第4話 その名は新選組2
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あくる日の朝、林は早朝に平間のじいやに揺り起こされた。
「林さん、林さん……」
「んっ……あ、平間さん。おはようございます」
「林さん、旦那様がお呼びですよ」
旦那様、というのは芹沢の事である。どうやらこの平間は芹沢の家に仕えていた男のようで、芹沢のことを今でも時々旦那様と呼んだ。その名残か、芹沢は彼のことをじいやと呼んでいた。
「分かりました」
林ら隊士が寝ているのは前川邸の大広間だ。ここには数十人が雑魚寝しているものだから、とにかくすし詰め状態だ。
だから起き上がって外に出ようにも、千鳥足のようにして人を避けていかなければいけない。
「んぐっ! おい、誰だ今踏んだの。痛いぞ!」
「あ、すいません」と、林はとっさに謝った。
「まったく……ぐうぐう」
こういう事も多々あった。
ときには夜中に厠に行こうとした隊士と、寝ていた隊士で喧嘩が始まることもあった。そういう時は大声に全員が起きて「うるさいぞ!」と口々に文句を言うのだった。
そんなこんなでも共同生活を通していれば絆も深まるというものだ。浪士隊の強さはここにあった。その絆の強さによって、二人でいれば二人以上の力を発揮できるのだ。その息の合った動きは他のどの浪士たちにも真似ができないものだった。
前川邸を出た林は、すぐ近くの八木邸の離れへと向かう。
離れでは芹沢が一人で酒を呑んでいた。朝から呑んでいるのかと思ったが、違う。昨晩から呑んで、そのまま寝ていないだけだろう。
もう芹沢は座っているのにゆらゆらと船を漕いでいるようなものだ。
「あーあ、林さん。昨日は大変だったそうですわね」
「まあ、はい」
「平山が褒めてましたわよ。おほほ、『林は不思議な剣を使う、だが腕は良い』と」
「光栄です」
「あのむっつりが褒めるんですから、林さんも相当なものですね」
「あまり褒めないでください」
「褒めてませんわ。ただ正直に。しょ~じきに。うふふ」
なんですか、それ。近藤さんの真似ですか? と林は茶化す。
あたりーと、芹沢も戯れる。
「実は昨日ね、会津候からお名前を賜ったの」
「名前?」
「ええ。わたくし達はこれから先、『新撰組』と名乗ります。これはかつて会津藩にあった武芸に秀でた者たちを選別した隊の名前だそうです。つまりは素晴らしいお名前を頂いた訳ですわ、おーっほっほ」
しかし、芹沢の笑い方はどこか悲痛だった。
「どうしたんですか?」
「おほほ、どうもこうも……」
「何かあったんですか」
「いえ。ただ……わたくしたちがこんな大層なお名前を頂いて良いものかと……」
「そんな、弱気な」
芹沢はじっと、林の顔を見つめた。
林はたじろいだ。芹沢の目が今にも泣きだしそうなほど涙を貯めていたからだ。
――これでわたくしも、お兄様たちに認められるかしら。
芹沢が何かを言ったようだが、林には聞き取れなかった。
「今、なんと?」
「おほほ、なんでもありませんわ!」
なんでもない、と言うのならこれ以上詮索する訳にはいかないだろう。
「おーっほっほ! わたくしたちはこれからは天下御免の新撰組ですわ! 新撰組筆頭局長芹沢鴨! いい響きですわ!」
芹沢はひとしきり笑うと、コテンと頭を落とした。
「え、芹沢局長?」
「寝られたようですね」と、平間のじいやが呟いた。
「芹沢局長、さっきなんて言ったんでしょうか……」
「さあ。しかしお兄様の事ではないでしょうか」
「お兄様?」
平間は――おや? という顔をした。
「聞いてないのですか?」
「まったく」
「なら、まだ言うときではないのでしょう」
平間のじいやはそういって、これもまた悲しそうに微笑んだ。
林はもちろん気になっていたのだが、しかし強いて聞くこともはばかられた。
「これから大変かもしれませんね。今までのように勝手気ままにはできないかもしれません」
「はい」
「実は先程も、会津候から釘を刺されたそうなのです。この前の鴻池家の一件を例に出され、あまりに押し借りがすぎると。借りていた金子は会津藩が建て替えてくれたそうなのですが、今後は控えるようにと言われていました」
「そうなんですか」
「酒乱さえなければ、本当に素晴らしい方なんですが」
平間のじいやは落ち窪んだ目を伏せた。悲しそうである。
外がにわかに騒がしくなってきた。朝の稽古が始まったのだろう。
号令をかけているこれは――土方の声だ。
たまには僕も出てみようかな、と林は思った。
「では」と、林は平間に言って、八木邸の離れをそっと出た。
壬生浪士隊、もとい新撰組の朝の稽古は夜明けとともに始まる。未だ瑠璃色の空を見上げて、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで、竹刀を振り続けるのだ。
それは稽古というにはあまりにも勢いのあるものだ。
我々は変わるのだ、と林は思った。
これからはきちんとした会津藩お預かりの浪士隊として活動していくことになる。
そうなっていけば、やがて芹沢もまともになるかもしれない。酒をやめて、自他ともに認める立派な侍へと、なるかもしれない。林はそう期待した。
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