3話ー3章 敗北への恐怖



● ● ● ● ● ●




面白そうだから始めた。最初はただそれだけだった。


当時、新発売するカードゲームとしてCMをやっているのを見た。


小学校に持ってきている友達がいて当てたレアカードを見せびらかしていた。


通学路の近くにあるカードショップの前で対戦を楽しそうにしている人達を見た。


そのどれが直接のきっかけだったかは、もう覚えていない。


ただ、"新地 邦人"の周りでクロス・ユニバースが流行り始めていたのだけは確かだった。


それを見て自分もやりたくなった。それだけのことだった。


初めて触れるそのカードゲームは、想像以上に楽しかった。


手持ちのカードと向き合い必死になって考えたデッキ構築。


配られた手札の中で模索する戦い。


逆境でもドローカード1枚から逆転するカタルシス。


当時はそのすべてが新鮮で、その全てが輝いていた。


だから、勝利も敗北もどちらも等しく楽しかった。


――いつからだろう?


いつから、敗北が怖くなったのか。


いつから、勝利にこだわる様になったのか…。


続けるうちに、自分が人よりもこのゲームが上手いことが分かってきた。


他の人が思いつかないようなコンボを発見することが多かった。


手札を見れば、今すべき最善手は容易に見つかった。


"好きなこと"は、いつの間にか"得意なこと"になっていた。


気が付けば、人に誇れる数少ない自慢になっていた。


勉強もスポーツも苦手な自分の、数少ない"取り柄"だった。


優秀すぎる年の離れた姉といつも比べられて育ってきた自分にとっては、唯一とも言える武器になった。


デッキ構築をアドバイスすれば、凄い、と友人に尊敬された。


大会で優勝すれば、頑張ったね、と母に褒められた。


いつの間にか、"それ"が目的になっていた。


中学に上がってしばらくすると、新設されることになったマスタークラスのメンバーに選ばれた。


自分の数少ない"取り柄"は"誇り"になった。


だが、2か月前のあの日、あの大会、あのビルの屋上で"新地 邦人"は負けた。


相手はブロンズランクの小さな少年だった。


確かにランキング登録直後から頭角を現していた新星だったが、マスタークラスがそう簡単に負けるとは誰も思っていなかった。


――だが、負けた。それもあっさり、圧倒的な敗北だった。


それ以降、公式戦から彼の姿は消えた。






● ● ● ● ● ●






前回も使用した公園、その片隅で佐神と新地は向き合う。


新地の後ろでは、望美達3人と木場がそれを見守っていた。


向き合う2人は画面を操作すると手早く準備を整えた。


「貴様のデッキも戦術も前から気に入らなかったんだ。この戦いでキサマをマスタークラスから引きずり下ろしてやる!!」


「負けはしない、こい!!佐神!!」





 ―――――――― ニューロビジョン「接続完了」 ――――――――


―――――――― 〈クロス・ユニバース〉「起動開始」――――――――




対峙する二人の視界にシステムメッセージが流れる。


それと同時に二人の隣にそれぞれのパートナーとなるユニット達が姿を現した。


佐神のパートナーは前回と同じく黒いローブを羽織った骸骨の化け物、《闇の召喚者》。


対して新地の隣には仮面をつけた道化師が現れた。


望美達の視界には道化師の姿に重なって《無貌むぼう道化どうけ ラルト》と名前が表示される。


「さて、勝負を仕掛けた俺に先行権がある。――が、俺はそれを放棄する。よって先行はお前だ、新地邦人!!」


「いいだろう。いくぜ、おれのターン!!」





---------------------《1ターン目》-----------------------


  〈新地 邦人〉●   〈佐神 魁〉

  無貌道化 Lv0    闇の召喚者 Lv3


   Lp 1000      Lp 1000

   魔力 0→5      魔力  0

   手札  5       手札  5


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「先行の方が有利なんじゃないの?」


佐神の選択を聞いた望美が素朴な疑問をつぶやく。


「たしかに、先にユニットの召喚などができる先行が有利と言われてますが、先に攻撃できる後攻が好まれる場合もありましてよ」


『まあ、デッキやプレイヤーの好みに寄るってとこかな?』


巻宮とドロシーの説明に成程と首肯する望美。


前回の佐神の攻撃的なプレイを思い返せば、攻撃可能な後攻を選択するのも分かる気がした。


後ろでそうこう話している内に、新地が動く。


「おれはレベル1の《はにわ兵》を召喚する!!」


地面に下描かれた魔法陣から鉄兜を付けた小さなハニワが現れる。


新地の膝丈ほどもない黒い丸3つのデフォルメされた顔の可愛らしいユニットだ。


だが、それを見た佐神は忌々しそうに顔を歪める。


「ちっ、あいも変わらず雑魚カードばかり使いやがって…」


「こいつは千を超えるカードの中から、おれが選び抜いた1枚だ。馬鹿にするのは許さないぜ」


新地は佐神にそう言うと、ターン終了を宣言した。





----------------------《2ターン目》----------------------


  〈新地 邦人〉    〈佐神 魁〉●

  無貌道化 Lv0    闇の召喚者 Lv3


   Lp  1000     Lp  1000

   魔力 5→4     魔力 0→2

   手札 5→4     手札 5→6


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「俺のターン、ドロー!!」


ドローカードを見た佐神は愉快そうに笑う。


「さあ、さっそく地獄を見せてやる!!《闇の召喚者》の効果発動、【マナ・ジェネレーション】!!」


佐神は手札からタイプ「闇」カードを1枚選び、それは《闇の召喚者》が開いた魔導書に吸い込まれて消える。


魔導書が輝き、そこから赤黒い炎の塊が5つ現れて宙に浮かんだ。



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〈佐神 魁〉

魔力 2→7    

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「さらに俺はレベル6の《煉獄剣士 ボルグ》を召喚!!」


佐神の宣言と共に、黒い甲冑を身にまとった戦士がフィールドに召喚される。


「《ボルグ》で《はにわ兵》を攻撃!!そのザコを叩き切れ、【煉獄の大剣】」




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〈佐神 魁〉魔力  7→1

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《煉獄剣士 ボルグ》Lv6 攻撃力600 


       VS 


《はにわ兵》   Lv1 防御力100

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ハニワはなすすべもなく、その大剣で真っ二つにされる。


「さらに、《煉獄剣士 ボルグ》の効果発動!!破壊したユニットのレベルの100倍のダメージを与える!!」


大剣からの放電が新地の全身を襲う。



--------------------------------------------

〈新地 邦人〉Lp 1000→900

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「どうしたぁ?マスタークラス様はこんなもんかぁ?」


電流に耐える新地を見て、愉快そうに笑う佐神。


だが、次の瞬間足元に転がっていた《はにわ兵》の残骸が破裂した。


その爆発が戦う2人を包みこんだ。



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〈新地 邦人〉Lp 900→800

〈佐神 魁〉 Lp 1000→900

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爆煙がはれると、全身にススを付けた2人の姿が現れた。


「《はにわ兵》の効果だ。コイツは破壊された時にお互いに100ダメージを与える」


「くっ、うっとうしい…」




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《はにわ兵》

Lv1/攻撃力100/防御力100

タイプ:地,岩石,人形

●:自身が破壊された時、お互いに100ダメージを与える。

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「なら、キサマには更なる痛みを与えてやる!!レベル1スペル《追撃》!!」


佐神が手札からスペルカードを1枚詠唱する。


《ボルグ》が大剣を再び持ち上げると、新地とその隣の《無貌道化》に向かって再び叩きつけた。



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《追撃》

Lv1 通常スペル

●:戦闘で相手のユニットを破壊した場合に詠唱できる。

ターン終了まで攻撃力を300下げて、もう1度攻撃する。

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《煉獄剣士 ボルグ》攻撃力600→300 


       VS 


《無貌道化 ラルト》防御力0

-------------------------------------------------------------------


--------------------------------------------

〈新地 邦人〉Lp 800→500

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「まあ、この効果で攻撃すると攻撃力が下がっちまうのが残念だがな」


攻撃の衝撃で倒れた新地を見下ろしながら、心底残念そうに佐神は言う。


「つ、強い…。これが佐神って人の実力なの?」


「マスターランクに最も近い男の称号は伊達ではないってことですわね…」


一連の猛攻を見ていた晴香と巻宮は、その佐神の実力に驚愕した。


そして、それは前回戦った望美も同じだった。


もし、あの時今の様な猛攻をされていたら、自分は勝てていたのだろうか?


望美の脳裏には、そんな答えのない疑問が浮かぶ。


そんな3人の様子を見て、木場はニヤリと笑う。


「まぁ、新地の強さも大概だけどな。アイツはこの程度の状態なら、直ぐに逆転しちまうぜ」


そんな木場の言葉に応えるかのように、新地が動く。


彼は手札から1枚カードを選ぶとそれを指で挟むようにして前にかざし、宣言した。


「この瞬間、レベル0のスペル《反撃の狼煙》を詠唱!!この効果で手札からユニットを3体召喚する!!」


次の瞬間、新地のフィールドに刀を持った鳥人、ボンボンを持った幼い妖精、緑色の小さな精霊の3体が召喚された。


「また、ザコばかりをゴチャゴチャと!!くそっ、ターン終了だ!!」


フィールドに並んだ小型モンスター達にイライラしながら佐神は吐き捨てる様にターン終了を宣言した。




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《反撃の狼煙》

Lv0 通常スペル

●:自分がダメージを受けた場合に詠唱できる。

攻撃力の合計がダメージ以下になるように、

手札からユニットを好きなだけ召喚する。

その後、1枚ドローする。

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---------------------《フィールド》-----------------------

〈新地 邦人〉 

無貌道化 Lv0/0/0

《侍ツバメ》Lv2/攻100/防100

《激励の小天使》Lv1/攻0/防100

《モリビト》Lv1/攻100/防0



〈佐神 魁〉

闇の召喚者 Lv3/0/0

《煉獄剣士 ボルグ》 Lv6/攻撃力600/防御力400

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---------------------《3ターン目》-----------------------


  〈新地 邦人〉●   〈佐神 魁〉

  無貌道化 Lv0    闇の召喚者 Lv3


   Lp  500      Lp 900

   魔力 0→5     魔力  0

   手札 1→2     手札  3


-------------------------------------------------------------------



新地はドローすると同時に、そのカードを掴んだまま宣言する。


「レベル0の《癒しのキャンドル》を召喚!!その効果でライフを50回復する」


フィールドに顔の付いたロウソクのユニットが召喚され、その優しい光がプレイヤーの傷を癒す。



--------------------------------------------

〈新地 邦人〉Lp 500→550

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新地のフィールドには4体ものユニットが並ぶ。


それを見た木場は興奮したように言う。


「来たな、新地の大量召喚戦術!!」


「すごい…。でも、こんなバラバラのユニットを並べて一体何を!?」


望美の疑問にドロシーが答える。


『彼のパートナーの《無貌道化 ラルト》は全てのタイプを持つ特殊なカードなのよ。つまり、どんなユニットとでも同時攻撃ができるってこと』


その解説に応えるかのように新地が動いた。


「行け、《無貌道化 ラルト》!!《侍ツバメ》《激励の小天使》《モリビト》の3体と同時攻撃!!」


その命にしたがい、仮面の道化師、刀を持った鳥人、緑色の小さな精霊が《ボルグ》に向かって飛び掛かる。


その後方で、幼い妖精が両手のボンボンを振ってチアリーダーの様に応援を行う。


「《激励の小天使》の攻撃力は0。だが、その効果により同時攻撃に参加する他のユニットの攻撃力は全て100アップする!!」




-------------------------------------------------------------------

《無貌道化 ラルト》攻撃力 0→100

《侍ツバメ》    攻撃力100→200

《モリビト》    攻撃力100→200

《激励の小天使》  攻撃力 0


          合計攻撃力500 


        VS


《煉獄剣士 ボルグ》防御力400

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「防ぐ手段は……ない」


忌々しそうに舌打ちをする佐神。


3体のユニットの連続攻撃を受けた《ボルグ》は倒れ、消滅した。


その光景に望美は感嘆する。


自分を圧倒したあの煉獄の剣士をいとも簡単に倒してしまうなんて!!


だが、新地の攻撃はまだ終わりではなかった。


「さらに侍ツバメは2回目の攻撃ができる!!【剣技ツバメ返し】」


刀を持った鳥人が《ボルグ》に攻撃する際に振り上げた刀を返し、それを振り下ろす。




-------------------------------------------------------------------

《侍ツバメ》攻撃力100


        VS


《闇の召喚者》防御力0

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--------------------------------------------

〈佐神 魁〉 Lp 900→800

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「くぅっ!!」


佐神は《闇の召喚者》の体をすり抜けて襲って来る衝撃に耐える。


「これでおれのターンは―――」


新地が全ての攻撃を終えてターン終了宣言をしようとしたその時、佐神が手札のカードを1枚掴む。


「ただで終わりはしない!!ここで、《地獄からの報復ほうふく》を詠唱!!」


「なっ!!」


「その効果で、《ボルグ》を倒したユニットを全て破壊する!!」


佐神がスペルを詠唱すると上空に闇のうずが発生し、その中から巨大な手が現れる。


次の瞬間、その巨大な手が先程の同時攻撃に参加したユニット達を押し潰した。


後に残ったのはパートナーの《無貌道化》と攻撃に参加しなかった《癒しのキャンドル》の2体のみ。


――――攻撃が止められる可能性は考えていたが、まさかこうくるとは……


予想外の方法による佐神の反撃に、新地は内心汗をかく。


まだ手がないわけではない、だがこの損失は高くつく、そう思った。


佐神は強い、今のミスは必ず後で響いてくるに違いなかった。


敗北の可能性、そんなものが頭の中に浮かぶ。


フラッシュバックするのは2か月前のあの戦い、今でも夢に見るあの屋上の光景だ。


飛翔する炎の鳥とそれに焼かれる自分自身の姿。


絶対に優勝するとあの子と約束した。


決勝で会おうと強敵ともと誓いを立てた。


負けられなかった、負けたくなかった。


だが勝負は、現実は残酷だった。


あの記憶を思い出すと胸の奥が重くなり、胃の辺りがキリキリと痛む。


―――おれはホントに情けない男だ。


新地は自嘲するように心の中でそう笑う。


そして振り返り、木場や望美達の姿を見た。


木場はある意味尊敬すべき男だ。


自分が弱いことを知りながら、それでもその謎の自信を崩さないその姿勢は素直にすごいといつも思っている。


巻宮さんは今日初めて話したが噂とは全く違う印象の子だった。


自分の足りない部分を見つめ、先に進もうと考え努力している子だ。


そして、望美さん。


逆境にあって、自らを奮い立たせて立ち向かうあの姿に、憧れに近い感情さえ覚えた。


そうだ、おれだって―――。


新地は覚悟を決め、宣言する。


「これでターンは終了だ!!さあ、こい佐神!!」




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