8話ー3章 それぞれの理由






その空間は熱気に包まれていた。


響き渡る音楽に合わせ、暗闇の中に無数のサイリウムが踊る。


そして、熱のこもった人々の声援。


ここは、町の中心にあるイベントホール。その会場。


今日、この場所では、超人気アイドルユニット"シャイニードロー"のコンサートが行われていた。





「よく来てくれたねっ、望美ちゃん。うれしいよっ☆」


休憩時間。


望美たちはシャイニードローの控室にいた。


部屋の中には望美と巻宮、そして"星見ほしみココロ"の3人だけだった。


そう、巻宮の言う本番。


それは"望美がこれまで関わった人たちの考えも聞く"というものだった。


その1人目として、大会の1回戦で戦った"星見ココロ"の所に来たのだ。


「ご、ごめんなさいっ!!お忙しい時にっ!!」


ココロに会った望美は、まず最初に謝った。


巻宮のはからいで、仕事の合間に話す機会を用意してもらえたのだと聞いた。


だけど、自分のこんな小さな悩みで、トップアイドルである彼女の貴重な時間を使わせてしまったことが申し訳なかった。


「気にしない気にしない、友達だもんねっ。……そこの雅美ちゃんに話を聞いてね。ワタシから是非ぜひにって頼んだくらいなんだからっ」


そう言って、ココロは笑う。


「"何故、クロユニをやっているのか"、だったっけ?」


彼女はアゴに手をやり少し考え、答える。


「………わたし自身の手でみんなを魅了し、楽しませる。そんな舞台を作れるから、かな?」


アイドルをやってる理由と根っこは一緒だね、と彼女は笑う。


「みんなを、ですか……」


「……そう、"みんな"!!……もちろん観客だけじゃなくて、対戦相手も含んでねっ☆」


そう言って、望美を指さしながらウィンクするココロ。


「すごい、ですね………。勝敗だけじゃなくて、周りの人や対戦相手のことまで………」


その見ている視野の広さに、望美は驚いた。


「?」


だが、そんな望美の感想にココロは意外そうな顔をした。


「なに言ってるのさ。………この間、対戦相手のワタシも魅了しちゃった子が」


「………え?……それって?」


「望美ちゃんの戦いは、観客の人達も巻き込む力が確かにあったよ」


ココロの脳裏に浮かぶのは、望美があの試合の中で作り出したユニットたちによる美しきコンサート。


「……忘れてしまったんですの、望美さん?……あの日できた沢山のファンの方々を」


巻宮にもそう言われ、望美も思い出す。


あの大会で望美の戦いに魅了され、試合を追って見続けてくれた沢山の観客の姿を。


それが目的だったわけじゃない。


だけど、確かに自分の戦いが周りの人達の心を動かしていた。


「そこには確かに"意味"や"価値"があったんじゃないかな?」


ココロはそう言って優しく笑った。





● ● ● ● ● ●




次のステージが始まる前に、望美たちはお礼を言って控室をあとにした。


そして今、彼女たちは再び巻宮家の車に乗っていた。


新地、木場、ココロと来たら、次は恐らく……。


望美がまだ見ぬ4人目に想像を巡らせている内に、車は目的地に到着する。


そこは、郊外にあるカードショップだった。


コンビニ程の大きさのこじんまりとしたお店だ。


「お嬢様、お探しの方はこちらに……」


先に降りていた影野が1人の少年を連れて、望美たちの元に戻った。


望美たちの前にやってきたのは不機嫌そうな顔をした少年だった。


「………………………………」


「………………須王すおう、ヤイチさん……」


そこにいたのは大会の2回戦で戦った相手だった。


想像はしていた。


でも、いざ本人を前にすると何を話していいのか分からなくなった。


そもそも試合中の彼に良い印象がなく、積極的には話したくない相手だった。


それはお互い様だったのか、彼もまたしばらく黙っていた。


沈黙の後、先に口を開いたのはヤイチだった。


「………さっさと話しを進めてくれないか?………付き合わされる僕の身にもなって欲しいんだけど」


「………」


目も合わせずに放たれたその第一声は、彼の印象を裏切らないものだった。


ケンカ腰の対応に、この場を用意した巻宮は頭を抱える。


「……須王さま、こちらは約束の品を用意しました。……ならばこそ、貴方にも約束は守っていただきたいのですが?」


後ろにひかえていた影野が、言葉に怒気を含ませてそう告げる。


その迫力には、望美たちすら身をすくめた。


「………はいはい、分かりましたよ」


そう言ってヤイチは肩をすくませると、ようやく望美たちに目を合わせて言った。




「…………すっげぇぇ、くだらないことで悩んでるな、お前ら」




心底どうでも良さそうにそう言った。


「………くだら、ない?」


「………」


突き放したその言葉に、望美は怒りすら覚える。


巻宮もまた、その横でこめかみに血管を浮かべた。


「おいおい、こんなことで怒るなよ?だって、そうだろ?」


さも当然のことのようにヤイチは続ける。




「ゲームを遊ぶのに、"楽しい以上の理由がいるのかよ?"」




それが、彼の答えだった。


「強いカード使われたらムカつくし。運悪かったり、負けたら悔しい。当たり前だろ?」


それは当たり前の感情。


勝負事をする以上、存在しない方がおかしい気持ち。


「で、勝ったら嬉しい。それがただの幸運であろうとな。なんであろうと、つえー奴やつえーカードをやりこめた瞬間は最高さ!!」


その瞬間を思い出したのか、その顔には恍惚こうこつの表情が浮かぶ。


「………」


その気持ちは、望美にも少しだけ分かる気がした。


あの佐神との最初の戦い、絶対に勝てないと思った状況からの逆転劇は、確かに最高の気分だった。


「っていうかさ……」


少しの間を空け、ヤイチは言う。




「価値や意味のあるなしの基準なんて人によって違うんだ。他人の言葉に振り回されてないで、お前自身がそれを決めろよ」




バカにするように、望美の悩みを切り捨てた。





● ● ● ● ● ●





"何故、クロユニをやっているのか"。


その答えは人によってまるで違う。


でも聞けば聞くほど、望美は自分の気持ちが分からなくなっていた………。


「最後の目的地にはもう少しかかりますわ」


そんな望美を心配そうに見つめながら、巻宮がそう告げる。


「…………」


望美はふと気づく。


彼女の、巻宮雅美まきみやみやびの答えを望美は知らなかった。


「………次まで時間もありますし、わたくし自身の話でもしましょうか?」


視線に気づいたのか、巻宮はそう切り出した。


そうですね、と少し考えるようにした後、話はじめる。


「最初はただ、カードが上手いのが数少ない自慢だったから。ですわね」


楽しかったのが前提ではありますが、と巻宮。


「……最初、は?」


「ええ、今は違いますわ」


巻宮は目を閉じ、ここ最近の日々を思い出す。


休み時間のおしゃべり、放課後の寄り道、敗北すらも楽しいカード対戦。


ほんの週間前には考えられなかったような、宝石の様にかがやく友人たちとの日常。


そんな日々に自分を迎え入れてくれた、1人の少女。


「今は、そう"きずな"……ですわね」


目の前で思い悩む少女との出会いが、巻宮の世界を変えた。


その運命の出会いをくれたのが、"クロス・ユニバース"だったのだ。


「…………きずな?」


「ええ、このゲームがなければ望美さんに、そして晴香さんや新地さまや木場さんに出会えなかったでしょう?」


そう言って、巻宮は少し恥ずかしそうに笑った。





● ● ● ● ● ●





「ここは……病院?」


しばらくして到着したのは、郊外こうがいの病院だった。


大きな敷地に、立派な建物。


ここに最後の相手が?


意外だった。


最後の相手、それはきっと"彼"だと思っていたから。


でも、この場所に彼がいるとはとても思えない。


じゃあ一体、誰なのだろうか。


車から降りた望美がそんな風に悩んでいると、巻宮の端末に着信が入った。


電話に出た彼女は望美たちに先に行くように促すと、車の中に戻って話し出した。


「では、参りましょう」


影野に案内されるまま望美は病院内に入る。


「………………………」


「………………………」


特に話すこともなく、2人は進む。


今から会うのは誰なのか、どこに向かっているのか、聞きたいことは沢山あった。


でも、何となく聞きづらいまま唯々進む。


「…………目的の部屋に着くまでかかります。…………少し、私自身のお話をしてもよろしいでしょうか?」


「!?………え、……は、はいっ!!」


エレベーターに乗ったところで影野に急に話しかけられ、望美は不意をつかれる。


彼女自身の話しとは、つまり影野自身の"クロユニをやっている理由"についてだろう。


望美が知る中で唯一の大人、それも名家のメイドをやっているほどの人だ。


そんな人がやっている理由。


望美にとって、特に興味深い話だった。


少しの間をおいて、影野は言葉を選びながら話はじめた。


「…………私の場合は単純です。………クロユニは、お嬢様とのコミュニケーションツールで"会話"なのです」


「………コミュニケーション……ツール…」


つまりそれは何でも良い、このゲームである必要はない、ということだろうか?


でもそれは巻宮家、そのご令嬢に仕えるメイドとして当然の答えにも思えた。


「……ええ、"ツール"です。しかし、"これほど大事な物も中々ありません"」


そう言って、影野は優しく笑う。


「お嬢様が大好きだと感じていて、大切にしているもの。それを"共有"できるのですからね」


それに、と続ける。


「ゲームを通して、お嬢様の成長や心境の変化を見てとれるのは中々良いものです」


それはとても、とても嬉しそうな笑顔。


「気づいていましたか、望美さま?あなたというご友人が出来てから、お嬢様のデッキや戦術は大きく変わったこと……」


確かに、巻宮のデッキは《クレイゴーレム》で攻めるものから《はにわ》たちで戦うものに変わっていた。


それが何を意味するのか……、望美には分からない。


「まあ、私の口からはそれ以上言うのも野暮なので言いませんが。…………と、こちらです」


影野は話を切り上げて、正面を指し示した。


そこには大きな扉があり、その上には『院内体育館』と書かれていた。





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