承:ボーイ・ノウ・リアルサキュバス
第三章 友を選ばば意を読みて
第九話 平助、数を盛る
僕の隣に、あらゆる意味で佐久場さんが現れてから。あっという間に一週間とちょっとが過ぎた。いや、あっという間と言うにはあまりにも濃厚だったんだけども。どぎついタイプのとんこつラーメンだったんだけども。
まあそれもそのはずだ。佐久場さんとの契約履行は、この僅かな期間で。ハジメテの件を除いても二回あった。
しかも、この間ちょっとやらかしてかがりさんに殺されかけた。本人の望みもあったんだから、良いじゃないか。なんで手裏剣で股間を切除されそうにならないといけないんだ。ああ、怖い怖い。よく生きてるな、僕。
で、本日は二月十四日。二月十四日といえば。モテない男にその事実を突きつけ、公衆の場で血の流れない処刑が行われるあの日である。そう、聖バレンタインデーだ。
真実かどうかも分からない宗教挿話に、製菓会社がもっともらしいキャッチコピーを添え。女子の純心を弄ぶかのように売上向上へと突き進む。全くいただけない話である。
とかなんとか聞いた事があるんだけどさ。実際目の前でやられると死ねるね、これ。
「はいマサキ。これあげる。作るのはキツいから市販の奴だけど、ラッピングだけは凝ったから」
「うおっとぉ!? 本命チョコキター!?」
昼休みの屋上。何回か繰り返す内に、いつの間にか恒例になっていた四人飯。全員が食べ終わって一息ついた頃。
顔を朱に染めつつも、栄村さんが雅紀へ向けてチョコを投げ渡した。それを本気でキャッチし、喜ぶ雅紀。そんなリア充の茶番に、僕は嫉妬半分に茶々を入れたくなり。
「なお、これで本命チョコは十個目である。リア充爆発しろ」
倍に盛った個数をボソリとつぶやいてやった。
「マサキィ! やっぱりそのチョコ返しなさい!」
「平助! 倍盛りはいくらなんでも酷えだろ! 貰ったのは五個だけです! 後一応、多分義理も混じってる! 多分!」
雅紀が言い返しつつ逃げ出す。そりゃそうだ。彼女からの本命を、返したい訳がない。
「貰ってることそのものがアウトよ!」
負けじと栄村さんも叫び返す。重なる恨み節。たちまち始まる追いかけっこ。そんな姿に少しだけスッキリしたので、僕は佐久場さんの方を向いた。横座りで、太ももにはハンカチ。お重ではなく、少し小さめの弁当箱を手にしている。あの三段重はなかったよなあ。今でも思い出せる。うん。
「すみません、騒がしくて。内輪ノリみたいなものです」
若干言い訳じみているが、とにかく謝罪はしておく。でも、佐久場さんはクスクスと。ツインテールを揺らして笑っていた。普段よりも少し幼く見えるが、それはそれでグッと来るものがある。
「どうしました?」
クスクスと笑うだけの彼女が気になって、僕は聞いてしまう。バカだなあ。多分、好意的な反応なのに。
「ああ、いえ。他意はございません。ですが。微笑ましいなあって」
佐久場さんは済まなさそうに微笑みながら、サラッと答える。うん、やっぱり僕はバカだった。
それにしても。微笑ましい、かあ。友人の視点で見ると、ちょっとやり過ぎたかなあ。って感じなんだけども。
「いえ。家の都合上、ああいうイベントには縁が薄かったもので」
そんな僕の表情を読み取ったのか、佐久場さんが言葉を継いだ。なるほど。家の都合なら……。
ん? ちょっと待て。そういえば。かがりさんはメイドで、佐久場さんを呼ぶ時は「お嬢様」と言っていた。もしかして佐久場さん、僕達が知らないだけで。実は相当にイイトコの娘さんなのでは?
三段重。
仕草のまとう、空気の違い。
物凄い勢いで、思考が一つに収束する、が。
「あっ……。その、ちょっとお耳を貸していただけませんか?」
なにかを思い出した佐久場さんが、唐突な申し出を僕に繰り出した。僕の視界の最奥では、栄村さんが逆エビ固めを雅紀に食らわせている。今なら秘密は守れそうだ。僕さえ理性を保てれば、だけども。
とはいえそこまで言われて、普通に喋らせるのはどうかしている。僕は、体を佐久場さんに寄せた。香水なのか、女性特有なのか。いい匂いがかすかに漂って、僕をざわめかせる。
それに気づいてか気づかずか、佐久場さんは僕の耳に顔を寄せる。あ、おっぱい軽く当たってる。やっぱり三桁あるんじゃないか、これ。
「その。明後日、金曜日の晩。バイトがないのでしたら、即座に私の家に泊まりに来て欲しいのです。大丈夫です。これはかがりにも睨まれない行為です」
奏でられる吐息が、僕を発狂寸前まで追い込んでいく。ふおおおおお……! 佐久場さんのささやき! やっぱりヤバいって。もう嬌声ももっと凄い声もイロイロエロエロと聞かされたけど、何度聞いてもやっぱり慣れないって! かがりさんが変態じみたことになるの、分かる気がする!
思わず頬が真っ赤に染まる。股間の鉄砲に、弾込めがされそうになる。それを必死に耐えようとする僕。
とにかく、返事をしなければならない。表情を隠すように、彼女の横にしがみついて。下腹部がバレないように、腰を軽く引いて。
「承知しました。その日は、バイトもないので。帰宅して準備が終わったら、即座に伺わせて頂きます」
震える声で、そっと耳元に返事をする。佐久場さんの体がかすかに震えているのを見て、僕はほんの少しだけ心を落ち着かせた。なんだ。きっと彼女も同じじゃないか。
「失礼しました」
どちらからともなく放たれた謝罪の言葉。永遠にも感じた至福の数秒間が終わり、佐久場さんはしれっと元の位置に戻る。僕も深呼吸して、必死に元の表情を保つようにする。だが必死なあまりに。僕へと向けられていた視線には、全く気付けなかった。
「あだだだだ! 折れる! 折れます! 死ぬううううう!」
雅紀のタップと懇願の声が、屋上の空に虚しく響いていた。
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