第2話 転校?ゴーレム?お嬢様?
2話ー1章 初登校
『おはようです、マスター♪』
目を覚まして最初に目に入ったのは、笑顔で挨拶する魔法使いの少女の顔だった。
「……おはよ…」
やっぱり、夢じゃなかった……。
空中に浮かびながら無邪気な子供のように笑うその少女を見ながら、望美は昨日の出来事が現実なのだと再確認した。
「お姉ちゃーん、おきてー!!朝ごはんだよーー!!」
下の階から望美を呼ぶ妹の声が聞こえてくる。
ふと時計を見ると、そろそろ朝食を食べ始めないと学校に間に合わない時間になっていた。
転校初日からの遅刻は流石にまずい。
ベットから飛び起きると、急いで身支度を始める。
ドロシーがその様子を物珍しそうに見ていたが、余裕もないので取りあえずそれは無視した。
手早く支度を終えて居間に行くと、朝食を食べる未菜と目が合った。
「おはよう…」、と挨拶しながら望美は妹の向かいの席へ座る。
今日の朝食は、目玉焼きにご飯とみそ汁だった。
玉希家の食事は当番制で、今日は妹の日だったのでゆっくり眠れたのは幸いだ。
色々あったため昨日の夜はクタクタだったから…。
「寝ぼすけお姉ちゃん、おはよう。……あと、ドロシーさんもおはようございます」
『おはようだよ、未菜ちゃん♪』
当然のように、未菜はドロシーにも朝の挨拶をする。
………そう。
ドロシーのことが見えるのは、望美だけではなかった。
驚いたことに、未菜にもドロシーが見えていた。
ニュースの映像を不思議そうに見るドロシーを横目に、望美は昨日のことを思い返していた。
● ● ● ● ● ●
昨日のあの戦いの後のこと。
「……え!?《ドロシー》が今もいて話しかけてる???」
思い切って新地達に相談したが、2人とも狐につままれた様な顔をした。
「試合が終わったら、俺達は《ドロシー》のニューロビジョン見えなくなったしなぁ。今もそこにいるって言われても…」
「試合中も喋ったりしてる様には見えなかったけど…」
状況を説明しても、2人の困惑は増すばかりだった。
取りあえず、このゲームならよくある現象ということではないらしい。
まあ、そうだとは思ってはいたけれど…。
当の本人は、そんな皆の様子を不思議そうな目で眺めている。
『私ってそんなに変なの?マスターに呼び出される前の記憶はないし、名前以上の事は自分でもわからないけど…』
先程、本人に正体を聞いた時も同じような反応だった。
記憶喪失、というものなのだろうか?
「まあ、本人も分からないんじゃ議論してもしょうがないよ、お姉ちゃん」
未菜の言う通りだ。
正直色々ありすぎて疲れてしまったし、疑問はとりあえず保留して休みたい気分だった。
――――が、1つだけ気になったことがあった。
"本人も分からないんじゃ"?、この言葉が出るってことは……つまり…。
「うん、私もその子のことは見えてるよ。最初からずっと」
望美は、この日1番驚いた。
● ● ● ● ● ●
「じゃあ、お姉ちゃん、ドロシーさん、私は先に学校行くね」
「うん、行ってらっしゃい」
『気を付けてね~♪』
姉と宙に浮く新しい同居人に手を振りながら、ピンクのランドセルを背負った未菜は扉の向こうに消えていった。
望美も急いで食パンを飲み込むと、鞄を手に持ち玄関へ向かう。
ローファーを履き、続いて大きな姿見に自分の全身を映す。
まずは、髪や顔に問題がないことをチェックする。
そして、下ろし立ての新しい制服。
今日からこれが自分の制服なんだ、と望美は改めて感慨深くなった。
それは、可愛らしいデザインのセーラー服だった。
前の制服が地味なものだっただけに、より魅力的なものに思える。
何だか嬉しくなって、望美は鏡の前でクルリと1回転してみた。
『マスター、時間ないんじゃなかったの?』
―――――そうだった。
望美は我に返ると、急いで家を出た。
● ● ● ● ● ●
『マスター、マスター!!ここが、かの学校というやつですか!?』
"市立 黒須第二中学校"、その校門前に望美は立っていた。
あたらしい学園生活が始まると思うと、緊張で足が止まってしまったのだ。
敷地内に入っていく生徒達を見ながら、自分はやっていけるのだろうかと不安になる。
友達も、知り合いすらいないこの新しい世界を前に、心細さで頭が一杯だった。
『どうしたの?早く入りましょ!!』
だが、そんな望美の気も知らないドロシーは、待ちきれないといった様子で先を促す。
溜息を1つつき、望美は隣に浮かぶ魔法少女の姿を見た。
こんな非常識な存在に、自分の気持ちを推し量れと言う気に望美はなれなかった。
それにしても、と望美はドロシーの姿を改めて観察する。
魔法の杖を片手に純白の魔導士のローブを羽織ったその姿は、学校というこの空間において完全に浮いていた。
もちろん、物理的にも浮いてはいたが…。
周りが制服で統一された空間だからか、それが余計に目立つ。
自分以外にはまず見えないとはいっても、隣に並んでいることが何だか恥ずかしくなる望美だった。
だが、そんな望美の視界にもう1人、周囲から浮いた少女の姿が目に入った。
学校の塀に横づけされた黒塗りの高級そうな車から降りてきたその少女は、それだけで十分に目立っているのだが、それだけではなかった。
まず、栗色の髪を縦ロールにしていた。日本の学校では目立つことこの上ない。
次に、黒い日傘をさしていた。校舎は目の前なのだが車通学で必要なのだろうか?
そもそも、制服を着てなかった。代わりに、ひらひらの付いた綺麗な黒いドレスを身に着けていた。
それは何処かの漫画や小説から飛び出て来たかの様な、典型的なお嬢様の姿だった。
そんな姿で堂々と校舎へ向かうその姿は、色々な意味で近づきがたい雰囲気を放っていた。
実際、周りの生徒たちは見えないバリアーでもあるかのようにそのお嬢様の周りを避けていく。
ヒソヒソとしたささやき声が周囲から洩れる。
またか、とか、常識ないの?、とか漏れ聞こえる気がした。
文字通り、そのお嬢様は周囲から避けられているようだった。
しかし、当の本人は堂々と胸を張り、まっすぐな目で迷いなく前へ進んで行った。
その姿が校舎に消えていったのを見送ると、望美も歩き出していた。
なぜなら、先程までの自身の緊張がとても小さな物のように感じたから。
『さっきの人、おしゃれでしたねー』
ドロシーの声を聞き流しながら、望美は校舎へ向かった。
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