転:ボーイ・プロセスド・トゥ・ダークネス
第五章 引き裂いた闇が吠え震える僕は
第十六話 平助、気付く
幾回かのアレソレや、四人での食事会を経て。いつの間にかカレンダーは三月となっていた。その間、僕の予想に反して。比較的平和な日々が過ぎていった。
いや啜られる時は最終的に意識が遠のいてるし、雅紀がやらかしてエグい技を食らってたりはするのだけど。ともあれ、平和だったのだ。
その日はたまたまバイトも休みで、佐久場さんからの依頼もなく。意外なことに雅紀からの誘いもなくて。久しぶりの完全休養日だった。なので、僕は少しだけ奮発することにした。
たんまりと言うのも恐ろしいほどに頂いている佐久場さんからのお金。それを使って良い肉を買い、好物のハンバーグを作ることにしたのだ。無心で肉を混ぜ、タネを作り。じっくりと中火で焼き上げる。久々の贅沢に、僕の心は打ち震えていた。
時間とお金を、たっぷりと使えること。延々と沸き続ける思考に、振り回されないこと。そんなささやかなことが、なぜかとても嬉しかった。
良い気持ちで作り上げたハンバーグは、当然のようにめちゃくちゃ旨かった。僕は、この休日に感謝する以外の言葉を持てなかった。
だからこそ、食事も片付けも終わった瞬間で鳴り響いた着信音に。僕がカチンと来ない訳がないのだ。
「はい、どちら様で?」
自分でも驚くような低い声色。乱暴な口の聞き方。これまでの人生で二番目ぐらいではないだろうか、この怒りは。
「私だ。かがりだ。お嬢様から、学校の方でなにか用があるとか。そういう話を聞いていないか」
だが、返って来たのは同じぐらいに低い声。殺気と焦りに満ちた声。
「聞いていませんが……。まさか、まだ戻っていない?」
「その通りだ。お戻りになられていない。既に夕食は整えてしまったのだが、どこへ行かれたのだろう」
貴女なら既に、行動追跡アプリとか仕掛けてそうなんですが。そう言ってやろうと思ったが、一応無理矢理引っ込めた。次の言葉によっては容赦しないが。
「仕込んでいた追跡アプリは高校を指している。だが何度問い合わせても人の形跡はない、の一点張りでな。頭を抱えているのだ」
あ、やっぱり仕込んでた。この人の場合、九割の忠誠心に一割の邪心を込めるから厄介なんだよな。メチャメチャ有能なのは、短い付き合いでもビンビンに伝わって来てるけど。
「スマートフォンを落としているか、あるいは学校がすっとぼけているか。どちらがありえますかね?」
ともかく、可能性はいくつもある。なんとかかがりさんが殺意に目覚めてしまう前に、コトを片付けねばならない。
「ひとまず、学校へ行かねば始まらないな。最悪警備会社に連行されるが」
「ゾッとしない話ですねえ。今の時代、用務員さんも死語になりつつありますし」
警備を買収できるとも思えないので、拉致の方が可能性は高い。しかし一度そちらへ行かねば、話は始まりもしないだろう。
「ともかく、話は分かりました。行きましょう」
「行こう。既にアパート前に車を回している」
そういうことになった。
車内から見る校舎の窓は、一面どう見ても闇だらけであった。
「……居る様子は、ありませんね」
「ないな。しかしこうなると不安だ。お嬢様の貞操が危うい」
状況の不確定さに、渋い顔を作るかがりさん。しかし失礼ながら佐久場さん。貞操とかそういう段階なのだろうか?
「ちなみに貴様が余計なことを言わないように補足するが、貞操というのは言葉の綾だ」
あ、読まれてた。これだからハイスペック人類ってのは恐ろしいんだ、もう。いや、待て。貞操云々より、むしろ。
「かがりさん、かがりさん」
「なんだ」
暗い車内。温い暖房。しかしかがりさんの声は、いつもの数倍険しい。
「仮に襲われてるとしたら。襲った相手の方が危ういのでは?」
「あっ」
どうやらかがりさんをもってしても、その思考は抜けていたようである。そうだ。万が一あの人の気質が
その時だった。車のライトが、フラフラと車道へ飛び込む男を映し出す。どう見てもチャラく、マトモな青年には見えなかった。
「かがりさん、止めて!」
「急に言うな! ええいっ!」
チャラ男寸前で車を止め、僕はそいつに呼びかける。
「危ないぞ! なにフラついてるんだ!」
敢えて厳しい声を出し、正気に戻そうと試みる。すると、チャラ男は振り向くと同時に涙を流し。
「た、助けてくれ! このままじゃダチが全員死んじまう! 警察でもどこでも行くから!」
車にすがりつき、運転席の窓にへばりついて。狂ったように叫び出したのだ。
「こ、これは」
「悪い予想が的中したか。オイ、チャラ男」
「ひゃ、ひゃいっ! 殺さないでぇ!」
渋い顔を更に渋くしたかがりさんが、チャラ男に声を掛ける。すると、チャラ男は更に震え上がった。これでは逆効果ではないか?
「殺しはせん、シャキッとしろ。詳しく話せ」
そんな僕の思いもなんのその。かがりさんは手早く車を降り、手裏剣をチャラ男に突きつけていた。アレ、OLスタイルでも常備品なのね。
「あ、あああ、あの! お、俺等ちょっと知り合いに頼まれて。女の子をナンパして連れ込んで。その、イロイロとしようとして。ひぃっ!?」
しどろもどろに自白するチャラ男に、かがりさんは更に怒りを増すばかり。手裏剣を喉元に近付け、ぶっ刺す寸前だ。これではどうにもならない。いや、これ以上ほっとくとかがりさんが犯罪者になってしまう。
「ちょ、ちょっと。手裏剣は引っ込めましょう。あの。とにかく、場所を教えて下さい」
仕方ないので僕は二人に割って入ることにした。両者を説得し、情報を吐き出させるのだ。
「あ、あそこ! あそこの空き家だ! これでいいだろ? 許してくれ! 殺さないでくれ!」
涙とヨダレでグチャグチャの顔を晒しながら、必死に声を上げるチャラ男。だけど、情報を吐き出せば用はない。
「仮にこの男が許しても、私が許さん」
「ぐへっ!」
首筋を手刀で叩かれ、チャラ男はあえなく意識を失った。こっちとしては事を荒立てたくないので、通報だけは勘弁してやるけど。まあ因果応報だよね、うん。
チャラ男は道端に寝かせ、ソロリソロリと廃屋に向かう。かすかに聞こえた、あの艶っぽい声。それが僕達に、最悪の現実を予感させる。
幸いにして鍵は掛かっておらず、音を立てぬようにそっと開ければ。そこには地獄絵図が繰り広げられていた。
疲労困憊で横たわる数人の青年。
床に散らばった体液と、ゴム製のアレ。
辺り一面に立ち込める、むせ返るほどのケモノの臭い。
その中で佐久場さんは。女王のように、あさましく。激しく。艶かしく。腰を振っていた。髪もバサバサと跳ね回り、胸は誇らしげに揺れていた。
当然、その眼は紅く。男の体液を、一滴残さず啜らんとしていて。
僕は、動けなかった。なにか、見てはいけないモノを見てしまったような気がして。おぞましくて。佐久場さんの本性を見てしまった気がして。そして脳裏に、雅紀の言葉が蘇る。
「紅い瞳の童貞泥棒」
全てが、繋がる。ここまでの道のり。その始まりは。僕が、
「おい! 松本平助! どけ!」
僕はかがりさんにどかされる。だが、身体は動かない。
あたまのなかがぐるぐるして、めのまえのことすらわからなくなって。
「平助! お嬢様に……。おい、平助? 平助ー!?」
そのまま、かがりさんの呼びかけすら無視して。夜道に走り出していた。
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