1話ー2章 ショップへ行こう




「いや~、今日が大会の当日だったのすっかり忘れてたよ」


そう言って、2人の父親である"玉希たまき 龍介りゅうすけ"は車を運転しながら笑った。


「メールに返信もしないし…。お父さんを見つけられたのは殆ど奇跡だよ」


そう言いながら未菜がむくれると、父は「すまんすまん」と謝った。


父はニューロビジョンの開発を行なった黒須グループの会社に勤めるエンジニアだ。


大きなお腹のノンビリとした見た目からは想像できないが、会社では重要な役職だと2人は聞いていた。


つい最近、黒須市の本社に栄転した父は、この町の新しい家に先に住んでいた。


そして今日、転校の準備を終えて後から引っ越して来た2人を迎えに来たという流れだ。


「しかし、あんなに観客が集まっているなんて…。"クロス・ユニバース"も人気になったなぁ…」


そんな父の呟きに、望美はすぐに反応する。


「"クロス・ユニバース"?…さっきのカードゲームのこと?」


「ん?ああ、あのゲームはウチの関連会社が作ってるのさ。何を隠そう我が社もシステム開発に協力を―――」


話はまだまだ続き、仕事の苦労話に移行していったが、その後は望美の耳には届いていなかった。


クロス・ユニバース、望美は聞いたばかりのゲームの名前を口の中で繰り返す。


脳裏に浮かぶのは先ほどの駅前広場の光景だ。


ドラゴンとの激しい戦い、人々から喝采を受ける天使とその主人。


まるで物語の世界から飛び出してきたかの様な、現実感のない出来事だった。


だが、ニューロビジョンとは言え、現実に目の前で起きたことなのだ。


望美はいつまでも続く父の話を聞き流しながら、車窓に映る街並みを眺める。


車が大きな公園の横を通り過ぎる時、望美は視界の端に怪物を従えた少年たちの姿を捉えた。


先ほどのような光景に驚き、望美は振り返り身を乗り出して後ろのガラス越しにその景色を追う。


だが、それはすぐ視界から消えていってしまった。


「………………………………」


見えなくなってからも名残惜しそうに望美は外を見つめ続ける。


「そんなに気になるなら、お姉ちゃんもやってみたら?」


「………………えっ?」


未菜の言葉が、一瞬理解できなかった。


だが、望美もその言葉が何を意味するのか、すぐに気づいた。





―――そうか、あれがゲームなら私も……






● ● ● ● ● ●




新しい家に着くと、残してきた仕事があると言って父はすぐに会社に行ってしまった。


それを見送ってから、2人は先に届いていた荷物を2階のそれぞれの新しい部屋に運び込んだ。


荷解きもそこそこに、姉妹は居間や台所の掃除に取り掛かる。


父が数ヵ月1人暮らしをしていたため、そこは腐海とも呼べる惨状と化していた。


洗い物をためるのはまだしも、生ゴミくらいは処理して欲しいと、強く思う2人だった。


母親を病気で亡くして3年、前の家では姉妹2人で家事はしてきたが、そろそろ父にも家事を覚えて欲しい娘達であった。


溜まりに溜まったゴミを処理し、一息つくと2人は1階奥の和室に入った。


その部屋だけは、家の中で唯一きれいに片付けられていた。


部屋の中にあるのは、古いピアノと仏壇。


その仏壇に飾られているのは、母の写真だ。


写真はホコリ1つなく、かたわらには花が飾られている。


望美と未菜は静かに手を合わせ、ここ数か月のことを報告した。


引っ越しのこと、転校による親しい友人たちとの別れ、そして今朝見た光景。


母への報告が終わると、望美は自室の荷物を片すべく階段を上る。


すると階下から未菜が呼び止め、言った。


「さっき調べたら近くにカード売ってるお店あるみたいだけど、行ってみない?」





返事はすでに決まっていた。





● ● ● ● ● ●





そのお店は、先ほど車から見えた巨大公園の近くにあった。


大型スーパー程もある、かなり大きなお店だ。


看板には〈カードゲーム専門店 white clown〉と書かれている。


店の周りにはカードを手に持って立ち話をしている少年少女達が集まっていた。


2人は人々の間を通り抜けて店の中へ入る。


「ふぇ~」


そんな間の抜けた声が望美の口からもれる。


店の中の壁という壁、棚という棚、その全てがカードで埋まっていた。


こんな空間がこの世に存在するなどど想像もしていなかった望美は、ものめずらしそうに視線をさまよわせる。


巨大なショウケースには、キラキラと輝くカード達が並ぶ。


全く知識のない望美にも、それらが貴重な物なのであろうということは分かった。


悪魔、ドラゴン、ロボット、ゾンビといった様々なイラストが描かれたカード達から望美は目が離せなくなってしまっていた。


ここでは、これらは唯の奇麗な絵に過ぎない。だが、ひとたび戦いが始まれば現実に出現するのだろう。


駅前広場の戦いに重ねるように、目に映る彼らが絵から飛び出して現実に現れる様子が脳裏に浮かぶ。


もっとよく見ようと、望美はケースに近づき―――




「お姉ちゃん!!前っ!!」




周りの見えてない様子の姉に気がづいた未菜が注意を促すが、すでに遅かった。


望美は、進行方向にいた3人組の少年達、その真ん中にいた1人の背の高い少年とぶつかってしまった。


ドンッ!!


「痛ってぇ!?」「…ご、ごめんなさいっ!!」


望美の肘が脇腹にきれいに入ったためか相手は痛みで屈み、望美の謝罪に返答はなかった。


代わりに別の所から怒声が飛んできた。


「佐神さんに何かあったらどうすんだぁ!?謝罪の声がちいせぇぞぉ!!」


ぶつかった相手の隣にいた茶髪の少年が、そう言いながら威圧するように望美に詰め寄ってきた。


その後ろでは太めの少年が、佐神さがみと呼ばれた背の高い少年に声をかけている。


自分より年上であろう大柄な男性に詰め寄られ、望美は委縮してしまい続く言葉も喉につっかえ出てこない。


茶髪少年はそんな態度が気に入らないのかさらに睨みつけて来たため、未菜があいだに割込み睨み返えした。


「ぶつかったのはこっちが悪いけど、謝ってるじゃない!!」


「声が小さくて聞こえないってぇの!!」


お互いに引かず、にらみ合いとなってしまう。


自分の代わりに前に立つ妹の背中の後ろで、自身の情けなさに望美はコブシを握る。


「私が……ちゃんと前を見ていないせいで……ぶつかってしまって、ごめんなさい!!」


望美は、恐怖を払って前へ出ると、茶髪少年に、そしてその奥の佐神と呼ばれた少年に頭を下げた。


「あぁ!?謝罪だけで済むと―――」


「おい、もういい」


望美達にさらに罵声が飛ぶとかと思ったその時、佐神がそれを制した。


痛みが引いたのか、佐神は顔を上げ、茶髪の少年の肩に手を置く。


「もう謝ってるんだ。これ以上は必要ねぇ」


佐神は、鋭い目をした少年だった。


その眼光に宿る威圧感は他の少年達を萎縮させるには十分なものだった。


「…で、でも、佐神さんが怪我でもしたら―――」


「必要ねぇよ。…それに、周りをよく見ろ」


止められてもなお食い下がろうとする茶髪少年に、佐神は周りに目を向けるように促す。


気が付けば望美達5人は店の中で注目の的となっていた。


周りの客は遠巻きに様子を伺い、状況に気づいた店員も注意をするためか、こちらに向かってきている。


状況を理解した茶髪少年は慌てて矛を収めた。


佐神が騒がせたことを店員に詫び、3人組の少年達は店の奥へ消えていった。





● ● ● ● ● ●





「……この後どうすればいいと思う?」


「わたしに聞かれても困るよ、お姉ちゃん…」


先ほどの騒ぎも収まった店の中、その最も奥にある談笑スペースで望美と未菜は向かい合って座りながら、途方に暮れていた。


カードゲーム等をやったことのない2人は、カードやグッズだらけの空間で何からすればいいのかもわからなかったのだ。


店に入る前は店員にでも聞こうと思っていたが、先程の騒ぎで悪目立ちしたため微妙に話しかけにくくなってしまった。


「その辺りの詳しそうな人に聞いてみようか?」


そう言って周りのお客さん達を値踏みし始める未菜に釣られ、望美も辺りを見渡す。


隣の席では同い年くらいの少年2人が、1枚のカードを見ながら何か議論(?)している。


その近くの席では、大学生らしき数人の青年達が机の上でカード勝負をしている。


さらに奥では10人位の女の子のグループがいて、何をそんなに盛り上がっているのかキャッキャッと騒いでいる。


入り口側にあるショーケースの周りでは小さな男の子達が動き回り、時折何かのカードを指さしては盛り上がっている。


望美は悩む。


小さな子たちに聞いてもしょうがないと思い、また先程のこともあって男性に話しかけるのは少し怖いと感じた。


―――少し大人数すぎるけど、奥の女の子達に聞くのがいいのかな?


そう考えた矢先、向かいの未菜が立ち上がると、隣の席で何か話し合っていた2人の少年に声をかけた。


「ねぇ!?わたし達にカードの始め方教えて!!」


「「…………ゑ?」」


その二人は、突然の展開に思考が追い付いていないようで、頭に疑問符を浮べて凍りついてしまった。


小学生らしき見ず知らずの女の子にいきなり話しかけられたのだ、2人の反応は当然だろうと望美は思った。


むしろ、見ず知らずの年上らしき男性達に声をかける未菜がアクティブすぎるのだ。


いつもながらの妹の積極的すぎる行動に、望美は呆れると同時に少しうらやましくも感じた。


とはいえ、―――


「見ず知らずの人にいきなりそんな言い方は駄目だよ…未菜」


言うべきことは言う望美であった。




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