第十話 平助、勘繰られる

 キンコンカンコン。全国津々浦々、おそらくどこへ行っても変わらないであろう終業のチャイムが鳴り響く。そのチャイムが鳴り終わる直前、僕はいつものように教室を抜け出そうとして。

「平助」

 廊下の、目指す場所の逆から。栄村さんに呼び止められた。バイトの時間は、待ってくれないのだけど。


「え、雅紀じゃないの?」

「今は平助。ちょっと来なさい。手短にしてあげるから」

 必死の疑問も、断言を添えて跳ね返される。本人の言う通りに済むのなら、大将も女将さんも許してくれるだろう。僕は素直に、付いていくことにした。


「佐久場さんと、だいぶ仲良くなれたようね?」

 人気のない、昇降口から見て奥の階段の踊り場で。開口一番に彼女は言う。そこに込められたおもいに、僕が気づかない訳がない。

「そう見えたのなら、良かった」

 少し長い間を残して、僕は言葉を返す。秘密を守ると決めた以上、余計な発言はできなかった。


「内緒話までするだなんて、だいぶ親密じゃないの。良かった良かった」

 ボディタッチこそしないものの、栄村さんは距離を縮めて笑顔で言う。オマケに軽くかがんで、上目遣い。そういうところですよ貴女。僕はもう、かつての恋心さえも悟られたくないのに。諦めてるのに。でも、それだけじゃないですよね?


「でも内緒話をする仲になるのが、ちょーっと早い気もするのよね」

 ほら来た。この人は勘が良いんだ。もしかしたら、昔の思いもバレていたのかもしれない。しかし、それは今は置いておく。とにかく、上手く言いくるめないと。


「私達に、なにか隠してるでしょ」

 ジリッ。間合いがもう一歩詰まった。目を合わせられる。表情が歪む。背中に冷や汗が流れる。僕は考える。どうしたら良い。どうすれば、この状況を逃れられるんだ?


「なんてね」

 あまりにも不利だったはずの状況は、気まぐれのように平常へと戻った。栄村さんは間合いを取っていたずらっぽく微笑み、僕は正直ホッとした。だが。


「その様子だと大事な隠し事みたいだし、深くは言わないわ。だけど」

 もう一言と共に。再び彼女は顔を突き出し、僕を睨みつける。

「佐久場さんを泣かせたりしたら、どうなるか。分かってる、よね?」

 その睨みには目力が篭っていて、とても僕には逆らえなかった。


 じゃ、また本命チョコが増えてそうなアイツをふん縛ってくるから。

 そう言って、栄村さんは愛する人の元へと帰って行った。アレはなんなんだろう。ツンデレ? それとも、暴力デレ? 僕は疎いから、今一つよくわからない。

 ともあれ、隠し事をしているのはバレた。今後は立ち居振る舞いにも気をつけねばならない。屋上でのあの会話を見られた。多分それが原因だ。


「まあ今すぐにできることはないし、とにかくバイトへ行こう。いくらお金が入るにしても、基本的な部分のお金は、自力でなんとかしないと」

 僕は一瞬で激減した精神力を、無理やり奮い立たせて。ゆっくりとバイト先へ向かって行った。今日も中華そば屋が、僕を待っている。



 商店街の中ほどに店を構える。少し古臭い店。だが、店内はいつでも活気に満ちていた。

「平、悪い。六軒先の山田さんちにこれ、頼むよ」

「平ちゃん。そっちへ行くならさ、ついでに田尻屋さんから器貰って来てよ!」

 店内はにぎやかで、外は騒々しい。故に大将たちからの指示は大声で飛んで来る。こればかりは仕方がない。だから僕も、大声で返す。

「はい!」

 返事は伸ばさず、ビシッと一つ。これも母さんの教えだった。食事の食べ方と並んで、非常に役に立つものだった。これらのおかげで、年長者からの受けがいいからである。


「行って参ります!」

「頼んだ!」

 挨拶を交わして店を出る。オカモチを持ち、軽く急ぎ足で六軒を駆け。


「器は後ほど取りに参ります!」

「オウ、ありがとよ!」

 こぼさぬように出前を届ければ、次はその向かいへ行って器を片付ける。そうしてまた、店に戻る。この間、たった十分ほど。しかし。


「ただいま戻り……!?」

 店に戻り、引き戸を開けて。僕は一瞬ギョッとした。なぜならカウンターに、想定外の人物がいたからである。黒のタイトなスカートにスーツ。まとめ髪。長身。かがりさんその人である。ラーメンを待っているのか、超高速でスマートフォンを弄っていた。画面は見えないけど、きっと佐久場さんコレクションとかだろうな。


「戻りました!」

「お疲れ! 手を洗ったらすぐ戻ってくれ!」

 しかし固まっている場合じゃない。ビシッと冷静に挨拶をこなし、奥へと向かう。なんとか、誰にも気付かれなかったようだ。それにしても最近、隠し事ばっかだな。母さんが見たら、どう思うだろうか。いや。今はバイトだ。バイトに集中しよう。


「はい、チャーシュー麺大盛りに大ライス。それと烏龍茶。餃子はもう少しお待ち下さい。お待たせしました!」

「どうも。いただきます」


 なんの偶然か、店内業務に戻って最初のお仕事。それがかがりさんへの品渡しである。酷い話だ。それでも僕は店員だ。渋い顔とか、不愛想とか。許されない。だが、そんな僕を見透かしたのだろう。かがりさんが、そっとスマートフォンを僕に見せた。そこには。


「このバイトが終わった後、話がある。外の適当な場所にて待つ」

 とだけ記されていた。

 そしてやっぱり、かがりさんは大食いだった。



 引き戸を開けると、雪が降りそうなほどに空気が冷たかった。のれんはとっくに、引き戸の隅に片付けられている。

「お疲れ様でした!」

「あいよ! 明日もよろしくな!」


 キビキビと大将に挨拶をして、僕は店を去る。そのまま家の方向へと、何歩か進む。すると、闇の中から。浮かび上がるように。

「一応、お疲れと言っておこう」

 忍者の顔も持つ、待ち人メイドが現れた。

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