4話ー2章 寄り道と門限




ケーキバイキングを思う存分堪能した後、お店を出た3人は満足げな表情でモール内を歩いていた。


「美味しかったぁ~、大当たりのお店だったねぇ~」


幸せそうな表情をした望美が言ったそのセリフは、この場の全員の気持ちを代弁したものだった。


「ま、まぁ、庶民の食べ物というものも中々悪くなかったですわねっ」


巻宮はつれない感じでそう言うが、先程まで1番目を輝かせてケーキを食べていたのは彼女であった。


「ふっふっふ、晴香さんの目利きは正しかったようですなぁ」


お店をたいそう気に入った様子の2人見て、晴香は得意気にそう言った。


実際、彼女の提案が大成功であったことはこの場の全員の表情を見れば間違いなかった。


ただ、1人を除いては…。


『いいなぁ~、私も一緒に食べたかったなぁ~~』


そう、この場でただ1人、ドロシーだけは不満顔だった。


『どうせ私なんて姿も見えない、物も食べられない謎の存在ですもんねぇ。マスターたちがケーキを食べてても見てること以外できなくてもしょうがないですもんねぇ』


口を尖らせたドロシーが、すねたようにそうこぼす。


しかし、この場で唯一それが聞こえる望美は聞こえてないふりをした。


別に無視をしていた、わけでは当然ない。


人前でドロシーに反応するわけにはいかなかったからだ。


その時、望美の視界に"それ"が映った。


ドロシーの不満解消はこれしかない、望美はそう思い、言った。


「あっ、こんなところにもカード屋さんがあるんだっ!!」


それはクロユニのポスターの貼られたカードショップであった。




● ● ● ● ● ●




そのお店、〈カードゲーム専門店 ラビット〉は前に入ったショップに比べると、かなりこじんまりとした印象のお店だった。


ショーケースの中にカードが所狭しと並んでいるのは同じだが、通路は10歩も歩かないうちに突き当りになッてしまう程の大きさだ。


しかし、にもかかわらず、この店もまたお客さんで一杯だった。


「カードショップって、いつもこんなに混みあっているものですの…?」


人ごみの中を歩きにくそうにする巻宮は、戸惑うようにそう言った。


「そうかもしれないけど、多分…今日混んでる理由はあれなんじゃないかな?」


そう言って春香が1枚のポスターを指さした。


【今週末、ブロンズ限定公式大会開催!!参加者申し込みは受付まで】


強そうなドラゴンのイラストと共に、ポスターにはそんな見出しがデカデカと載っていた。


『大会っ!?マスター、出ましょう!!出ましょう!!登録しましょう!!』


それを目にした瞬間、ドロシーが目を輝かせて望美の肩を叩くような仕草を始めた。


先程までの不貞腐れた態度は何処へやら、ドロシーは興奮した様子で駄々っ子の様に参加をねだる。


彼女の機嫌が直った事を確認し、望美は胸を撫で下ろした。


2人を誘い、半ば強引にお店に入った甲斐があったというものだ。


とは言え、このクロユニの大会には望美自身も興味をそそられた。


ブロンズランク限定ということは、おそらく自分と同じくらいの実力の人達が参加するもだろう。


最近の特訓の成果を試すチャンス、そう思ったのだ。


「わたし、これに出てみたいと思うんだけど…。巻宮さんもどう、かな…?」


「この大会、ブロンズ限定みたいですわね…。ゴールドランクのわたくしは参加できませんわ。まあ、わたくしは気にせず望美さんは参加登録して来るといいですわ」


巻宮は残念そうにそう言いいながら、望美を参加登録の列に誘導した。


「…………」


参加登録の列に並ぶ望美の背中を寂しそうに見る巻宮。


そんな彼女の横顔を見た晴香は、少し視線をさまよわせる。


しばしの後、晴香は良いことを思いついたといった感じで手を叩いて言った。


「じゃあ、待ってる間に1パック勝負しよ!!」


「パック勝負、ですの?」


聞いたこともない、といった感じでオウム返しする巻宮。


「そうそう、カードのパックを1つ買って、どっちがよりレアなカードを出せたかって勝負。どう?やってみない?」


「いいでしょう、受けて立ちますわっ」


自信ありげな顔をした春香の提案に、巻宮は不敵な笑みを浮かべて了承した。


2人は手近なパックを適当に掴むとそれを購入した。


「ふっふっふー、わたし運良いんだよね~。たまに亮とやるけどパック勝負で負けたことないもんね」


2人で店を出ると、晴香はそう呟きながらいそいそとパックを開ける。


一方の巻宮は無言。真剣な面持ちでパックの中身を確認する。


「カードを確認したら、1番レアなカードをお互いに見せあって勝負よ!!」


「では、まずはわたくしからですわねっ!!」


巻宮はそう言うと、高笑いと共に1枚を選び提示する。


「レベル2のユニット《ファイヤーウォール・ゴーレム》!!レベルこそ低いですが、それなりに強力なレアカードでしてよっ!!」


勝負は決まりましたわね、とご満悦な様子の巻宮。


しかし、晴香は涼しそうな顔をして自分のカードを提示した。


「なぁっ!!?」


それを見た巻宮は驚愕のあまりに目を見開き口を開け、見たこともないような間抜けな表情になった。


「レベル10ユニット《成層天 スフィア》、これは結構なレアカードだったはずだよね♪」


あの佐神の使った《絶望の化身 ウスタウ》や《悪意を撒く者》クラスのレアカードをあっさりと引き当てた晴香は、いい笑顔で勝利のピースサインをした。




● ● ● ● ● ●




大会の登録申請をして店を出た望美が見たのは、ご満悦な笑顔で仁王立ちする晴香と、いじけて地面にのの字を書く巻宮だった。


ドロシーの機嫌を直せたと思ったら、今度は巻宮がいじけるという怒涛の展開に、望美は頭を抱えたくなった。


「晴香ってそんなに運がよかったんだね…」


事情を聞いた望美はそれ以上の言葉が出てこなかった。


「まあ、《オズ》を引き当てたノゾミンにはかないませんがなっ」


そう言って、大笑いする晴香。


それを見て、さらに拗ねる巻宮。


「いいもんっ、ですわ。丁度欲しかったカードが手に入りましたしっ」


そっぽを向いていじける巻宮に望美は近づき、その手元のカードを覗く。


「へぇ、雅美ちゃんはどんなカードが出たの?」


巻宮は無言で自分のカードを見せた。




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《ファイヤーウォール・ゴーレム》

Lv2/攻撃0/防御200

タイプ:炎,地,岩石,人形

●:1ターンに1度、自分が受ける効果ダメージは0になる。

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「うんん?」


効果を見ても望美はいまいちピンと来なかった。


弱いとは思わないが…。


「えーと、このカードってどうやって――――」


しかし、望美のその質問は最後まで続けることが出来なかった…。


ドロシーが突然の黄色い声をあげ、そちらに意識を持っていかれてしまったからだ。


『キャーッ、ココロちゃんが大画面に映ってるっ~。感激ぃ~。カワイイ~』


「えっ、ああ、テレビの映像を大画面で映してるんだぁ」


ドロシーの視線の先、モールの中心部の吹き抜けに、ニューロビジョンで表示された大画面。


その画面一杯に、ドロシーの一押しアイドル"星見ココロ"が写っていた。


「あれ?ノゾミンって、アイドル好きだったっけ?」


望美が会話の途中で急にテレビ画面に食いついたように見えたのだろう。


春香が意外そうにそう言ったのも、無理からない話だった。


「えっ!?い、いや、うちに好きな子がいて…」


ドロシーのことを説明するのも難しいため、しどもどとした返答をしてしまう。


「ああ、妹さんがいるんだっけ?アイドル好きなんだ」


「そ、そんなとこ、かな?」


自分の知らない所でアイドル好きということになった未菜に、望美は頭の中で謝った。


「なかなか可愛らしいドレスを着た方ですわね」


いつの間にか立ち直ったらしい巻宮が、望美の隣に立って画面の"星見ココロ"を見ながらそう言った。


ひらひらのドレスが大好きな彼女の琴線に何か触れる者でもあったのだろうか?


「…………」


歌って踊るアイドルの姿を真剣に見守るドロシーと巻宮。


その2人の横顔を見ながら望美は微笑む。


皆が楽しそうにしているのが嬉しい、そう思ったからだ。


しばらくそうして画面を眺めていたが、ふと晴香が気づいたように言った。


「あれ?ミヤミヤの門限大丈夫?」


「あぁ、そうでしたわ!!」


焦ったように時計を見た巻宮は、己の失態に気づき叫びをあげた。


現在の時刻は17時55分、門限の18時にはどう考えても間に合わない時間だ。


「な、名残惜しいですが、わたくしは今から急いで帰ります!!でないと―――」


「でないと、このメイドの"影野かげの 穂村ほむら"が来てしまう、ですか?」


突然、背後から聞きなれない声がした。


望美達が驚いたように振り返と、そこには先程までいなかったはずの女性が立っていた。


その女性は黒と白のエプロンドレスを纏い、短く切りそろえた髪の上に白いカチューシャを付けた、所謂いわゆるメイドさんだった。



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