのかしら?」


 僕の可愛いテオドラは見当違いなことを言っている。それを指摘したものかどうか悩みどころだ。


「さあ……むしろ僕は、彼の真面目なところはセールスポイントだと思うけどな」


 苦笑しそうになるところを僕は我慢して答える。結構僕は正直者なので、これはなかなかに拷問かもしれない。どうにか話題を変えなければ。


「でも、振られてばかりということは、なにかしらお兄さまには欠点があって、それが女性たちを不快にさせているということでしょう? 私にはお兄さまほど完璧な方はいらっしゃらないと思うのに。……不思議」


 テオドラはそう告げて紅茶をすすり、はっとした顔をした。


「あっ! もちろん、一番素敵なのはアルフレッドさまですよ!」


 僕が憂鬱そうな顔をしている理由がドロテウスに妬いているからとでも考えたのだろうか。テオドラはフォローして、にっこりと微笑んでくれる。


 ああ、可愛い……。


「それはわかっているよ」


 にやけそうになるのをキリッとした顔を作って返す。どうしてこうなったんだろう。


「うふふ」


 可愛い。本当に可愛い。

 ちょっと天然で、とっても鈍感で、見当違いなことをよく思いつくものだといつも感心するけれど。

 だから彼女をそばで守ってあげたくなる。


「――お兄さまのことをわかってくれる素敵な方が現れてくれればいいのですけども。このままではマクダニエルズ家が絶えてしまいますわ」

「そうだねえ。我慢できる人がいれば、いいんだけど」


 テオドラは愛する兄を本気で心配しているのだろう。それがドロテウスの枷になっているとも知らないで。


 僕がもっとしっかりしていたら、憂いは消えるのかなあ……。


 ドロテウスは妹であるテオドラを溺愛している。女性として見ているわけではないのだが、なにかとテオドラと比べたがるきらいがあるため、付き合う女性は憤慨して去っていく。

 テオドラは見た目がとても美しい。少女から女性に変わりつつある今は、色気も孕んでより目を引くようになった。黙ってそこにいれば、均整のとれた人形のようで、この世にこんなにも美しいものがあったのかと思わせる――というのは、たぶん僕の贔屓目が多分に含まれているのだろうけれど、とにかく周囲が話題にする程度には美人なのだ。

 そんなテオドラを引き合いに出されてあれこれ言われたら気分を害するだろう。僕もドロテウスに注意しているのだが、治らないらしい。「そんなにおっしゃるなら、妹さんと結婚なさいな!」と別れの言葉を何度ぶつけられたのだろうか――彼の名誉のためにも数えないでおこう。


「我慢してはいけませんわ。ちゃんと愛し合える人がいいです。私たちみたいに」


 僕の言葉に、テオドラが真面目な顔で反論してきた。


「ロマンスの読みすぎだよ、テア。結婚はただの契約なんだから。あんまり理想を高く持たない方がいい」


 まったく、この兄妹は互いを愛しすぎている。


 僕には兄弟がいないから少し羨ましい。そして兄自慢と妹自慢の両方を聞かされて平気な顔でいられるのは、多分幼馴染の僕くらいなのだろう。その立場は、きっと兄弟がいることよりも貴重のような気がする。


「でも!」

「政略結婚がどうのこうのとこの前まで言っていたのに、本当に君たちは……」


 ドロテウスがテオドラ以上に愛せる女性が現れたら、こういう話はできなくなるのだろうか。それとも、今度はテオドラのやきもちを聞かされることになるのだろうか。


 それこそ、僕がしっかりしないといけないなあ。テアが僕に夢中になって、ドロテウス兄さんのことが気にならなくなるように。


 贅沢な悩みだなと感じて、僕はひっそり笑んだ。


《終わり》

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可愛い僕の婚約者さま 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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