幕間

伊那村翼は暗躍する

『ハロー。TSUBASAだよ。もう画像は見た? 今日はゴスロリ風味で、ビシッとキメてみたんだ。似合ってる? 似合ってるよね。ボク、顔がいいから。

 そうそう。最近、また「男が女装すんなカス」とか、「騙された!」とか。そういう気分悪いお手紙が来るんだけどさ。別に貴方達に頼まれてもなんの得もしないし?ボクは平気だし?

 むしろボク、思うんだ。似合わないカッコをするのはどうかと思うけど、似合う限りはどっちを着たって良いんじゃないかな? ファッションだって、二倍楽しめるし?いや、むしろ色々合わせて四倍だったり?

 どうせ性別なんてホントはグラデーションなんだし、み~んな、混じってもいいと思うんだよねー。それじゃ、トゥモロー。まったね~』



「拡散は自動だから、これでよし。っと」

 スマートフォンのボタンを押して、ボクは画面を閉じた。

「今日のノルマも達成ですか、翼様」

「そーいうこと。毎日書き続けるのも大変だよ?」


 日曜日の朝九時。ボク、伊那村翼いなむらつばさは車の中にいた。

 今時珍しい、黒塗りのフォルクスワーゲン。運転手は厳つい黒服にサングラス。そして丸坊主。見る人が見ると、ヤーさんに見えるらしい。


「ユニセックス推進のための女装ブログ。今一つ私にはわかりかねますが、翼様が楽しんでいるのは存じております」

 丸坊主は前を見たまま、ボクに語りかける。彼は忠実なボクの部下だ。いざという時には体を張って護ってくれるし、ボクに逆らうことは滅多にない。

 いや。むしろボクが、彼が反対するような真似はしない。と言う方が正しいか。


「なら放っといて。ボクだってまさかお祖母様に頼まれるなんて思ってなかったんだから」

 後部座席に身を預けて、ボクは苛立たしげに言う。分からないなら、分からないで。そのままにして欲しい。


「鈴様、ですか」

「そう。ボクが敬愛してやまない、大事なお婆ちゃん。頑固だけど、モノを見る目は今でもある人」

 丸坊主は実直だ。交通法規はあらかた守るし、決してボクを揺さぶるようなスピードでは走らない。だから、ボクも急かそうとは思わない。今日は十時から予定があるが、都心の渋滞を考えてなお。余裕で間に合うはずだ。


「まあ、自分に利がないと身内には厳しいけどね」

 外の景色を眺めながら、ボクは答える。

「そういうものですか」

「そういうものだよ。残念ながらね。仮に利があったら、あの人だって」

 丸坊主の返しに、言葉を添える。だけど、続きは言えなかった。一年前のあの出来事は。今でも胸に焼き付いている。



「澄子! なぜ『あてがい』で満足できぬ!」

「私だって必死に抑えてます。でも、『あてがいじゃ満足できない。新鮮な男が欲しい』。暴走バーストの度に、心が叫ぶんです!」

 お祖母様に涙を流して抵抗するのは、ボクのいとこに当たる澄子さん。ボクは、澄姉すみねえと呼んでいた。


 激しい口論は、暫く続いた。しかし痺れを切らしたお祖母様が、強制的に会話を打ち切ってしまう。

「もういい。お前のその淫乱は一族の恥だ。皆の者、澄子を角部屋に閉じ込めよ! 一年ほど押し込めておけ!」

「お祖母様! やめて! 離して! どうしてもと仰るのなら、自分の足で参ります!」


 白髪を後ろでまとめ、背筋を伸ばして立ち去るお祖母様。男達に引っ立てられる澄姉。

「お祖母様! お祖母様ーーーーーっ!!!!!」

 澄姉の絶叫が、最後まで屋敷中に響いて。やがて、静かになった。



 あの日、ボクはなにもできなかった。ボクのハジメテは澄姉で。憧れのいとこで。助けてあげたかったのに、ボクは「あてがい」でしかなくて。

 今でも澄姉からは、一族の者としか見られていない。ボクは、一人の人間として見られたい。あわよくば、好いて欲しい。なのに。


「ボクは、澄姉が。欲しい」

 口から漏れた声は、ボクが考えたよりも大きいものだった。慌てて口元を軽く押さえる。丸坊主に、聞こえてないか?

 しかし、彼の態度に変化はなかった。聞こえなかったのか、あるいは彼の自制心か。ボクには分からなかった。ただ。口にした言葉は、真実だった。


 ボクは澄姉をモノにしたい。憧れの人を、ボクの一番近くに置きたい。自分が、彼女の乾きを癒す。自分が、彼女の人生を支える。その覚悟は、ある。


「だから、あの男性はなんとかしたい」

 もうすぐ目的地に着くにも関わらず、ボクは制服の首元を開く。ちなみに、今日は男子のスタイルだ。いくら女装ブログを許してくれてるとはいえ、お祖母様の目には晒しにくい。


「もしや、先日送って行った者。ですか?」

「うん。その後、S・Cの前で再会したんだ」

 一回目はただの好奇心で拾った。二回目は、本当に偶然だった。切羽詰まった顔だったので、先を譲ってやった。自分が先に入っても良かった。しかし、なにか面白そうな予感がして。


 結果。予感は的中した。涙をこぼしつつ、脇目も振らずに走って行く男。その姿を、ボクは昏い喜びを秘めて見送った。澄姉と会って。なにかを悟った。だから、逃げるように出て行った。ボクはそう考えた。


 それから。ボクは平静を装い、澄姉と会った。しかし、ボクは意外な言葉を浴びせられる。


「ごめんなさい。話は手短にお願いね。聞くだけ聞いて、検討するから」

 わずかに陰のある表情。有無を言わせない物言い。反論は、できなくて。

 結局。澄姉の通う高校に合格したこと。可能なら澄姉の家からそこへ通いたいこと。その二つしか、言えなかった。全く不本意で、どうしようもない再会だった。


 だから、ボクは手を打つことにした。澄姉が悪いと言い訳をして。お祖母様の、孫への気持ちも利用して。ボクだけの為に、動くことにした。

 狂う前に、動きたかった。いや、もしかしたら。ボクは既に狂ってるのかもしれない。でも構わない。願いを叶える、その為ならば。



「翼様。到着しました」

 丸坊主の声で、ボクは現実に戻される。気付けば車は、地下の駐車場に止まっていた。静かな運転過ぎて、気付かなかった。


「降りるよ。ついて来て」

 平静を装って、ボクは行動を開始する。まずは、お祖母様の説得からだ。


「澄姉。待っててね」

 例え狂気の行動だろうと。ボクは必ず、成し遂げる。



 この日。僕はお祖母様の説得に成功した。

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