1話ー5章 初めての戦い
突然突き付けられた、佐神という少年からの挑戦。
しかし、新地はそれになかなか答えなかった。
ただ無言で唇を噛み、拳を握る。
2人の少年によって脇へ追いやられている木場は、心配するような目で新地を見つめている。
新地の反応を予想していたのかのように、佐神はため息をついて「臆病者」と吐き捨てるように呟いた。
望美は訳が分からなかった。
ただカードの遊び方を聞いていただけなのに、何故こんな状況になっているのか?
そもそも、突然現れた彼らと新地達は一体どんな関係なのか?
分からないことだらけだった。
とにかく、この状況をどうにかしたい。そう思って、口を開こうとしたその時、
「ちょっと、ちょっと!!事情は知らないけど、急にやって来て、勝手に話進めて、何なのあんた達!?」
未菜が怒り交じりに口を挟んだ。
当然、少年達の視線はその会話の乱入者に向けられ、
「関係ない小学生は黙ってな!!」
そう言いながら、太めの少年が未菜を小突く。
「きゃっ」
倍ほども体重差のある少年に突き飛ばされ、当然の結果として未菜は尻もちをついてしまう。
「痛ったぁ」
擦りむいてしまったのか、足をおさえる未菜。
「会話に横入りは――――、?」
続く佐神の言葉は、目の前に立ち塞った影に止められる。
立ち塞るその影は、望美だった。
気が付いた時には望美の体は勝手に動いてしないまっていたのだ。
そして、つい言ってしまった。
「わたしが、あなたの相手になります!!」
そう、言ってしまったのだった。
● ● ● ● ● ●
「誰だ、おまえ…」
佐神が変なものを見るような目で、望美を見る。
新地も木場も予想外の展開に呆然としてしまっていた。
正直、自身でも早まったと思ったが、ここまで来たら止まれなかった。
「わたしが代わりに戦います。それじゃ、だめですか?」
望美のその言葉を、取り巻きの少年達が馬鹿にするように笑う。
「おいおい、ゴールドランク1位にして、あの〈チーム・ペンタグラム〉の幹部である佐神さんに勝てると思ってるのかぁ?」
「関係ないやつは引っ込んでな!!」
だが、佐神は何かに気がづいたような顔をし、言った。
「!?…ああ、さっきの店でぶつかった奴か、あの後に《オズ》を当てたとかで騒がれてたな」
そこで望美もようやく気付く。3人の少年達は先ほどお店でぶつかった3人だったのだ。
佐神は顔を僅かに歪め、見下すように言葉を続ける。
「超レアカードを手に入れて、自分の力と勘違いしたか?」
そんなつもりは…、という望美の言葉は口に出せずに終わった。
佐神の続く言葉に遮られてしまったからだ。
「いいだろう。この
● ● ● ● ● ●
公園の中央、大きな芝生の広場の片隅で、佐神と望美は向かい合う。
「1vs1のスタンダードルール、代打で勝負ということなら公式戦でいいな?」
「えっ?は、はい」
宙に浮かぶ操作画面を触り、テキパキと準備をする佐神。
初心者である望美は自分の設定操作に必死のため、佐神の確認にただ頷くことしか出来ない。
「公式戦って何なの?」
観戦している未菜が、素朴な疑問を新地たちに投げかける。
「簡単に言うとランキングに影響するモードだね。この試合の内容と結果を点数化されるんだ」
始めたばかりの玉希さんには余り影響ないけど、と新地。
「しかし、俺の代わりに…。玉希さん、妹さん、本当に申し訳ない…」
「気にしない気にしない。やるって言ったのはお姉ちゃんの方だし」
頭を下げる新地に対し、こともなげに未菜は言う。
「そうですよ。私がやりたくてやるんです。新地さんは気にしないで!!」
会話が耳に入っていた望美も、そう言って新地をはげました。
「だってよ。なら、お前が今やるのは謝ることじゃねぇよなぁ!?」
そう言って新地の肩を叩く木場。
皆に応えるように、新地は言った。
「………そうだな、俺がアドバイスする。玉希さんを少しでも手伝うんだ」
助言はマナー違反だ、と佐神の後ろにいる2人組は文句をつけるが、佐神は多少は構わないと2人を静かにさせた。
「さあ、始めようか!!」
「はい!!」
その2人の同意の言葉を合図に〈クロス・ユニバース〉が起動する。
―――――――― ニューロビジョン「接続完了」 ――――――――
―――――――― 〈クロス・ユニバース〉「起動開始」――――――――
対峙する二人の視界にシステムメッセージが流れる。
それと同時に二人の隣の地面に魔方陣が浮かび上がり、そこからそれぞれのパートナーとなるユニット達が姿を現した。
望美のパートナーとして現れたのは、可愛らしい魔法使いの少女だ。
栗色のショートヘア、フリルの付いたスカート姿、上着の上には純白の魔導士のローブを羽織っている。
《見習い魔女ドロシー》、先ほど新地に貰ったカードだ。
対する佐神のパートナーは、黒いローブを羽織ったガイコツの化け物だった。
望美の視界にその化け物の姿に重なるように《闇の召喚者》と名前が表示される。
2人のプレイヤーと2体のパートナーの対峙、それがゲーム開始の合図だった。
次の瞬間、機械的な効果音と共にお互いのプレイヤーの前に5枚のカードが出現する。
それに合わせ、プレイヤー達の右手首が光り、そこに腕輪が現れた。
見れば、そこには5個の丸い穴が空いている。
「公式戦では挑戦者が先行となる。つまり代打試合をふっかけた玉希望美、キサマの先行だ」
佐神のセリフに応えるように、状況の変化についていけない望美の視界にシステムメッセージが再び流れた。
-------------------《1ターン目》-------------------
〈玉希 望美〉● 〈佐神 魁〉
ドロシー Lv1 闇の召喚者 Lv3
Lp 1000 Lp 1000
魔力 0 魔力 0
手札 5 手札 5
------------------------------------------------------------------
(ええっと、魔力って何だったっけ)
新地の解説を思い出そうとする望美だったが、それを思い出す暇は貰えない。
先程現れた右手首の腕輪が赤黒く光ったかと思うと、いつの間にか鮮やかな紅色をした宝石のような石が腕輪に現れる。
その数は全部で4つ。先ほど見た丸い穴に奇麗にはまり込んでいた。
--------------------------------------------
〈玉希 望美〉魔力 0→4
--------------------------------------------
「それが魔力、カードを使うためのエネルギーだよ。各プレイヤーは5からパートナーのレベルを引いた数の魔力が定期的に貰えるんだ」
後ろから聞こえる新地の説明のおかげで、ようやく望美は状況を理解する。
望美のパートナーである《見習い魔女ドロシー》はレベル1。
そのため、5から1引いた数である4の魔力が自分に与えられる。それが、この腕輪の宝石なのだろう。
「玉希さん、まずはユニットを召喚するんだ」
新地の言葉に従い、手札を確認する。
ユニットというのは人物や怪物の書かれたカードのことだ。
今、手札には2体のユニットがいた。
-------------------------------------------------------------------
《疾風のシルフィード》
Lv1/攻撃力0/防御力100
タイプ:風,精霊
●:???
-------------------------------------------------------------------
-------------------------------------------------------------------
《炎渦のサラマンドラ》
Lv1/攻撃力100/防御力0
タイプ:炎,精霊
●:???
-------------------------------------------------------------------
風をまとったシルフの少女か、炎を操るサラマンダーの少女か。
手札とにらめっこしながら、望美は悩む。
「何を召喚するのがいいのか、具体的にはアドバイスしないの?ここからでも目を凝らせば見えそうだけど」
そんな様子を後ろから眺める未菜が助け舟を出すように新地に求めるが、彼は残念そうに首を振る。
「外からは手札にフィルターがかかって見えないから、具体的にはアドバイスできないんだ…」
そもそもその行為はさすがにマナー違反だし、と新地は続ける。
――――ニューロビジョン全般に言えることだが、表示画面が宙に浮かぶため、そのままだと個人メールの中身なども丸見えになってしまう。
そうならないように、アプリごとの設定で周囲の人には真っ白な画面だけ見えるようするフィルター機能がある。
個々人の脳へ直接画像情報を投影するニューロビジョンならではの方式だった。
どうやら、このゲームでは手札がその設定になっているらしい。
「初めは防御力が高めの方がいい……ことが多いかな」
何とか今出来るアドバイスをしてくれる新地に、望美はお礼を言うと手札のユニットカード1枚を選び召喚を選択する。
その瞬間、カードは目の前から消え、地面に魔方陣が描かれたかと思うと、そこから"それ"は姿を現す。
それは背中に1対の半透明な羽根を持つ、緑の衣装をまとった小さな風の妖精。
《疾風のシルフィード》 がフィールドに召喚された。
それと同時に、望美の腕輪から宝石が1つ消える。
カードを使うためには、そのレベル分の魔力を消費する。
レベル1のユニットを召喚したため、魔力を1失ったのだ。
「これで、わたしはターン終了です」
---------------------《フィールド》-----------------------
〈玉希 望美〉
ドロシー Lv1/100/100
《疾風のシルフィード》 Lv1/攻0/防100
〈佐神 魁〉
闇の召喚者 Lv3/0/0
-------------------------------------------------------------------
----------------------《2ターン目》----------------------
〈玉希 望美〉 〈佐神 魁〉●
ドロシー Lv1 闇の召喚者 Lv3
Lp 1000 Lp 1000
魔力 3 魔力 0→2
手札 4 手札 5→6
-----------------------------------------------------------------
「俺のターンだ!!」
佐神の腕輪に2つの魔力の宝石が現われる。
彼のパートナーはレベル3。
5から3引いた数である、2の魔力が与えられたのだ。
「さあ、ドローだ!!」
佐神が言葉と共に宙を掴むと、いつの間にか1枚のカードをその手に掴んでいた。
チラリとそのカードを確認する。
「次に、俺は《闇の召喚者》の効果を発動する」
その声に応えるかのように、パートナーの骸骨の魔術師は懐から魔導書を取り出す。
「【マナ・ジェネレーション】!!手札の闇タイプのカードを1枚捨てることで、5の魔力を生み出す」
1枚のカードを指さすと、そのカードは魔術師が開いた魔導書に吸い込まれて消える。
続くように魔導書が輝き、そこから赤黒い炎の塊が5つ現れて宙に浮かぶ。
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〈佐神 魁〉魔力 2→7
--------------------------------------------
「これも、魔力…!?」
「そうさ、魔力を得る方法は1つじゃない」
望美の疑問に答えつつ、佐神は1枚の手札のカードを手に取った。
「さらに、俺はレベル6の《煉獄剣士 ボルグ》を召喚だ!!」
黒い甲冑を身にまとった戦士がフィールドに召喚される。
その手には身長程もある大剣が握られており、とてつもない威圧感を放っていた。
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《煉獄剣士 ボルグ》
Lv6/攻撃力600/防御力400
タイプ:闇,雷,戦士
●:???
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〈佐神 魁〉魔力 7→1
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「いきなり奴のエースカードのご登場かよ…」
「ああ、かなり不味いな」
木場と新地の会話を背後に聞きながら、望美は眼前から目を離せないでいた。
先程の《シルフィード》の召喚の時もそうだったが、まるで本物の甲冑の戦士が目の前に現れたかのような、確かな実在感を感じる。
「さあ、《ボルグ》で《シルフィード》を攻撃!!叩き切れ、【煉獄の大剣】」
佐神の命令に従い、甲冑の戦士が動く。
甲冑の擦れる音が響き、その体動に合わせて地面が揺れるような気さえする。
気を抜けば、見ているものがニューロビジョンの映像であることすら忘れそうだった。
その巨体が眼前に、いや《シルフィード》の前に迫り、その大剣を振り下ろす。
「防御力100如きじゃあ、この攻撃は防げないぜ!!」
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《煉獄剣士 ボルグ》Lv6 攻撃力600
VS
《疾風のシルフィード》Lv1 防御力100
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力の差は圧倒的だった。
切りつけられた妖精は悲鳴と共に消滅し、勢い余った大剣は大地に突き刺さりヒビを入れる。
「さらに、《煉獄剣士 ボルグ》の効果発動!!破壊したユニットのレベルの100倍のダメージを与える!!」
大剣の周囲に放電が走ったかと思うと、その電流は地面を伝わり望美の全身を襲った。
「きゃぁぁ!?」
「お姉ちゃん!!」
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〈玉希 望美〉Lp 1000→900
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それは一瞬の出来事だったが、突然の事に望美は悲鳴を上げて膝をつく。
もちろん、実際には電流など流れていないし、刺激も感じなかった。
だが、その臨場感ある映像は、起こった現象が現実だと錯覚させるには十分だった。
これは唯の映像なのだと、望美も理性では理解できていた。
身を包んだ電流も、立ち上る煙も、全てはニューロビジョンの作る幻なのだと。
それでも、体は震え出していた。分かっていても、止められなかった。
自分に向けられたその敵意に、頭上からニラむ巨大な甲冑に、"恐怖"を感じてしまったから。
『大丈夫。大したダメージじゃないわ』
「…………………え!?」
不意に、何処からか声がかけられる。
誰かの手が、震える自分の手の上に重ねられた、……ような気がした。
気がつくと、望美の手の震えは止まっていた。
声の主を探すように、望美は周りを見渡す。
後ろには、珍しく不安そうな顔をした未菜、心配するように見つめる新地、相手側に怒りの眼差しを向ける木場、3人とも声の主ではなさそうだった。
もちろん、正面にいる佐神達3人でもない。
なら、あと残る可能性は誰?
『さあ立って。まだ勝負は始まったばかりだよ』
声は望美の隣からだった。
望美は、おそるおそる視線を上げて隣を見る。
そんなことがあり得るのだろうか?
『どうしたの?幽霊でも見たような顔して?』
その魔法使いの少女は、不思議そうにそう言った。
パートナーユニットの《見習い魔女 ドロシー》がそう言った。
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