4話ー3章 賭け勝負
「私が姿を現した。その理由は分かっていますわよね、お嬢様?」
気配もなく突然現れたそのメイドさんは、ニコやかな、しかし有無を言わせぬ笑顔でそう言った。
「ええ、分かっておりましてよ」
対峙する巻宮は事も無げにそう頷く。
「門限を過ぎたら強制帰宅。お父様と交わした車での下校を断るための条件、忘れてはいませんわ…」
そう言った巻宮の横顔は、どこか悲しそうに望美には見えた。
そう、"車での下校を断る条件"と彼女は言った。
元々、彼女は通学や下校は車で送り迎えされていた。
でも、最近は望美達を共に歩いて帰っている。
それはきっと、望美や春香と一緒に帰りたい、そう言う彼女の願いだったのだろう。
「そういうわけで、わたくしは一足先に帰りますわ。お二人とも、また明日学校でお会いしましょう」
そう言って手を振ってこの場を去ろうとする巻宮の表情がとても寂しそうに見えた。
もう少しだけ、そう言ってるかのように見えた。
だから、望美は言った。
「あ、あのもう少し、せめて一緒に家に帰るくらいまでは時間をもらえませんか!?」
望美がこんな提案をするとは思っていなかったのだろう。
巻宮も晴香も驚愕したような顔で望美を見た。
そして、そのメイド"影野"は眼を鋭くとがらせて望美へ視線を向ける。
「………玉希…望美さん、ですね。お嬢様からお話はかねがね伺っております。が、時間が欲しいとは、どういうことでしょうか?」
影野のその顔は優しく微笑んでいるように見えるが、その口調からは有無を言わさぬものを感じさせた。
だが、望美も引かなかった。
「もちろん、すぐに巻宮さんのお家へ帰ります。ただ、その帰り道くらいは一緒にいたいんです!!」
「それはなりません。"門限である18時を過ぎたら強制帰宅"、これは"お嬢様が旦那様と決めた約束"です。例外はありません」
望美の訴えは、影野によって即座に却下されてしまった。
余りにバッサリと切り捨てられ、望美は二の句が継げなくなってしまう。
そんな望美を無視して、影野は巻宮の手を引き帰宅を促す。
「さあ帰りましょうか、お嬢様」
「………」
巻宮は、動かなかった。
いや、動けなかった。
望美の訴えに揺らいでしまったのだ。
もう少しだけでも一緒にいたいという気持ちが抑えられなくなってきていた。
動けなくなっている巻宮を見ていた影野は少しの間をおいて深いため息をつき、言った。
「ではお嬢様、ここで"賭け勝負"をするのは如何でしょうか?」
「…え?」
巻宮は影野の提案に一瞬戸惑い、そして理解した。
巻宮家において使用人との"賭け勝負"が何を意味するのか…。
「私達、巻宮家の使用人にとって旦那様の命令は絶対です。しかし、それが直接仕えるお嬢様の意に沿わないこともありましょう。そんな場合には"ある条件"下でのみ、お嬢様は私達に妥協案を飲ませることが可能です」
望美たちに説明するように影野はそう言った。
「つまり、その"ある条件"が"賭け勝負"ってことですか?」
望美の質問に影野はうなずく。
「ただ、条件をお嬢様が満たされることはないでしょう。なぜなら、お嬢様を勝負で叩き伏せることで納得させる。それが"賭け勝負"の本質ですので!!」
そう言うと同時に影野は宙に飛び上がると少し離れた所に着地し、巻宮たちに対峙した。
それを見た巻宮は覚悟を決めた表情で鞄からホルダーを取り出し装着する。
「覚悟なさい、影野!!今日のわたくしは、絶対に勝って条件を満たして見せます!!」
「ふふ、やはりお嬢様は勝負内容にクロユニを選びましたか、ならば―――」
巻宮の叫びに応え、影野もまたエプロンドレスの何処からかホルダーを取り出す。
通常の物より少し小さいそれをスカートの下、自身の左太ももに装着した。
「では望美さん、貴方にも参加願いましょうか」
影野のその提案に望美は、そして巻宮も戸惑う。
「な、影野!!どういうつもりですのっ!?望美さんに関係は…」
「いえいえ、今回の件は彼女も立派な当事者ですよ。それに、これは私のお嬢様たちへの慈悲の心です。2対1のハンデ戦という、ね」
参加はやめますか?、と影野は続けて望美に聞く。
「……望むところです」
望美は即答すると、ホルダーを装着する。
折角の提案だ、ハンデをくれるというのに断る理由はなかった。
こうしてモールの一角で、望美と巻宮とメイドによる異色の変則勝負が始まった。
そんな一連の流れに置いて行かれた晴香がボソリと言った。
「なにこの展開…?」
● ● ● ● ● ●
「"門限の1時間延長"を賭けた今回の勝負、その内容はクロユニによる2対1の変則試合!!お嬢様たち2人のターンの後に私のターンとなりますが、代わりに私の補充魔力・上限魔力は通常の倍となります」
「構いませんわ。さあ、始めましょう!!」
「は、はいっ」
言っての距離と取って3人が対峙すると、勝負開始となった。
―――――――― ニューロビジョン「接続完了」 ――――――――
―――――――― 〈クロス・ユニバース〉「起動開始」――――――――
対峙する3人の視界にシステムメッセージが流れる。
それと同時に3人の隣にそれぞれのパートナーとなるユニット達が姿を現した。
「私が選ぶのは《くノ一
影野の宣言と共に、忍者装束風のメイド服を身にまとった女性が天より降り立つ。
動きやすく改造されているが、カチューシャを着けフリルの付いたエプロンドレスを着たその姿は間違いなくメイドだ。
しかし、たなびくマフラーで口元を隠し、射るような鋭い眼は暗殺者の様でもあった。
「やはり、影野はお得意の忍者デッキで来ましたわね…」
そう言った巻宮の隣には、《大地の魔女 ナタリー》の姿が現れた。
望美の隣には当然ドロシーが現れる。
機械的な効果音と共に全てののプレイヤーの前に5枚のカードが出現する。
それに合わせて各人の右手首に魔力の腕輪が現れた。
「さあ、まずのわたくしのターンですわね!!」
----------------------《1ターン目》----------------------
〈巻宮 雅美〉● 〈玉希 望美〉
大地の魔女 Lv2 ドロシー Lv1
Lp 1000 Lp 1000
魔力0→3 魔力 0
手札 5 手札 5
〈影野 穂村〉
くノ一女給 Lv1
Lp 1000
魔力 0
手札 5
-------------------------------------------------------------------
巻宮は手札を見て、ニヤリとすると1枚掴んだ。
「では、わたくしは《はにわ兵》を召喚しますわ!!」
宣言と共に、鉄兜を付けた小さなハニワが現れる。
「これでターン終了ですわ。さあ、次は望美さんのターンですわ」
「う、うんっ…」
初めての変則形式の勝負に戸惑いながら、望美は自分の手札を確認する。
----------------------《2ターン目》----------------------
〈巻宮 雅美〉 〈玉希 望美〉●
大地の魔女 Lv2 ドロシー Lv1
Lp 1000 Lp 1000
魔力3→2 魔力0→4
手札5→4 手札 5
〈影野 穂村〉
くノ一女給 Lv1
Lp 1000
魔力 0
手札 5
-------------------------------------------------------------------
「まず、わたしは《白氷のフラウ》を召喚します」
望美の宣言と共に、魔方陣からフワフワの防寒着を着込んだ氷の精霊が現れた。
続けて望美は手札からもう1枚を選択する。
「さらに、レベル1の永続スペル《精霊の守護結界》 を詠唱!!」
氷の精霊の周囲に、淡く光る半透明の壁が出現する。
「その効果で、詠唱時に存在したタイプ精霊のユニットの数まで攻撃を防ぐことができます!!今、わたしのフィールドには《ドロシー》と《フラウ》がいるため、2回の攻撃を防ぎます!!」
-------------------------------------------------------------------
《白氷のフラウ》
Lv1/攻撃0/防御100
タイプ:氷,精霊
●:自分・相手ターン中に発動できる。
フィールドのスペル・アイテム1枚を選び、
ターン終了まで効果を無効にする。
これは同じタイプのユニットの数まで発動できる。
-------------------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------
《精霊の守護結界》
Lv1 永続スペル
タイプ:精霊,結界
●:詠唱時にいた自分の「精霊」ユニットの数だけ、
ユニットの攻撃を無効にする。
-------------------------------------------------------------------
『2対1の変則ルールでは相手に補充される魔力が多いため、序盤から一気に攻められやすい…。まず防御を固めるのは悪くない戦術だね、マスター』
「わたしはこれでターンエンド!!」
ドロシーのお墨付きに心強さを感じながら、望美は終了宣言をした。
これで、望美と巻宮の場には2体のユニットと2回の攻撃を防ぐ永続スペル。
そうそう突破されない布陣が出来上がっていた。
そう、普通であれば…。
しかし、その布陣を前にした影野はただ小さく笑った。
その程度ですか?、と言うかのように。
そして、影野はメイド服をひるがえすと虚空からカードを掴みドローした。
----------------------《3ターン目》----------------------
〈巻宮 雅美〉 〈玉希 望美〉
大地の魔女 Lv2 ドロシー Lv1
Lp 1000 Lp 1000
魔力 2 魔力4→3→2
手札 4 手札5→4→3
〈影野 穂村〉●
くノ一女給 Lv1
Lp 1000
魔力0→9
手札5→6
-------------------------------------------------------------------
「まずは《くノ一女給 シズカ》の効果、【忍びの暗器】を発動!!手札1枚をコストに、デッキからレベル1の忍具 《忍びクナイ》を1枚装備します」
影野の宣言と共に《シズカ》がメイド服の中からクナイを出し、その手に握る。
-------------------------------------------------------------------
《忍びクナイ》
Lv1 装備アイテム
タイプ:忍具
●:装備ユニットの攻撃力は100アップする。
●:タイプ「忍者」に装備されている時、
自身は他のカード効果を受けない。
-------------------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------
〈影野 穂村〉
魔力 9→8
《くノ一女給 シズカ》攻撃力100→200
-------------------------------------------------------------------
これにより《シズカ》の攻撃力は望美たちのユニットの防御力を上回る。
「でも、わたしの場には《精霊の守護結界》 があります。この効果により影野さんが攻撃をしても無効ですよ」
望美の言う通り、《守護結界》 の光の壁が2回までなら全ての攻撃を弾くため、このターンの望美たちの安全は間違いない……はずだった。
「甘いですね…。わたしはさらにレベル1忍法 《吸魔の術》!!これにより、《守護結界》を破壊します」
「そ、そんなっ!!」
《シズク》が両手で印を結ぶと望美たちの場を覆っていた光の壁が割れ、飛び散った光の欠片は《シズク》の体に吸収されていった。
「これで終わりではありません!!《吸魔の術》の効果でデッキからレベル0の忍法を手札に加え、使わせていただきます。《分身の術》!!」
吸収した魔力で輝いていた《シズク》の体がブレて見えたかと思うと、いつの間にか瓜二つの姿をした6人に増えていた。
「えぇ!!同じユニットって3体までなんじゃ…」
「望美さん落ち着いて!!あれはカードではありませんわ。分身トークンと言って、スペルの効果で生み出された実体のない幻ですわ」
予想だにしない光景に慌てる望美に対し、巻宮が落ち着かせようと説明する。
「お嬢様の言う通り、この分身にはカードとしての実体はありません。しかし、通常のユニットと同じく攻撃が可能です。まぁ、召喚のためにレベル分の魔力を払う必要も同じくありますが」
-------------------------------------------------------------------
《分身の術》
Lv0 通常スペル
タイプ:幻想,忍術
●:自分フィールドの「忍者」ユニット1体を選ぶ。
同じ能力を持つ「分身トークン」を好きなだけ召喚する。
トークンはターン終了時に全て捨て札になる。
-------------------------------------------------------------------
---------------------《フィールド》-----------------------
〈影野 穂村〉
魔力 8→7→2
くノ一女給Lv1/200/100
《分身トークン》x5 Lv1/攻200/防100
〈玉希 望美〉
ドロシーLv1/100/100
《白氷のフラウ》Lv1/攻0/防100
〈巻宮 雅美〉
大地の魔女Lv2/100/100
《はにわ兵》Lv1/攻100/防100
-------------------------------------------------------------------
「さあ、まずは2体の分身でお嬢様たちのユニットを攻撃!!」
メイド姿の忍者の分身たち、その内の2体が身をかがめる様な姿勢で地面を蹴って疾走する。
次の瞬間、分身の1体のクナイが一閃し《はにわ兵》の胴が真っ二つにされる。
間を置かず、もう1体の刃が《フラウ》の喉元に迫る。
「この瞬間、《エレメンタル・ブースト》を詠唱!!《フラウ》の攻撃力と防御力を100アップ、これで攻撃を防ぎます!!」
-------------------------------------------------------------------
《エレメンタル・ブースト》
Lv2 付与スペル
タイプ:精霊
「精霊」ユニットのみ付与できる。
●:付与ユニットの攻・防100アップ、
Lvも2上がる。
-------------------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------
《分身トークン》攻撃力200
VS
《白氷のフラウ》Lv1→3 防御力100→200
-------------------------------------------------------------------
間一髪っ!!
《フラウ》の体が光り輝くと同時、空中に形成された小さな氷の盾が忍者のクナイを阻む。
「ふふっ、対抗策を用意していましたか…」
抵抗されたことを喜ぶように、影野は楽しそうに小さく笑う。
「流石ですわ、望美さん!!わたしも負けていられません。ここで、《はにわ兵》の効果発動!!」
巻宮の宣言と共に地面に落ちていた《はにわ兵》の残骸が爆発し、爆炎が3人を包む。
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《はにわ兵》
Lv1/攻撃力100/防御力100
タイプ:地,岩石,人形
●:自身が破壊された時、お互いに100ダメージを与える。
-------------------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------
〈巻宮 雅美〉Lp 1000→900
〈玉希 望美〉Lp 1000→900
〈影野 穂村〉Lp 1000→900
-------------------------------------------------------------------
影野はスカートの裾をひるがえし、周りを包んでいた煙を払う。
「この程度のダメージ、なんてことありません。それに、この効果は仲間も巻き込んでしまいますよ、お嬢様」
不敵な顔をした影野の指摘に、巻宮はハッとしたように望美を見る。
「だ、大丈夫っ…。私のことは気にしないで」
何でもないよ、とでもいう様に望美は笑顔を見せてそう言った。
それを見た巻宮は、しかし余計に申し訳なさそうな顔になる。
それが自分を気遣っての笑顔だと分かったから…。
影野はそんな主人の表情を見てほんの少し表情を緩め、そしてすぐに元の厳しい表情に戻す。
「安心するのはまだ早いですよ!!お嬢様を守る壁となるユニットはもういません。まあ、このスペルの前ではいたとしても無駄ですが」
そう言って影野が1枚の手札を掴んで投げると、そのカードがフィールドに姿を現す。
「レベル2の忍法 《壁抜けの術》 !!これにより、私の忍者たちは他のユニットを無視してパートナーへの直接攻撃が可能になります!!」
「そ、そんな!!これではわたくしだけでなく、望美さんも!!」
巻宮は叫び、望美とドロシーは身構える。
そんな彼女たちに向かって、《シズカ》とその分身の3体が襲い掛かる。
目にもとまらぬ速さで刃が走り、《ドロシー》と《大地の魔女》、それぞれのパートナーたちを襲う。
-------------------------------------------------------------------
《分身トークン》攻撃力200 x2体
VS
《見習い魔女 ドロシー》 防御力100
〈玉希 望美〉Lp900→800→700
-------------------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------
《分身トークン》 攻撃力200
《くノ一女給 シズカ》攻撃力200
VS
《大地の魔女 ナタリー》防御力100
〈巻宮 雅美〉Lp 900→800→700
-------------------------------------------------------------------
「1ターン目から合計6回の攻撃をしてくるなんて…」
『忍者デッキ恐るべし、だね』
望美とドロシーは影野の《シズカ》とその分身の猛攻を受けて膝をつく。
2人掛かりで戦っているにも関わらず追いつめられている現状に、望美は驚愕していた。
多人数戦について、望美はちょうど勉強したばかりだった。
だからこそ、少数側のプレイヤーの不利さは分かっていた。
魔力が沢山あるとはいえ、手札のカードは少ないために少数側が不利になる。
それが多人数戦の鉄則だ、そのはずなのだ。
「影野はどんな試合形式にも対応できるようにデッキを構築しておりますの。ハンデとは言っておりましたが、魔力が多ければ手数が増える忍者デッキにとって、数の不利は問題になりませんわ」
望美の顔から何を考えているのか悟ったのか、巻宮がそう影野のデッキを説明する。
「もっとも、どうしようもない程に強いわけじゃありませんわ。当然、欠点がありますの」
そういって、巻宮はニヤリと笑う。
「さあ、影野!!これでターンを終えるなら、《シズカ》の"あの効果"が発動するはずですわよね!!」
巻宮のその声に応えるかのように、《くノ一女給 シズカ》が印を結ぶ。
すると、"それ"がフィールドに現れた。
「…?」
望美は始めはそれが何なのか理解できなかった。
なぜなら、それはこの場に全くふさわしくない物だったから…。
《シズカ》の前に現れたそれは、――――
銀のワゴンに載せられた3杯の紅茶だった。
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