8話ー6章 わたしの答え







● ● ● ● ● ●





きっかけは憧れだった。


生まれた時から家にあった古びたピアノ。


母がそれを奏でているのを聞くのが好きだった。


いつも自分達を優しく抱きしめてくれるその手から、美しい音色が生まれるのが不思議だった。


自分も真似して触ると音が出た。


つたなく、美しいとは到底言えないガタガタの音たち。


それでも、自分の手からそれが生まれている事実が嬉しくて、夢中で触った。


いつからか、わたしはピアノを習う様になっていた。


譜面を読むのも、思った通りに指を動かすことも難しくて、何度も何度も挫折した。


でも続けられたのは、自分の指が音楽を作り出す快感がわたしを支えていたから。



そんなある日、妹もピアノを始めた。



妹はのみこみが早かった。


わたしが何週間もかかった曲を3日でマスターした。


あの子は、難しい課題を次々とクリアしていった。


気が付けば、わたしよりも難しい曲を弾くようになっていた。


気が付けば、母は妹の方を熱心に教えるようになっていた。


気が付けば、妹はコンクールで入賞するようになっていた。


わたしはいつも観客席にいた。


姉妹なのに全然違う、3歳下の妹以下の子、才能がない方、影で色々言われた。




気が付くと、わたしはピアノをやめていた。






● ● ● ● ● ●






《オズ》が召喚されたことで《サラマンドラ》達の効果が発動し、火球が望美を襲う。



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〈玉希 望美〉Lp650→600→550

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だが、本番はここからだった。


「《至高の魔術師オズ》で攻撃っ!!」


『【究・極・呪・文】!!』


未菜たちの宣言に合わせ、《オズ》の杖から放たれた七色の魔力が望美に直撃する。


魔力が爆発し、その爆炎に望美の姿は包まれ消える。


望美のライフは僅か550。パートナーの《アリス》の防御力は0。


攻撃力700の《オズ》の攻撃には耐えられない。


「………まさか、ここ終わり……ですの?」


巻宮の言う通り、普通に考えれば望美の負けだった。


しかし―――


「《ホーリー・ライト》 。攻撃を受ける前、ライフを200回復していたよ」


爆炎が消えた後、そこには望美の姿があった。



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〈玉希 望美〉Lp550→750→50

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『さっすが、マスター!!やりますねっ』


「……ふぅ。………わたしはここでターンエンドだよ」


《強制召喚》のデメリットにより、このターンは《オズ》の効果を使えない。


他に出来ることもなく、未菜はターン終了を宣言した。





----------------------《4ターン目》----------------------


  〈玉希 望美〉●    〈玉希 未菜〉

   アリス Lv1     ドロシー Lv1


   Lp 50          Lp 500

   魔力0→4        魔力2

   手札2          手札0


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---------------------《フィールド》-----------------------

〈玉希 望美〉 

アリス  Lv1/ 0/ 0


〈玉希 未菜〉

ドロシー Lv1/100/100

《至高の魔術師オズ》Lv7/攻700/防600

《水面のウンディーネ》Lv1/攻100/防0

《炎渦のサラマンドラ》Lv1/攻100/防0

《迅雷のボルテ》Lv1/攻100/防0

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戦いの流れは、完全に未菜のものだった。


強力な精霊たちを従え、あの超レアカードの《オズ》すらも妹のもとにいる。


"運"も、"強いカード"も、彼女を味方していた。


逆転の一手を願って、望美は次のドローに手を伸ばす。


が、その途中で手を止めて膝をつく。


―――――ドローして、運で勝って、それが何になるんだろう。


そんな考えが脳裏をよぎる。


その勝利に"探している答え"があるとは思えなかった。


むしろ、ここまでの戦いですでに答えは出ている気がした。




「………わたし、やっぱりクロユニをやめるよ……」




望美はポツリとそう言った。


その言葉に、未菜が、ドロシーが、影野が、巻宮が、驚く。


望美はずっと、あの駅前広場の憧れの姿を目指して戦ってきた。


でも、―――


「わたしより未菜の方がずっと上手だし、ドロシーもその方がいいでしょ?」


この戦いで、望美はそう感じてしまっていた。


カードにまつわる不思議な存在、ドロシー。


彼女が見える自分は選ばれた特別な存在、そう考えたことがないかといえばウソになる。


このゲームで自分にしかできなことがあるんじゃないか、そう思ったこともある。


でも、そうじゃないことは初めから分かっていたんだ。



なぜなら、"未菜にも"ドロシーは見えているから。



望美はクロユニにおいても、特別な存在でも何でもないのだ。


"憧れも"、"特別なカードも"、"特別な存在も"、いつの間にか望美の手元から離れていた。


だからもう、もういいの………




「ウソつかないでよ!!、お姉ちゃんっっっ!!」




未菜が泣きながら叫んだ。


それに誰よりも望美が驚く。


「……っ、ウソなんか……」


「ウソだよっっ!!……お姉ちゃんが自分自身についたウソだっ!!」


望美はドキリとした。


「ホントは好きなのに、楽しいって思ってるのに!!それを押し込めないでよっっ!!」


未菜は叫ぶ。


それは姉への積もり積もった思い。


「誰かに何か言われたとか!!わたしがどうだとか!!そんなことで自分の"好き"を捨てないでよっ」


未菜自身、勝手なことを言っているのは自覚している。


でも、言わないではいられない。




「わたしの"憧れは"、大好きなことをして輝いてる時の"お姉ちゃん"なんだからっっ!!」




それは、ずっとずっと言いたかった言葉。


「もうこれ以上、"わたしの憧れ"をうばわないでよっ!!」


未菜の顔は、もう涙でぐちゃぐちゃだった。


姉がピアノをやめてしまったあの日から失っていた"それ"。


数週間前から、失われていたはずの"それ"が戻ってきていた。


それがどんなに嬉しかったか。


それは未菜自身にしかわからない。


『ねえ、マスター?』


初めて聞く妹の本心に戸惑う望美に、ドロシーが声をかける。


『さっき、あきらめずにドローしようとしてたよね?………本当は戦いを、クロユニを続けたいんじゃないの?』


望美の心を見透かすように続ける。


『楽しいのなら、諦めていないのなら、やめる理由はないんじゃないかな?』


…………………………………………。


望美は両足で踏ん張って立ち上がり、もう1度ドローのために右手を構える。


脳裏に響くのは、今日聞いてきた沢山の"答え"。





―――誇りなんだ―――



―――過程を、今を楽しむ―――



―――みんなも楽しませて―――



―――会話です―――



―――つながりで、絆です―――



―――自分がなりたい自分に―――



―――お前自身が決めろ!!―――





ああ、そうだ。


望美は自分自身の気持ちをもう1度見つめる。


答えは最初から手の中にあった。





―――わたしはこのゲームが好きだ!!―――





ただ、それだけのことだったんだ。


望美は未来を信じて希望を掴んだ。




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