第8話 花と水3
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林も含め、芹沢派の面々が新見の死を知ったのは、その翌日である八月十五日の事であった。
それまでは八木邸に戻ってこない新見を、おおかた何処かの遊郭ででも遊んでいるのだろうと思われていた。
だが十五日の昼時、土方を先頭にして近藤派の者たちがやってきた。
芹沢はその時、一滴も酒を呑んでいなかった。会津候から謹慎を言い渡されて以来、断酒は続いていた。それは周りの人間から見てむしろ心配する程の偉業であった。
酒を呑まない芹沢はまったく素晴らしい人物だ。だが林はなんだかそんな芹沢が物足りなく感じた。なぜなら今の芹沢はいつも泣き出しそうな力のない目で微笑んでいるだけなのだから。
「あら、いらっしゃいまし」
近藤派で芹沢を訪ねてきたのは、近藤、土方、沖田、永倉、斎藤、藤堂、山南の六人だった。これは近藤を除いて、昨日新見を殺した者たちだった。
「今日はどうしましたの。ああ、じいや。お茶を入れてあげて。ちょっと待っててね、今平間のじいやがお茶を入れてくるから」
林は八木邸で芹沢と将棋を差していた。実力は同じくらいか、少し林が強いくらいだったのでとくに盛り上がっていた。今もどちらかと言えば林が優勢だったが、近藤たちが来たことでこれ幸いと芹沢は駒を全て片付けてしまった。
「芹沢さん、少し話があるの」
「なんでしょうか」
「新見さんが、切腹なされたわ」
近藤が薄く笑いながら、言った。
「なんですって?」
「昨日、新見副長は祇園の山緒で隊規違反のかどにより切腹なされました」
と、土方が話を引き継いだ。
この二人はいつも話の切り出しは近藤であるが、すぐに土方に変わる。実を言うと近藤は少し口下手なのだ。だからよく口が回る土方が話し合いを受け持つ。それは昔から変わらないこの二人のやり方だった。
「隊規違反って、新見さんが? いったいなんの」
「勝手に金策をするべからず、というものです。新見副長は連日押し借りをしておりましたので」
「ちょ、ちょっとお待ちになって。それで切腹? 冗談じゃありませんわ」
「しかし新見副長も切腹したという事は、自らの否を認めたという事です」
まるで近藤派の人間たちはこちらを威圧するように全員で芹沢を睨んでいる。
芹沢の肩がわなわなと動く。口が開こうとして、すぐに閉じる。目が三角になっていく。
「嘘おっしゃい。あの新見さんが自分からお腹を斬るなんて事があってたまるものですか。あの人は殺されても死なないような人ですわ。天狗党の時だってそうでした。切腹を言い渡された事だってありますけれど、あの人は全部突っぱねました。……貴方たち、新見さんを殺しましたわね」
その言葉で、部屋の隅にいた平山が刀の鯉口を切った。
同じように、斎藤も動く。
平山が片目で斎藤を睨む。斎藤も、自らの髪に隠れた目で平山を冷たく見据える。
「おやめなさい」と、芹沢が止めた。「争ってはなりませんわ」
「新見副長は尊王攘夷思想を持つ水戸藩と
「言いたい事はそれだけですか、土方さん」
「はい」
「バカにして! わたくしたち水戸の者はたしかに攘夷の急先鋒でした。しかし現在藩では過激な攘夷思想を取り締まり、幕府に対して恭順を示しております。それを今さら新見さんが水戸藩と通じていたから殺したですって! バカにするのも大概にしなさい!」
出ていきなさい、と芹沢は喚いた。
近藤と土方が目を合わせて、こくりと頷いた。
「ではこれで」と、近藤が慇懃無礼に言う。
大人しく近藤派は出ていった。
林は緊張の糸をきらした息をつく。まさに一触触発の状況だった。
「まさか新見さんが殺されるとは……」
平山が目を伏せる。
「あれ、皆さんは?」
平間が全員分のお茶を用意して戻ってきた。
「帰りましたよ」と、林。
平間のじいやは残念そうにお茶を戻そうとする。その背中に、芹沢が叫んだ。
「じいや、酒!」
「芹沢さん、呑むんですか?」
「うるさいですわよ、林さん! これが呑まずにいられますか!」
結局、この日を堺にまた芹沢の酒乱が始まった。
芹沢は元の木阿弥となったのである。
だが、変わったことも一つある。芹沢は酒を呑んで暴れるのではなく、呑めば呑むほど落ち込むようになった。
「どうしてこうなったんでしょうか?」
そんな事聞かれても、林には答えられなかった。
「大兄様にどう釈明すればいいの? 新見さんが死んだなんて」
「芹沢局長……」
「バカ、カモちゃんと呼んでくださいまし」
本当は芹沢派の者たちはこの時点で手を打つべきだったのだ。
このままいけば新撰組の実権は近藤派に握られることは明白だった。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、という故事の通り馬である新見が死んだのだから……。
だが芹沢は酒に逃げた。この時、彼女の破滅の運命は決まったのかもしれなかった。
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