第19話~りえた ふぇすてぃばる~(夏祭り)

 あれから数日後、宿題も終わらせた。

 そして八月一日。私達は花火大会が開かれるお祭りに来ていた。


 芝生の生えた土手にレジャーシートを二枚程敷いている。

 飲み物等を買ってきてくれる兄や瑠璃ちゃんや夏々ちゃんを待っていた。


 四時頃から来ていたのだが……暑くて項垂れている。

 私も黒い浴衣を着ていて、風通しも良いとは言えない。


「あづぅ……」

 流石の文乃も抱き着いて来ない。花柄の高そうな扇子で顔をあおいでいる。

 ピンクの浴衣に髪はポニーテール。金色の毛先はいつも通り綺麗に巻かれている。


「本当ね……蒸し暑過ぎるわ」

 恵美ちゃんも配布されたうちわで扇ぐ。

 紺色の落ち着いた柄の浴衣や青い花のかんざしは、普段より大人っぽさを増している。


「暑いね……」

 私もうちわで扇ぐと……

「発情?私が慰めてあげ……」

「はぁ……違うから」

 文乃の冗談を軽く受け流すが反応が無い。


 彼女の目線の先を見ると……

 結衣さんがこれまた派手な色の髪の人と腕を組んで、土手下の川岸を歩いていた。


「うぅ……」

 彼女は落ち込んだような唸り声を上げる。

「も、もしかして誘ったの?」

 そうだとしたら、結構会い辛いだろう……


「いや、勉強で頭いっぱいだったから……」

「そっか、ならよかった」

 私は彼女が傷付かなかった事に安心している……


「見て見て、そっくりさんの金髪ちゃんがいるね」

 恵美ちゃんも気を遣ってくれたのか、結衣さん達の後ろから付いてくる一人の金髪ツインテールの娘を指差す。


「ほんとだ……」

 その娘と目が合う……目が合っているのは文乃かな?

 でも十数メートルは離れているし、すぐ目を逸らされてしまう。


「結衣さんのお友達かな?」

「か、かもね……」

 文乃は少し頬を膨らませている。

 ちょっと突っつきたくなったので、頬を突っついてみる。


『むにゅ』

 舐められる事も無く見事に命中した。

「あ」

 嫌な予感がした。彼女の顔が少し歪んでいる。


「あぐ!」

 噛まれた。

「いだいいだぁい!ごめんなしゃいぃ……」


 痛がると、すぐ噛んだ指を離してくれた。

「いたずらはいけないね」

 恵美ちゃんもこくこくと頷いている。


「いだぁい……」

 人差し指には歯の跡がしっかりとついていて、そこそこの痛さに涙が滲む。

 しかも……若干湿っている。

 ハンカチを取りだそうと左手で浴衣の胸……ではなくお腹部分を探るが無い。


「あれ、ハンカチ無い……」

「はい……」

 文乃が恥ずかしそうに自分のハンカチを差し出してくる。


「ありがと……って、ん?」

 そのハンカチは明らかに私のだった。

「あ、間違えた」

 それはまあ良い。なぜ私のが必要になったのかが重要だ。


「な、何に使ったの?」

「ふ、文乃ちゃん……?」

 私は苦笑いで聞く。恵美ちゃんも少し怖がっている。


「…………」

 文乃は無言で顔を逸らしてしまう。顔を真っ赤にして……

「今度私も同じこと――いや、やっぱりハンカチはいい……」

 それはご褒美になる。


 私は湿った指をうちわになすった。

『ピクッ』

 文乃が小刻みに動いた。

(まさか……)


「ねぇ文乃ちゃん?……変なもの付けてきてないよね?」

 一応恵美ちゃんが確認を取っている。

「さあ?」

 とぼけている。間違いなくまたアレを付けてきているのだろう。


「文乃ちゃん……?流石に皆が戻ってくるまでに……」

 恵美ちゃんは焦った様子で彼女を説得し始める。確かに瑠璃ちゃんが鼻血を出して貧血……なんてことにもなり得ない。

「めぐみんにも!」

「きゃっ……!?」


 普通に押し倒されていた。

「めぐみんに渡すのは刺激強すぎるし、結構酷いと思うから……」

 文乃は方向を変える。足を恵美ちゃんの頭の方に向けて腕を押さえた。


 その状態で恵美ちゃんの浴衣の下半身をごそごそといじくっている。

「よし!」

 水色のレースのパンツが浴衣から出てきた。彼女の太ももに絡まりドーナツみたいになっている。


「ひゃっ……!?こ、こっちも負けんけん!」

 恵美ちゃんもやられるだけではなく、文乃のパンツを意図も簡単にずり下ろす。


 それは赤く派手なレースのパン……!?

 大事な場所にハートの穴が開いている……らしい。夕日で見えないけど恐らく仕様だろう。


「ふぇっ……!?み、見ないでぇ……」

 明らかにそれは学生が穿くものではない。

「文乃……!」

(こいつ……!ほんとお兄ちゃんに何見せつけるつもりだったの?)


 私が怒って文乃を捕まえようとすると、彼女は恵美ちゃんの上から逃げる。パンツを掴まれたままで。


「わぁっ!?」

 彼女はステンと転び、浴衣が捲れてぷりぷりのお尻が……浴衣を戻してあげる。

 一応ここは公共の面前で、日もまだ落ちていない。


「ま、全く……!ここ外だから!さっさと二人とも穿いて!」

「はーい……」


「うぅ……」

「ん?どしたの?恵美ちゃん」

 文乃は浴衣を直すが、恵美ちゃんは横になったままもぞもぞしている。


「な、なんかこそばゆくて……」

 太ももがくすぐったいらしい。

「もしかして……毛虫?」

 文乃が後退あとずさりしながら、虫ではないかと予想してきた。


「ふぇっ!?やだぁ……!どげんかしてぇ……!」

 また博多弁が漏れている……可愛い。

「取ってあげるね?文乃、私のハンカチ」

「は、はい……」

 文乃から湿ったハンカチを受け取る……


 丸めて浴衣の中の太ももを探るが中々見つからない。

「ひゃっ!つめたっ……!あ、あんまさすらないでぇ……」

 怖がる嬌声が聞こえるが、それどころじゃない。毛虫には皮膚に触れるとあまり良くない種類もいる。


「流石虫博士……」

「やめて、それ昔の話だから」

 文乃が小学校の頃の話を引き出してくる。

 集中力が途切れるからやめてほしい。というか恥ずかしいからやめて……


「これかな?」

「はようとってぇ……」

 つまんでそれは豆より小さい米サイズの虫だ。

「あ、大丈夫大丈夫。バナナムシだよ」

 私はその虫を、少し離れた草むらに放してあげる。


「あ、ありがと……」

 恵美ちゃんは体勢を立て直すとパンツを上げる。


「買ってきたよー!」

 その声に振り返ると、土手の上から手を振る夏々ちゃんが見える。


 そして三人ともレジャーシートに買った物を置いて靴を脱ぐ。

「おかえり、ありがとね」


「ああ、暑さは和らいだ?虫はかっ……」

(見てたんかい!)

 咄嗟に返事をする兄の頬を手で挟む。


 文乃もニヤニヤしている。

(エロいこと出来ないからって二人ともそういう魂胆なのね……?)

 ならばこちらにも策がある。


「お兄ちゃん?この前ネットで何頼んだか知ってるからね?ちゃんとメールに届いてるから」

 兄は銀髪のキャラのフィギュアだけでなく、文乃そっくりの金髪キャラが出てくるライトノベルをこっそり買っていることも知っている。


「な、なっ!?シャル!?ぼ、僕のメアドのアカウントはログアウトしてってば……!」

 良い動揺っぷりだ。


「何を買ったの?」

「ふ、文乃ちゃん……?笑顔が怖いよぉ……」

 瑠璃ちゃんもそんな文乃の様子に苦笑いを浮かべている。


「でも、文乃?この前洗面所から何を持ってったの?お兄ちゃんのパン――」

 文乃に両手で口を塞がれた。


「パン?」

 瑠璃ちゃんは気付いていないのか、不思議そうに彼女を見つめている。


「そりゃあもうアレね」

「やめなさい夏々」

 夏々ちゃんと恵美ちゃんは何か気付いているようだ。


「アレって何?」

「る、るりるり!?あ、そうそう!ただのパンの空袋がザックのズボンからはみ出てたから……!」

 良い慌てっぷりだ。


「そ、その、文乃?ちゃんと戻してくれるなら別に……僕は構わない」

「ほ、ほんと……?」

(チッ、惚気のろけのネタにしやがって。選択ミスね)

 兄と文乃は恥ずかしがって、二人だけの世界に入ってしまう。


「な、なんてこと許しあってるのよ……」

「めぐみん?許し合ってはないよ」

「確かにそうね……」

 夏々ちゃんの言う通り許し合っては無いが、その言葉は更にブーストをかけるだろう。


「わ、私のも……いいよ?」

「へ……?か、考えとく」

 まさかの許し合ってしまったようだ……


「ふぇぇ……パンの空袋を交換って意味わかんないよぉぉ……」

 瑠璃ちゃんは目をぐるぐるさせて困惑している。


「いいのいいの気にしないで。あ、そーだ。今度皆でパン作らない?私の家にオーブンが……」

「いいかも~~美味しいパン食べたいぃ」

 珍しい恵美ちゃんの提案に瑠璃ちゃんも笑顔になる。素直過ぎて可愛い。


 だが、何かを思い出したのか恵美ちゃんは苦笑いをしている。

「で、でもめぐみん……?」

 夏々ちゃんと見つめ合うと、真剣そうな表情をする。


「あ、あはは……へ、部屋片付いたらまた、ね?」

(何が散らばってるんだろ……?ゲームなら私も片付け行きたいなぁ……)


「むぅぅ……遅かったら押し掛けちゃうからねぇー」

(そういえば……)

 私はふと璃晦ちゃんの事を思い出す。確か遅れて来るって言っていたような……


「そういえば璃晦ちゃんは?」

「もう来るってさ!」

 瑠璃ちゃんに聞くと、夏々ちゃんが嬉しそうに答える。


 そして彼女を待つこと五分……

「りっちゃーん!こっちだよ~~」

 瑠璃ちゃんは彼女を見つけてニコニコ手を振っている。


「おねえちゃ……!」

 璃晦ちゃんは一瞬嬉しそうに微笑むが、恥ずかしそうに顔を逸らす。

(あれは……ツンデレ!可愛い!)


「塾おつかれさま」

「あ、ありがと……」

 瑠璃ちゃんの優しい言葉に、また璃晦ンデレが溢れる。


 昔の兄のツンデレは意味分からなかったけど、人のは凄い可愛く見える。

 お団子ツインテールと水色の浴衣が可愛かったのもある。


「シャ、シャル?」

「ひゃいっ!?な、何?お兄ちゃん」

(ま、まさか……)

「今失礼な事考えなかった?」

「い、いや別に~~」

 本当に勘が良いのも昔からである。


 辺りは暗くなり、人もどんどん多くなっている。

「ささ、ご飯食べよ~~」

 瑠璃ちゃんは買ってきた袋からプラスチックの容器を取り出す。


 たこ焼きと焼きそばと……

 もう一つちりちりの焼き物と、円形の焼き物がある。


「それなに?」

「お好み焼きだよぉ~~」

「美味しそうだね」

 本当に美味しそうだ。笑顔には笑顔で応える。


「えっへん!」

 夏々ちゃんが胸を張る。彼女が選んだのだろう。

「流石夏々ちゃん」


「あ、あとシャルちゃんのチョコバナナも買ってきたよー!」

 もう一つのプラスチック容器には、チョコ好きの文乃が喜びそうなチョコバナナもある。


「わ!ありがとー!るりるりぃ~~」

「えへへ~~」

 文乃はたまらず瑠璃ちゃんに抱き着く。ぷにぷにの頬っぺたを寄せ合って大変微笑ましいことない。


「…………」

 璃晦ちゃんはそれをただ黙って見ていた。

「よしよし」

 髪は崩れてしまうと思ったので、背中をさすってあげる。


「シャ、シャルさん……!」

「自分のペースで良いんだよ」

 文乃を突き放して傷付けてしまった時も、お母さんのこの言葉だけは一番心に残っていた。


「あ、ありがとう……です」

 彼女は恥ずかしそうに礼を言う。

(や、やっぱり私の方が背ちっちゃい……)


 そんなことを思いながら屋台の食べ物を食べた。

「おいひぃぃ」

 お好み焼きが凄く美味しい。


「はむっ、れろ」

 食後のチョコバナナをエロ食いしてる人もいるけど……

 兄は……あれ?こっちを見てらっしゃる。

 目を逸らされた……

(もしかして……拗ねた?め、めんどくさぁ……)


「あ、シャルちゃん口元に付いてるよー」

 夏々ちゃんがポケットティッシュで私の口を拭いてくれる。

「ありがと……」


 礼を言うと彼女はニヤリと笑う。

「ならば、たこ焼きをあげよう」

「い、いや……」

 そのたこ焼きは明らかに赤い。普通じゃない位。


「あーん」

「あ、あはは……あ、あー……むぐっ!?」

 辛すぎる。しかも生ぬるいから余計痛い。

「もう、夏々!」

 恵美ちゃんに怒られてるけどそれどころじゃない。


「ごくっ、ひぃぃ……辛いよぉ」

「ごめんごめん……!」


 水を探していると……

「シャルルだいじょーぶ?」

 文乃がホワイトチョコバナナ片手にやってくる。ニコニコしながら……

 私は猛烈に嫌な予感がした。


「ほらほら、辛いのには甘いのだよ~」

『ズボッ!』

 口に無理矢理捩じ込まれる。


「んむぅー!んぐっごくっ……」

 喉に溶けたホワイトチョコが流れていく。甘くて美味しい。

(じゃなくて!)


 私は彼女をキッと睨む。

「そかそか、串は危ないもんね」

 彼女はバナナの底に、人差し指と中指を添えて串を抜くと……


「はむっ……はひ、こへでたべひれるね?」

 なんとバナナの反対側を咥えて、ポッキーゲームのようになってしまう。


「…………!」

 私は動揺してバナナの食べ方を忘れてしまう。

 文乃の顔をこんな間近で見たことがあっただろうか?整った顔から満面の笑みが溢れる。


「ちゅるっ、ろろっ」

 彼女はバナナを吸いとったり私の口に押し戻してくる。

(私の純情が……)

 その温度はぬるく、甘い文乃の唇の味がする。何故唇の味が分かるのだろうか……


「おいひい……?」

 もう唇は触れてるに等しいけど……私の心は温まることも無くどんどん冷めていく。


「はわっ!?あわわわぁ……」

「め、めぐみん。ティッシュ」

「はいはい」

 瑠璃ちゃんがまた鼻血を出したのだろう。

 二人の鼻血への対応も慣れてきてしまっている。


「こらこら」

 兄が文乃の脇を掴んで持ち上げる。

「んくっ……ここ、みんな見てるよ?」

 私はどろどろのバナナを飲み込んで、文乃に注意を促す。


「ぐぐぅ……」

 文乃が悔しがるも、周囲はこちらなど気にしない程ざわめいていた。

 どうやら一回目の花火が始まるらしい。

 花火は今日と明日の二日。夕方から夜にかけて三回に分けて打ち上がるそうだ。


「はじまるね……!」

 夏々ちゃんが目をキラキラさせて夜空を仰ぐ。

『ピュゥーーードォオン!!』

 白い閃光が夜空に上がり、五色程の花火が次々と上がっていく。


「わぁぁ~綺麗ー!」

 瑠璃ちゃんも嬉しそうに呟く。鼻ティッシュをしながら。

「きゅ~~ん」

 文乃がそれにすかさず抱き着く。


 最近彼女は家へ頻繁に訪れる瑠璃ちゃんにもスキンシップが激しくなった。

「もぉ、うまくみえないよぉ~」

 瑠璃ちゃんも抱き着くまでのスキンシップには嬉しそうにしている。


 二人との間にいた夏々ちゃんと目が合う。

「シャルちゃん!あたしの胸、空いてるよ!」

 彼女は目の前で両手を広げて受け止めようとしてくれる。

 二人を見ていたのが彼女に気付かれた。物凄く恥ずかしい。


「べ、別にそういうんじゃ……」

「がーん……」

「わ、わかったよぉ」

 恥ずかしいけど一歩一歩彼女に近付く。


 自分から彼女に抱き着くなんて、兄や文乃とのお風呂騒動以来かもしれない。

『ぎゅっ』

 目を閉じて抱き着くと柔らかくもしっかりした体に抱き締められる。


「うぅぅ……」

 滅茶苦茶恥ずかしい。

『ぎゅっ!むぎゅっ!』

 後ろから誰か二人が抱き着いてくる。


 振り返ると……恵美ちゃんと、彼女に支えられる璃晦ちゃんだった。

「ほら、簡単でしょ?」

「うん……」

 先程の素直になれない話の続きだろう。


『ぎゅっ……』

 まさかの兄まで抱き着いてくる。恵美ちゃんの真後ろから。

「ちょ、せ、先輩……!?」

 抱き着かれた恵美ちゃんが顔を赤くして焦っている。


 ふと思う。知り合っていた事も含めて、兄と恵美ちゃんの仲が近付いているような……

「ザ・ッ・クぅぅ……!」

 夏々ちゃんの肩から見える文乃は、負のオーラをガンガンに出していた。


「ご、ごめんて……ぼ、僕はこっちじゃなくて文乃の方だね……!」

 私達を通り過ぎた兄は文乃に抱き着く……

「ぬひゃぁっ!?」

 それは文乃ではなく瑠璃ちゃんでした。


「ザック……?」

 文乃が泣きそうになっている。

「ごめんなさい。ふざけました」

 その後兄は、彼女の頭を撫でる。そしてまたベタベタしだした。


 困った顔が見たかったのだろうか……?

 兄のああいうおちゃらけた瞬間を見ると、いつもヒヤッとする。

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