第3話~すたーしー ぶらっと~(兄)

 私はマンションのエントランスのオートロックを片手の鍵で開ける。五キロの米を抱き抱えながら。

「おもた……」

 背中にはスクールバッグ、前には米、パンやら野菜等のエコバッグも腕にかけている。


 エレベーターに乗って三階へと行き、二重ロックの鍵を開ける……

(そうだ。お兄ちゃんいるから上だけだ……)

「はぁ……」

 重い溜め息をつきながら廊下をこっそりと歩く。


 台所まで行って買ってきたものを所定の場所や冷蔵庫に置いたりしていた。

「シャール~」

(はっ!気付かれた!)

 その時にはもう遅く、後ろから抱き着かれて身動きが取れない。


「やめっ!」

 お腹に回された手を叩きまくる。

「たかいたか~い」

 その手は脇を掴んで約二十センチ程持ち上げられる。

 私の身長は百五十センチ弱で小柄な方だし体型も、胸もスリムだ……だから軽く持ち上げられる。


「はぁ……」

「どうしたの?溜め息なんてついて。ぷにぷに」

 突然、脇の手が前へと伸びて胸を揉み始めた。

「なっ!触んなっ!」


 掴まれたまま、げしげしと蹴ったり叩いたり暴れたりすると急に兄は突っ伏した。

「ふにゃっ!?」

 地面にそのまま着地して後ろを振り返る。

「うぐぅ……」

 どうやら私の足が男の人の急所に当たったようだ。


 私と悩みというのは……最近兄のスキンシップのエスカレートに気付き始めたことだ。


 私達家族は幼少期はロシアで過ごし、兄が小学校に入る頃から日本に移住している。

 日本のアニメ等を見る限り、外国のスキンシップは凄いと言うけれど……


 ちなみに兄は一歳年上で、身長も百七十五位とそこそこある。

 名前はアイザック。見た目は私と同じ銀髪で、くりくりで少し長めのショートヘア。服は制服のまんまだった。


「自業自得だからね?それよりお兄ちゃん着替えなよ……」

 私はまな板に向き直って溜め息をつきながら話した。そしたらまた抱き着いてきた。

「また蹴るよ?」

「あ^~シャルの体ふわふわで良い匂い~」


 私はまな板に包丁を立てて後ろを睨んだ。

「ご、ごめんって……」

 兄は後退りすると、そのままリビングへと向かっていった。


「何か手伝ってよ……」

「周回と肩揉みなら……!」

 スマホゲームの周回もやりたいけど……肩揉みという言葉に下心しか感じない。


「はい、じゃがいもの皮とにんじんの皮よろしく」

「えぇー……」

 そんな嘆きを無視していたら、また台所に来ようとしていた。


「そ、そんな睨まないでってぇ……」

「じゃあやって」

「違うんだよぉ。やるよ?わかってるけどさ、やっぱりご褒美がないと……」


 兄の目線が私の体へチラチラ向いている事に気付いた。

 私は胸を隠してもう一度兄を睨み付ける。

「じゃあご飯はいらないって事でいいの!?」

「そんな恥ずかしがらないでってぇ~」

 兄は指をふにゃふにゃさせながら笑っている。


「はぁ……」

 豚肉を切る手を止めて深い溜め息をつく。

「わ、わかったわかった。早く済ませるから」

(やっと折れてくれた……)


 その後はご飯も炊いて、肉じゃがを作る準備を進めていた。

(よし……後は煮るだけ)

「あっ、お風呂」

「沸かしたよ」


 兄が即座に返答した。なんだ、手伝ってくれるじゃん。

「あーありがとね」

「じゃあ……」

「何?」

 嫌な予感しかしない為、私は少し威圧的な返事をした。


「一緒に!」

「はぁ……」

 また深い溜め息をついた。


「じょ、冗談だよ!鍋煮立つまで見とくから!アニメ見てていいよー」

 台所にやってきて家事を代わってくれる。

(何か企んでるな……)

「う、うん……わかった」


 私はリビングのソファーに座ってテレビのスイッチを入れた。

 よく考えてみると……

 お父さんが帰ってくるとあまりテレビを見れないからって、気を遣ってくれたのかな?

 私はそう思う事にして、録画した学園恋愛モノの深夜アニメを見始めた。


 十分位経つと、肉じゃがも煮立って火を消す音が聞こえた。

 そしてまた五分程経つと……なんか持ってきた。

「何する気?」

 アニメよそ見に、近付いてきた部屋着姿の兄を見る。


「見てていいよ~。はい、お着替えしましょうね~」

 条件反射でリモコンの停止ボタンを押す。

「えぇい!」

 リモコン操作中を狙って兄が乗っかってきた。ソファーに押し倒された。


「制服シワ付きますよ~お着替えしましょうね~」

 電気の影で兄の顔が暗くなる。


(かくなるうえはっ!)

 右足を蹴り上げる。

「うぐぅ……」

 兄はソファーから床に崩れ落ちた。


「せめて……襲ったりしないからぁ、この目でお着替えシーンを……」

「見せるわけあるかっ!しかも私の手が塞がったらとか考えてるでしょ?」

 床に項垂れる兄の頬を、足で踏みながら問い詰める。


「み、見えっ……」

 これ以上はご褒美になると思い、タンスからか漁ってきたであろう着替えを手に取った。


 自分の部屋に戻って鍵を閉める。

「はぁ……ほんとウザすぎる」

 ドアに背を向けたま座り込み、溜め息と愚痴を漏らす。


 私の部屋は、壁紙とかも含めて薄いピンク色だったり、かわいいぬいぐるみやクッションだったりと普通の女の子の部屋だ。

 サブカルグッズは全部棚に、使うものだけベットの下の段ボールにしまっている。


 疲れた様子で立ち上がり、着替え始める。

 スカートのピンを外した時だった。

『ピッ』

 部屋のタンスの近くから機械音がした。

 スカートのピンを止め直してその場所へ近付く。


「はぁ……」

 タンスの隙に隠れていた小型カメラを拾う。投げつけたい気持ちを抑えてタオルで包む。


 先程の部屋着……黒のパーカーや白い半袖シャツ、白いハーフパンツとかも隅々まで調べた。

 念の為、それらはタンスにしまった。


 代わりにルームウェアとして使っていたモコモコのワンピースを取り出す。

 その後、もう一度着替え始めた。今度は何とも無かった。


「ゲームしよ……」

 お小遣いを我慢して、誕生日に買ってもらったデスクトップパソコンの前に座った。

 二つのコンセントを差してモデムとディスプレイの電源を入れる。


 洋モノの日本版オンラインゲームを起動する。スマホのイヤフォンを抜き、モデムに挿し込んで片耳だけつける。


 ディスプレイを見ると『オンラインになりました』と画面に表示される。

 私にだってネットの友達は数人いる。フレンドも同じ状態だと画面に表示されるが、その表示はない。

「流石にこの時間じゃまだやってないか……」


 小一時間程一人で遊んで時計を見た。

 机上のデジタル時間を見ると、六時半と表示されていた。

「そろそろかな……」

 ゲームを終了してパソコンをシャットダウンする。


 部屋の鍵を開けると、丁度玄関の鍵を開ける音がした。

「ただいま~」

 お母さんが帰ってきた。

「おかえりー」


 長い銀髪と両サイドの髪は、後ろへ三つ編みされて黒い髪留めで結ばれている。

 クラウンハーフアップと言うらしい。

 黒い女性用スーツとスカート。お母さんが教えてくれたけど、やっぱり白い肌と髪に黒い服は映える。


「ご飯できてるよ。すぐ温め直すね」

「うん、ありがとう。シャル」

「お父さんは?」

「飲み物買ってきてくれるって。すぐ来るわよー」


 二人は共働きだけど、大体いつも一緒の時間に帰ってくる。兄はアレだけど、二人が帰ってきてからは調子にも乗らないし幸せだ。

(はぁ……やっと解放され……っ!?)

 モコモコのワンピースの中……というか足から腰にかけて違和感を感じる。


「しあわせぇ……」

「なっ!!」

 後ろを振り返ると、兄が頭をワンピースの中に突っ込んでいた!


「ちょっと!やめてってば!」

 ワンピースを押さえて抵抗するが、ももを掴んで離さない。

(な、なんか……ぬめって)

「キモいキモい!!舐めるなぁぁ!!」


「ぐふぉっ!」

 藻掻いた膝がおでこに当たったらしく何とか逃げ出せた。


 急いでお母さんの後ろに隠れる。

「ふふっ、ザックもシャルも仲良いのねー」

 のほほんとしてるお母さんは、もうちょっと事の重大さを把握してほしい……

 その後はすぐにお風呂へ入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る