#2 さわがしい、いかがわしい

第5話~らずりかちぇなや あるかだ~(ゲームセンター)

「ここがゲームセンターよ!」

 夏々さんが胸を張ってゲームセンターの前に立つ。

 恵美さんは呆れた様子でその背中を押す。

「それは見れば分かるわよ……」


 入ってから気付いた。違う入り口から入ったけどこのゲーセンって……

「シャルちゃんどうかした?」

「な、何でもないよ。春佳さん」

「そうだ……!私のことも名前で呼んでよ……!」


 春佳さんは目をキラキラさせて、まるで子犬のように待ち望んでいる。

「瑠璃……さん?」

「ほ、ほんとは呼び捨てが良かったなぁ……まあいっか」


 彼女がしゅんとした時、私の奥に眠る何かのスイッチが入った。

「瑠璃ッ!」

「ひゃい!」

 彼女は直立して私にもう一度振り返る。

(ぬふふ、ワンちゃんみたい……)


「って、ハッ!?」

 ふと辺りを見渡す。

(いないか……良かった)

「ってシャルちゃん!そんな犬みたいに呼ばないでよ~~!」

 彼女は恥ずかしそうに頬を膨らませている。

「うんうん……!」


「あ、夏々さん達どこだろ……?」

「あそこだよシャルちゃん」

 少し離れたところで太鼓のゲームを二人でやっていた。

 近くに寄って見てみると……


「あー、あー!あぅぅ……」

 夏々さんが赤ちゃんみたいな鳴き声を上げる中、恵美さんは集中していた。しかも彼女は難しいモードをミス無くこなしていく。


(この目は、かなりのゲーマーだ……!)

「もう無理だぁ……」

「夏々ちゃん……よしよし」

「あーんるりるりぃ~」

 夏々さんは諦めて倒れ込み、それを撫でる瑠璃さんに抱き着いていた。


「よっすシャルル」

(げっ……)

 身長は百七十程、金色の長い癖っ毛。第二の天敵が背後に現れた。

 彼女は私の肩に手を乗せる。

「振り返らないの?」

「文乃やめて」


 彼女の名前は村上むらかみ 文乃ふみの。私とは真逆で日本で育ったアメリカと日本のハーフ。

 昔からゲーセンで遊んだ仲だけど、私を二次元のキャラとして扱う天敵だ。


 オタクは二次元の嫁を目の前にした時、何をしでかすか分からない。

(というかこいつがそれと出合う時より、私と出会った時の方が早いと思うんだけど……)


「抱き締めたい」

「無理」

 兄と同じだ。


「あれ?シャルちゃんのお友達……?」

 瑠璃さんは彼女の立ち姿に目を丸くしている。


「お前、高校デビューしたんだな」

 小さい声で軽く笑われた。

(でも一人ってことは……いつも通りあぶれたのか……)


「シャルルがお世話になってマース。ワタシは村上文乃デス」

(最初の挨拶位しっかり……)

「あたしは美愛莉夏々ダッ!よろしくナッ!」

(…………)


「パイタッチしようぜ」

「いいゼッ!」

 二人は互いの貧困な胸に右腕を重ねた。

「私は幸村恵美よ。よろしくね」

「春佳瑠璃です。よろしくお願いします~」

 二人は彼女達の豊かな胸を見る。


「あぁ、よろしくな……」

「…………」

 二人の目はまるで色を失っていた……


「太鼓やってるのか?」

「あーうん。負けたけど……」

「大丈夫、ゲームは皆で楽しむもんだ」

(説得力無いわよそれ……)


「誰かがやってるの見てたら、もっとやりたくなるだろ?」

「確かに……!」

「とゆーことであれやろーぜ」


 文乃が指差した先はバスケットボールやら……ホッケー台があった。

 そして彼女の思惑が大体理解できた……

(何がとゆーことでよ……見てたらやりたくなるの話と関係無いじゃん……)


「バスケは誰か使ってるし、ホッケーなら四人でできる」

「え、でもそれじゃ……」

 恵美さんが人数に合わないことを指摘しようとする。


「大丈夫!シャルルの手は……」

「わ、私手当たるの怖いから見とくよ!」

 文乃の言葉を遮るように私が離脱宣言する。

(どうせ手を重ねてやろうとか言い出すんじゃないかと思ったよ……)


「えー、じゃあ私見てるからシャルルやっていいよ」

(何なの……そこは大人しくやってよ)

「じゃんけんだよ!しかもこれ、画面表示のホッケーだから手には当たらないよ!」

 夏々さんが離脱論争を止めようとする。

 運というのは甚だしいけど、絶対に負けられない。


「最初はグー!」

「グー」

「じゃんけんポンっ!」

「じゃんけんホイ」


(あ、負けた……)

 私はそのままグー、彼女はパーだった。

「負けたぁ……いやだぁ……」

「よっしゃぁ!」


「なんで譲る争いで本気になってるの……」

 恵美さんが私達を凝視している。


『チャリーン』

「はい、始めよ!ルールは三点先取のワンゲームだから」

 文乃はすぐに百円玉を機械に入れた。

(ほんとに皆の前で……)

 全身に震えが走った……


 向こう側は、私から見て右側から夏々さんと恵美さん。

 こっちも右側から私と瑠璃さん。

「シャルちゃん……!頑張ろ!」

「う、うん……」

 文乃の青い目が私の方をチラチラと見ている。


「はっ!」

 夏々さんが気合いを入れて初球を弾く。

「えい!」

 瑠璃さんがゆっくりの電子球体を弾く。


 ラリーは三周程繰り返され、球体は段々と早くなっていく。

 こちら側は手が踊っていて、うまく返せず減速してしまう。

「シャルと瑠璃ちゃん、ちょっと貸してみ」


(来やがった……)

「まず、瑠璃ちゃん。こう返すんだ」

 彼女は瑠璃さんの後ろから右手を重ねると、思いっきり手で球を弾かせる。


 そしていつの間に彼女の左膝は、瑠璃ちゃんの太もも内側の位置にあった。

「ふにゅっ!?」

(瑠璃さんにまでやるなんて……)


「あっ、ずるーい」

 夏々さんがそれを更に弾き返す。

 文乃は準備万端かのように、私に右手を重ねてくる。

(タイミングよく肘鉄を……なっ!?)

 後ろから彼女の左手が私のスカートの中に入った。


「こうやるんだっ!」

「ふにゃぁっ!?」

(それやっ……!左手っ!)

 彼女の左指が私のどこかに入ってくるのが分かった。


『カーンカンカン!』

 一ポイント先取のゴング音が鳴る。

(いつまでも突っ込むな!)

「ぐふぁっ!」

 彼女に肘鉄を食らわせた。


「ずるいずるいぃー」

 夏々さんが凄く悔しがっている。

「お、そっちもやってあげようか?」

「まじで!?」


「やめんときんしゃい。夏々」

 恵美さんは何かを察したのか、暗い表情で止めようとする。でも博多弁可愛い。

「えーだってめぐみん!」

 私の声は大きかった上に手も震えていたし、変だと思って当然だ。


「じゃー好きにしんしゃい……!」

「よっしゃ!じゃ、今度もあたしから打つね!」


「よし、最初はこう打つんだ」

「ほほぉー、なるほどねこうか!」

(あれ、もしかして何もしてない?)


 私が普通にその球を返してあげると、今度は恵美さんにも同じようにする。

「ふぎゅっ!?こすれとぅ……!」

 やりやがった。そこを変われ。

『カーンカンカン!』

「力を抜いてやるのがポイントだ!」


 その後は何事も無い訳も無く……向こう側が三ポイント先取で終えた。

(私にだけ何回も……悔しい……!)


「次は何する?」

「格闘ゲームやりたいかも」

 私は文乃への当て付けのように格闘ゲームを勧める。

「えっ、ま、まぁいいけど」

 文乃は勿論動揺している。


「あ!あそこなんて四人分空いてる。交代でやりましょ?」

 恵美さんもノリノリのようだ。


(さぁもう止まらんぞ……!)

「わ、私は見て……」

「見てるだけじゃ面白くないんでしょ……!」


 夏々さんは彼女を気遣っているのか、台を譲った。

(夏々さんナイス!)

 私はあえて文乃の隣の席に座る。


「うぐっ……」

 彼女も面食らっている。

 結果、私は彼女をボコボコの滅多打ちにした。


「負けたぁ~」

 瑠璃さんが突っ伏している中、夏々さんは目をキラキラさせている。

「めぐみんも凄いけどシャルちゃんすごーい!」


「えへへ」

「大人げない……」

 文乃も全力を尽くしたのか突っ伏している。

(あんなとこに指突っ込んどいてどっちがよ……!)


「あたしもやりたくなってきた!」

「じゃあ私とやろ!」

 瑠璃さんは珍しく悔しがっていた。


(あれ、この流れって……)

「じゃあ強者の頂上決戦だな?」

 文乃はゲスのような笑みを浮かべている。

(こいつ……!)


「シャルちゃん!やろ!」

 恵美さんの燃えた目はもう止まらない。

(ほらほら、無敗の王者は挑戦を断れないよな?)

 文乃が私に耳打ちをしてくる。


「分かったわよ……!」

 私は右側の台の席に座る。

 その後は双方共に強キャラを選んで始めた。


『ラウンドワン!』

「二人とも手捌きすげぇなぁ……」

 互いのキャラは、攻撃パターンを読んでいるかのようにガードをタイミング良く繰り返す。


(恵美さんめっちゃ強いじゃん!!)

 ヒットポイント残量も互角のままドローを繰り返し、ツーラウンドが終わる。


『ラウンドファイナル!』

 最後の戦闘が始まる。ガードのタイミングの読み合いに私達は熱中していた。

 双方がヒットポイントを七割切った時、文乃が私達の間にしゃがむ。間近で画面を見ているようだ。


 文乃の右手が私の太ももに直で触れる。

「うにっ!?」

「ウニ?」

 その瞬間、キャラのガードが弾けてヒットポイントは六割を切る。

 恵美さんが不思議に思ったのか、ちらりと私の顔を見た。


 双方のキャラが動作を停止する。

「ほらほら、あと三十秒だよ~」

「う、うん!」


 恵美さんがそう答えて、攻撃を開始する。

(でも!負ける訳にはいかない!)

 私は彼女の攻撃が当たる瞬間、太もものくすぐりに耐えながら、銃の必殺技コマンドを入力する。


 女の子が銃類を周囲に浮かべて、銃を敵に撃ち込みまくるエフェクトが入る。

(全部は削り切れないけど決まった!)

「よし!」

「あ~~」

 そのドタバタに文乃はバランスを崩して、恵美さんの太ももに寄っ掛かる。


「やばかっ……!?」

 そちらを見ると、恵美さんの豊かな太ももを彼女の指が掴んでいた。

「あ、ごめん……」

「あー今は技中だからへーきへーき」


「あぁ……爪痕ついちまったな。悪い悪い」

「ちょ、今はっ!ふにゃっ!?」

 文乃が恵美さんの太ももを、手の平で擦っていた。


(絶対わざとだ……!)

 あまりにも可哀想なので、私はガードコマンドを入力していた。


「ほらあと十秒!」

(私はガードしてれば勝ち!)

「シャルルゥ~~ずるいぞ~~」

 文乃は私の太ももを揺らす振りをして、パンツを触ってくる。

「や、やめっ……!?」


(ガードが崩れた!)

「必殺、打たないの?」

 文乃は恵美さんにそう問い掛けた。

 ライオンを肉で釣るかのような顔で……!


(ガードが駄目なら削り切るしか!)

 私は戸惑う恵美さんのキャラに強攻撃を仕掛け、タイミング良く起き攻め攻撃を仕掛ける。

 起き攻めとは……敵が攻撃で怯み、起き上がる瞬間を狙った攻撃だ。


『じゅぷ』

「ひにゃうっ!」

 私の全身が条件反射で硬直する。

(何回指突っ込めば気が済むんだこいつ!)


 恵美さんは起き上がる瞬間で、必殺コマンドを事前に打ち始めていた。

『タイムアーップ』

「あっ……」

 彼女が負けに打ち拉がれている。


「ふーみーのー……!」

 私は小さい手で文乃の頭を掴む。

「あっ、あはは……悪い悪い」


『パチパチパチパチ』

 後ろでいつの間にか三ゲームを終えた二人が拍手している。

「二人ともすごーい」

「あっぱれだぁ……」


「はぁ……」

(どっと疲れた……)

「でもふみのん……!いたずらはだめだ」

「うん……お詫びにクレーンゲームで好きなの取ってあげるよ」


 言葉通りに彼女は二ゲームだけで、しろくまのぬいぐるみ二つ、女の子の小さなぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

(ワンゲーム目女の子狙ってたし、反省の色ゼロなんだけど……)


 女の子のぬいぐるみをよく見ると……銀髪、貧乳、私にそっくりだ。

(なんでお下げバージョンを選んだ……?)

「名人はたまにミスることもあるのさ」

「…………」


「いらないなら持って帰ろうか?」

「いります……!」

 私はそのぬいぐるみを守るようにして抱き抱える。


「うわぁ、うさぎさんかわいい~~」

 珍しく恵美さんが目を輝かせている。

「二個あるし、一つあげよっか?」

「え、ほんとに!?ありがとう……!」

 私達はゲーセンを出た後、それぞれの家の方向へと帰った。


 瑠璃さんは駅の向こう側、恵美さんと夏々さんは線路沿いを歩いて帰っていった。


「付いてこないで……!」

「いやぁ……家まで送るよー」

 文乃は家が逆方向なのにわざわざ送ろうとする。

(こいつが友達だなんて絶対に認めない……!)

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