第10話 刀は越中則重2


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 林信太郎が暇に任せて四条通の夜店をあてもなく見て回っていると、ある店の前に斎藤一を発見した。


 斎藤は寡黙な女の子だ。いつも片目を艶やかな黒髪で隠しており、どこか陰気な性格である。


 その斎藤が店主としきりに話しをしている。珍しい事もあるものだ、と林は斎藤に近づいた。


 その間合いに入る直前、斎藤がギラリと片目で林を睨んだ。しかし林と認めた瞬間、その目が三日月のように細まる。


「……林。こんなところで奇遇」


「何をしてるんですか?」


「ちょっと、刀を探している」


 ふむ、刀。


 そういえば林は聞いたことがあった。斎藤は隊の中でも刀の目利きに明るく、よく隊士たちが自らの自慢の刀の真贋を鑑定してもらっている、と。


 無口な斎藤ではあるが、頼まれて断ったためしはないようだ。案外みんな気軽に聞きに行っている。林は機会がないので行っていないが、今度自分の持つ刀を見てもらおうと思っていたのだ。


「どんな刀を探しているんですか?」


 斎藤はちょっと迷ってから、


長曽根虎徹入道興里ながそねこてつにゅうどうおきさと」と、答えた。


 通称でいえば、長曽根虎徹。あるいはただの虎徹だろうか。


 天下の名刀と呼ばれ、新撰組の中でも局長である近藤が持っている。この近藤の持つ虎徹は有名で、隊の中でも知らないものはいない。近藤といえば虎徹。虎徹といえば近藤である。


 本人がよっぽど気に入っているのか、よく自慢している。


「ははーん、さては近藤局長のを見て自分も欲しくなったんですね」


 なかなか可愛いところがあるじゃないか、と林は思った。


 どうもこの斎藤は歳が林の一つか二つ下のようだ。それで何だかいつも可愛い、と思ってしまうのだ。もちろんそれは恋ではなく、いうなれば妹のように思えるのだ。


「違う」


「あ、そうなんですか」


「あの虎徹は偽物。だから、私がいま本物を探している」


「え!」


 とんでもない事を聞いてしまったような気がした。まさかあれが偽物だったとは。しかし聞いたからには林も共犯である。暇だったこともあり、斎藤と共に刀を探すことにした。


「っていっても、こんな出店に虎徹なんて売ってるでんですかね」


 この頃の京都では浪人が沢山いたから、祭りの縁日でも露天で刀が売っているような有様だった。中には数打ち以前の粗悪品も多かった。


「掘り出し物、時々ある」


 二人して出店を冷やかす。


 何本か店主がこれこそ虎徹であると言い張るものもあったが、そのたびに斎藤が「これは偽物」と一刀両断にした。


 こうしてみれば虎徹の偽物は何振りもあるようだ。確実に本物より偽物の方が多い。


 途中で飴を買った。それを二人で舐めながら歩いていると、突然斎藤が、


「この前はありがとう」


 と、言ってきた。


「この前?」


「大阪に行った時。お腹いたくて、困ってた」


「ああ、気にしないでください」


 なんだかとても昔の事に思える。あの頃は、新撰組もみんな一緒だったように思える。


「嬉しかった……」


 林はその直接的なもの言いに顔を赤らめて、誤魔化すようにそこら辺の店を見る。ただのガラクタ売りのようだ。が、一本だけ刀がある。


「店主、これを見せてくれ」


「あいよ」


 手に取るとずっしりと重い。わりかし良い刀のような気がする。だが抜いてみて失望した。サビだらけだ。これでは人は愚か豆腐ですら斬れないだろう。


 駄目だな、と返そうとする林を、斎藤が止めた。


「それ、見せて」


 斎藤はひったくるようにして林から刀を奪う。そして一言、「間違いない……」と言った。


「何が間違いないんですか?」


「これ。これこそ長曽根虎徹入道興里」


 まさか、と林は思った。思ったが、斎藤が目を輝かせてその錆びた虎徹を見ている。嘘ではないようだ。


「店主、この刀いくら?」


「五両でどうですか?」


 一説には本物の虎徹は百両とも二百両とも言われている。それと比べれば破格の値段である。


 が、斎藤は「高い」と言い切った。


 こういう時たとえば山崎であればのべつ幕なしまくし立てて値引きするのだが、斎藤は違う。じっと相手の目を見つめるのだ。相手が目をそらしても見つめ続ける。離さない。何も言わず、無言でまけてと主張するのだ。


「ええい、じゃあ三両だ!」


「買ったわ」


 斎藤が巾着を取り出す。しかしどう中を数えても二両と少ししかない。


「お金……ない」


「貸しますよ」


 という訳で林が一両出した。


 さっそく斎藤は刀を研ぎにいくつもりだ。林も並んで歩きながら、話をする。


「こんな夜に起きてますかねえ」


「寝てても叩き起こす……」


 ははは、と林は笑った。こんな可愛い子に起こされるのなら寝起きでも嬉しいかもしれない。


「それにしても、貴方は刀運が良い。やっぱり腰のものが違うとあちらから寄ってくるのか」


「実はそれなんですけど、僕は自分の刀の銘を知らないんです」 


 驚かれるかと思ったら、でしょうねと納得された。


「そんな大層なもの、観賞用にしてなくて振り回してる時点でお察し」


「え、斎藤先生はこの刀が何か見抜いておられるのですか?」


「抜いてみて」


 林は言われたとおり刀を抜いた。


 斎藤はじっと刀身を見つめて、うんうんと頷いた。


「眼福だったわ。ありがとう」


「それで、この刀の銘は?」


越中則重えっちゅうのりしげ


 斎藤曰く、越中則重は鎌倉時代末期に越中にいた刀匠、佐伯則重が作った刀であるという。古刀最上作の一つに数えられる名刀である。


 腰反りが強く、先にいって伏せごころがない。切っ先はまっすぐ伸びており、典型的な鎌倉末期の刀だ。地鉄は黒味を帯びており、鍛え肌は松の皮が十重二十重に重なっているようにも見える。これは則重にある特徴なのだという。


「その刀、そうとう軽いでしょう」


「たしかに他の人が使っているものよりは手軽です」


「でしょうね。古い刀だから、大切にしたほうが良い。そういえば貴方の夕雲紅天流も越中発祥ね。そういうつながりがあるのかしら?」


「さあ? 僕は師匠との修行の途中で抜け出した愚か者ですから」


 この刀だって、勝手に持ってきただけだ。だが修行する時もこいつを使っていたから使いやすいというのもあった。まさかそんな名刀であるとは思わなかったが。


「刀は持ち主を選ぶという言葉もある。自信を持って、それは貴方のものよ」


 なんだか褒められている気がして照れくさかった。


「ありがとうございます」と、林はお礼を言った。


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