5話ー2章 ある少女と大会の開幕





息を切らせながら、望美はモールの中を走る。


腕時計を見ると、時計の針は大会開始の15分前を指していた。


少しだけ走る速度をゆるめる。


『あれ?…マスター走らないの?』


「ここ、までくれば、ショップまで、5分もかからない、し」


ドロシーの疑問に、息を切らせながら望美は答える。


そしてなにより、彼女の体力はもう限界だった。


息を整えながら歩く望美がモールの中心にある吹き抜けホールを通りかかる。


その時、―――



[――――カードは心の鏡、ですかね]



その声は、吹き抜けの上の方から聞こえてきた。


ホールの上空、その巨大な空間に投影された大画面、そこには黒髪の女性が映っていた。


「あ、あの人は…!!」


その女性に、望美は見覚えがあった。


クロユニと出会ったあの日、あの駅前広場で天使と共に戦っていた女性だった。


[今回お話を伺ったのは、〈バトルボードシティ大会〉の優勝者"天糸あまいと 玖々理くくり"さんでした~。ありがとうございました〕


インタビュアーの声と共に画面が変わり、彼女"天糸 玖々理"と相棒の天使の姿が画面に大きく映し出される。


流れる軽快な音楽は番組のエンディングテーマだろうか。


聞き覚えのあるその音楽をバックに、凛とした表情の彼女の指示に合わせて美しい天使が宙を舞い、巨大な怪物に立ち向かう。


そんな、ファンタジー作品の様な光景が、大画面一杯に展開されていた。


それを望美は食い入るように見る。


あの時見た憧れの光景が、変らずそこにあった。


ふと周囲に目を向けると、それは自分だけではないことに気が付いた。


横にいる年端も行かない小さな少女が、通路を歩くお洒落な格好の女子高生たちが、買い物に来たであろう大人たちも、その光景に目を奪われている。


『すごい人気なんですねぇ、あの人』


感心したように呟くドロシーに、望美は心の中でうなずく。


「やっぱり、カッコいいなぁ…」


自分が憧れた人は本当にすごかったんだ、そう実感する。


画面の縁に映される"天糸 玖々理"という彼女の名前を、望美は改めて心に刻む。


憧れであり、目標となる名前として――。


「…くだらない」


「…………えっ?」


横から聞こえてきたその言葉に、望美は虚を突かれた。


その言葉の主を探して視線を彷徨わせる。


でもすぐに、気が付いた。


この場を後にする彼女の視線が一瞬、望美のことを射るように見たのだ。


冷淡な言葉からは想像できなかったその正体に、望美は驚く。


それは小さな、妹の未菜と変らない年端も行かない少女だったからだ。


長い黒髪を揺らしながら去って行くその姿を、望美はただ見送った。


(…くだらない?それって―――)


彼女の言葉が何をさすのか、望美には理解できなかった。




● ● ● ●




カードショップの前に数十人の大会参加者の列に、望美は友人たちの姿を見つけた。


「お待たせー」


「ノゾミン遅すぎ!!」


走って大会開始時間に滑り込んだ望美に、晴香が口を尖らせ言った。


ごめんね、と息を切らせてあやまりながら、望美はホッと胸をなで下ろす。


望美はあの後、しばらくあの場で放心していた。


ドロシーに言われなかったら、間に合わなかったに違いない。


「まったく。こんな大事な日にお寝坊だなんて、うかつですわよ!!」


そう言って、呆れ半分に怒るのは巻宮だ。


晴香も巻宮も、参加者でもないのに望美より早く着いていた。


肝心な参加者である自分が遅れたら、2人が怒るのも当然だ。


『マスターったら、ボーっとしてるから…。間に合ったのはわたしのおかげだからね!!』


ドロシーは得意げに言うが、そもそも家を出るのがギリギリになった理由の一部は彼女にあるので望美はそれは無視した。


「まあまあ、何にせよ間に合ってよかったよ」


そう言ってくれたのは晴香の横にいた木場こばだった。


「あ、木場さんも参加されるんですね」


来ているとは思っていなかったので、木場の登場に望美は驚く。


「まあ、俺もブロンズだしな!!ブロンズ限定大会、今日こそは2回戦に進出してやるぜ」


そう言って、グッと拳を握る木場。


望美は思い出す。木場が"万年ブロンズランク"と呼ばれていたことを。


晴香に聞いた話だと、ランクの昇格の評価では大会成績が最も反映されやすいらしい。


彼にとっては数少ないチャンスなのだろう。


そしてそれは当然、望美自身にとっても同じだった。


頑張ろう、そう改めて思うのだった。




「「皆さん、大変お待たせいたしました!!今からブロンズ限定大会を始めさせていただきたいと思います!!」」




カードショップの前、集まった参加者の向こう側、そのに立った運営らしき男性がアナウンスを始めた。


その場の全員が会話をやめ、途端に静かになった。


一様に緊張が走るのが望美にも感じられる。


「「それぞれの端末に第1試合の場所をお送りしましたので確認してください」」


手元の端末の画面を表示させると大会運営からのメールが表示される。


「……第3西広場?」


それは、先程のテレビ画面が投影されていた吹き抜けの下にある広場の名前だ。


対戦相手が誰かまでは書いていない。


その場に着いてからのお楽しみということだろうか?


「俺は東側の映画館前だな。場所は別になっちまったけど、お互い頑張ろーぜ」


「はい!!」


そう言って、木場とお互いの健闘を誓う。


こうやって、玉希望美の初めての公式大会は幕を開けた。



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