8話ー2章 答えを探して





「ごめんね、今日はお留守番してて!!」


『え……!?』


翌日、月曜日の朝。


望美はそう言って、デッキから《ドロシー》のカードを抜くと机の上に置いた。


そしてそのまま、驚くドロシーの返事も待たずに家を出る。


しばらく、1人になりたかった。




● ● ● ●





「………こんなところにいましたのね」


昼休みの中庭。


その隅にある大きな木。


木陰で隠れるようにお弁当を食べていた望美は、しかしアッサリ見つけられてしまった。


「探しましたわよ……。望美さんったら、休憩時間になった途端に黙って教室を出てしまうんですもの……」


そう言って、隣に座る巻宮。


1人にして欲しいと望美は目で訴えるが、素知らぬ顔だ。


しばらくそうしていたが、根負けした望美はあきらめると溜息をつく。


「………………………美命みことちゃんに言われたこと、考えてたの」


「………、"何故、このゲームをやっているのか"でしたっけ?」


あの時のことを思い出すように遠くを見ながら、巻宮はその言葉を口にする。


「あれからずっと考えてるんだけど、答えが出なくて……。考えれば考えるほど、分からなくなっちゃうの」


キッカケは、憧れだった。


続けられたのは、楽しかったからだ。


だけど、初めての敗北を通して、楽しくない瞬間があることを望美は知った。


そしてあの時、憧れの人の妹から言われたあの言葉。


"何も生まず、意味も価値もない唯のゲーム"


………確かにその通り、そう思った。そう思ってしまった。


ゲームで勝っても、それだけだ。


楽しさ、喜び、それ以外は何も得られない。


むしろ、カードの特訓に夢中になったがために家事を疎かにしてしまっていたくらいだ。


"こんな遊びを続けていて、わたしはホントに良いのだろうか?"


そんなことすら考えてしまうのだ。


ドロシーを家に置いてきたのも、それが理由だった。


カードにまつわる不思議な存在である彼女がいると、それを理由にカードを続けようと考えてしまう自分がいた。


でも、それは彼女に対して、何より自分に対して不誠実に思えた。


だから今日、望美はあえてドロシーを置いてきた。


そうして、1人であらためて考えて―――。




「………………………………やめちゃおっかな、って思ってるの」




それが、望美が出した答えだった。


ここ2日、ずっと望美の脳裏に浮かんでは消していた考え。


「……本当に、それでいいんですの?」


真剣な表情で巻宮は問う。


「望美さんがそれを真に望むなら、止めません。でも、その顔はとてもそうには見えませんわ……」


「…………」


自分が本当に望んでいること。


望美には、もう分からなくなっていた。


なぜ自分がこのゲームに夢中になっていたのかでさえ―――。


そんな望美を心配そうに見た後、巻宮は少し考え、こう言った。




「今日の放課後、少しお時間よろしいでしょうか?」





● ● ● ●





「………大会でのこと、みんなから聞いたよ」


放課後の屋上。


巻宮に連れられるまま来た望美を待っていたのは、木場と晴香、そして新地だった。


「こういった悩みなら、皆さんの考えを聞くべきかと思いまして……」


「というか、悩んでるのに相談してくれないなんて寂しいぞぉ」


と、巻宮と晴香。


「でも、わたしが1人で勝手に悩んでることだし……」


自分の問題で皆を振り回してしまうことに少し引け目を感じ、望美はそう言った。


だけど、―――


「友達にそういう気づかいをするのは、逆に失礼なんだからね!!」


そんな言葉と共に、めっ、と晴香に怒られた。


木場も新地も、まったくだ、といった感じだ。


そんな皆の対応に、望美の胸の奥は温かくなるのを感じた。


望美のうるんだ瞳が落ち着くまで少しだけ待ってから、みんなでそれぞれの考えを話すこととなった。




「じゃあ、まずはおれの答えから行こうか」


まず切り出したのは、新地だ。


"何故、このゲームをやっているのか"。


その問いに対する彼の答え、それは―――。


「クロユニはおれのほこりで、そして"おれ達"の力を証明できる場所、……かな」


少し悩むようにしながら、彼はそう言った。


「誇りで証明、ですか?」


いまいちピンと来ていない様子の望美の顔を見て、新地は補足するように続ける。


「おれにとってクロユニが強いことは数少ない自慢なんだ。………他はてんでダメだからね」


そう言って、新地は自嘲気味じしょうぎみに笑う


「で、そんなおれでもクロユニってゲームの上では強いと評価してもらえる。同じように、弱いといわれてるカード達も、おれのデッキでなら評価されるんだ」


そう言う彼の目は、力強くて真っ直ぐだ。


「強いとか弱いとか、役に立つとか立たないとか、そんなことは決まってもいないし決められない。……それを証明することが"おれの誇り"さ」


それが彼の、新地邦人の答えだった。


普段は言葉数の少ない彼の口から出たその熱い思いに、望美は衝撃を受けた。


そして同時に、余計自分に自信がなくなるのを感じる。


彼ほどの熱い思いは、自分にはないのだ。


そう思い知らされる。


「ん、じゃ。次はオレだな」


木場が続けて手を挙げる。


「といっても、オレには新地みたいなしっかりした答えがあるわけじゃないんだけどよ……」


そう言って、彼は困ったような顔で頭を掻く。


「やっぱ、"楽しく遊びたいから"かなぁ」


「楽しく遊びたいから、ですか?」


それは、答えなのだろうか?


そんな疑問が出るのは承知の上なのか、木場は補足するように続ける。


「やってる理由は、やっぱり楽しいからだな。……知っての通りオレは負け続けだけど、だからこそ勝てたら楽しいし、たとえ負けてもギリギリの戦いならその過程が楽しいしな」


「……過程が楽しい」


確かにそうかもしれない、と望美は感じた。


でも、あの子が言うには"楽しいだけじゃ答えとして足りない"のだ。


まだ、別の何かがあるのだろうか?


「ああ、そうだなぁ。……望美ちゃんには確かまだ話してなかったと思うけど、オレんちって料亭なんだ」


「そうだったんですか!?」


「わたくしも初耳ですわね」


驚く望美と巻宮。


だけど、それが今回の話に何の関係が?


「まあ、あとげってずっと言われてんだよね。……まあ、オレも嫌じゃねぇんだけど」


そう言って、ニヤリと笑う。


「でさ、オレは高校を卒業したら本格的に家を継ぐための準備をすることになってんだ。そうなったら多分、今みたいに自由に遊びまわったりはできねぇ。かき入れ時の休日にカードの大会行ったりとかな」


一昨日もさんざん店を手伝えって言われたしな、と小さく呟く。


「だから将来の役に立たなくても、"今は楽しくてやりたいことを全力でする"そう決めてんだ。そんな感じさ」


何故やりたいかの理由にはなってないかもだけどな、と笑って言う木場。


たしかに、今の木場の答えを美命に言っても、答えになってないと言われるかもしれない。


でも、望美はそうは思わなかった。


だって、楽しいだけのことを"今やる"理由にはなっていたから。


将来、自分だって働くことになる。


ネットなどを見ても、働く大人たちのなげきであふれている世の中だ。


きっと、今のようには遊んではいられないだろう。


なら、遊んでもいい今を思いっきり遊ぶ、それも1つの選択肢なのではないか。


そう思った。




「私はクロユニやってないし、何も言えないんだよねぇ」


そんな悔しそうな晴香の言葉を最後に、屋上の会はお開きになった。


だが、帰ろうとした望美は巻宮に呼び止められた。


言われるままついていくと、校舎裏に止められた彼女の家の車に案内された。


「まだまだ、ここからが本番でしてよ」


と、巻宮。


何が何だかわからないまま、望美は運転席の後ろに座る。


その時、前に座る人物が知っている人物であることに気が付いた。


「えっと、……影野さん?」


「お久しぶりです、望美さま。覚えていただけているとは光栄です」


彼女は巻宮家のメイドで、以前かけ勝負で戦った人だった。


「では、お嬢様。例の順でよろしかったですか?」


「ええ、手筈通りに」


巻宮がそう言うと、車は出発した。


これからが本番とは、どういうことなんだろう。


望美のその疑問の答えは、すぐに分かることになる。




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