第1話 カードゲーム始めました                           

1話ー1章 駅前広場の戦い




プルルルルルルルル


「3番線に到着の電車は~、――――」


××県 黒須くろす市。


その中心にある黒須駅に1本の新幹線がホームに停車した。


下車する人々の中に、ある少女の姿があった。


きれいに短く揃えた黒髪、大人たちの肩ほどにもない身長。


年齢より幼く見られることの多いその少女、"玉希たまき 望美のぞみ"は人でごった返す駅内を、ふぇ~、と物珍しそうに見渡す。


すると、続いて降りて来た大きな赤いリボンを頭に付けた女の子がその背中を急かす様に小突く。


「…お姉ちゃん!!出口の真ん前で立ち止まっちゃだめだよっ!!」


望美よりさらに一回り小さなしっかり者の妹、"玉希たまき 未菜みな"はそう言うと、姉の背中を押して新幹線の出入り口からどかした。




● ● ● ● ● ●




妹の未菜が手元をチラチラと見ながら駅の構内を先導し、姉の望美がその後ろを不安そうに続く。


妹の未菜はまだ小学生。


だが、中学生の姉の望美よりも余程しっかりしているようだった。


「未菜はよく場所がわかるね…、道が多すぎて私にはどこがどこだが…」


キョロキョロと周りを見渡す姉の様子を見た未菜は、…はぁ、と溜息をつく。


「…あ・た・ま、付け忘れ」


えっ?、と声を漏らしながら望美は何を指摘されたのか確かめるために、自分の頭をペタペタと触る。


ほどなくして状況に気づいた望美は、顔を赤らめながらバッグから"それ"を取り出した。


カチューシャのような"それ"を、望美は自分の頭につける。


と同時に、先ほどまでなかった沢山の案内板が望美の視界に現れた。


駅構内の地図、各出口を示す矢印、売店の看板、etc.………


その中の1つに、目的の駅正面出口を示す矢印があった。


〈駅正面〉、そこが望美達が今向かっている場所だ。


よく見ると未菜の手元にも地図アプリの画像が浮かんでるのが見えた。


「まったく、"ニューロビジョン"なしじゃ迷うにきまってるでしょ…」


はぁ、と未菜は姉を見ながら溜息をついた。





―――"ニューロビジョン"は、数年前から普及しだしたばかりの新しい技術だ。


頭部に装着された端末から脳の視覚野に立体映像のイメージを送ることで、視界にその映像を出現させる。


また、聴覚野への音声情報の送信により、音をつけることも可能だ。


病気や怪我などで視覚や聴覚を失った人のための医療器具として世に出たそれは、やがて、場所や空間に制約されない全く新しい映像技術として世に広まった。


今はカーナビや地図アプリにおいて、脳に投影された映像で使用者を直接誘導することが当たり前になってきている。


また、都市部では看板や巨大広告などにも利用されることも多い。


そしてつい最近、"神経操作"という機能が新たに実装された。


"神経操作"とは、端末で脳の運動野の信号を読み取ることで使用者の動きを立体映像に反映することができる機能だ。


つまり、宙に移された画面をタッチパネルのように操作したり、ネットショップの商品を動かしながらあらゆる角度から見ることが可能となった。


あらゆる分野に応用が利く"ニューロビジョン"。


それは、今最も注目されている技術なのだ。―――






「電車で眠る時に外して、そのまま忘れちゃってたんだよぉ…」


車内で新刊のファンタジー小説を一気読みした後に、疲れ寝てしまったことを思い出しながら望美は呟く。


言い訳する姉に呆れながら、未菜は人の波をかき分けてスタスタと先を急いで行く。


冷たい態度の妹に続くように望美も先に進もうとするが、慣れないそれをうまく捌けずにモタモタと続く。


しばらくすると、人々を吐き出し続ける出口が視界に映り、同時に




―――揺れるような大歓声が、駅前から聞こえてきた。





「え?…何?何かやってる?」


「…っ」


駅の出口で足を止めた未菜に後ろから声が掛けるが、返事は帰ってこない。


そんな妹をけげんに思いながら、望美は外の駅前広場に目を向けた。








そこでは"ドラゴンと天使"が対峙していた。








「………???」


漫画やファンタジー小説のような光景に、望美は自分の目を疑う。


横にいる妹も目を見開き呆然としている。


頭が状況を理解する前に、"ドラゴン"が動く。


翼が大きく羽ばたかせ、その巨体が空へと舞う。


変った姿のドラゴンだった。


アニメや小説などでよく見るドラゴンの姿と、目の前のそれは大きく違っていた。


表皮は見えず、炎と氷が丁度半身ずつ身体の右側と左側を覆っているのだ。


羽ばたく右の翼からは火の粉が舞い落ち、左の翼からは氷片がこぼれる。


まるで羽根が舞うようで、宙に浮くその姿からは美しさすら感じる。


広場を囲む人々も同じ感想だったようで、感嘆するような声が周囲から聞こえた。


ただ、対峙する"天使"だけが、けわしい顔でそれを見つめる。


長く美しい金髪と整った顔立ち、その背中から生えた純白の翼、どれをとっても完璧な"天使"だ。


甲冑に身を包み、羽根飾りのついた兜や銀の剣、銀の盾を装備したその姿から、望美は北欧神話に出てくるヴァルキリーを連想した。


天使が身を守るように盾を構え、同時にドラゴンが咆哮と共にブレスを吐く。


炎と氷が渦をなしたそれが、天使の全身を襲う。


熱と冷気が霧と爆発を生み、駅前広場の中心を包む。


広がった衝撃が周囲の観衆や望美達をも巻きこ……、…まなかった。


「…えっ?」


確かに氷の欠片や火の粉が飛んできたように見えた。


だが、熱くも冷たくもない。


風で髪が揺れることすらなかった。


「……お姉ちゃん…これ、ニューロビジョンだよ」


理解できずに目をパチクリする姉に、呆れたように未菜はそう言った。


…言われてみれば駅前でこれだけのことが起こっているのだ、現実なら大事件だ。


すぐに気づくべきだったなぁ、と望美は恥ずかしくなった。


ならこれはどういう状態なのか…、その答えはすぐに出た。


先程のブレスで生じた霧の外、そこに戦場を挟むように向かい合う2人の男女の姿があった。


1人は長身の青年、もう1人は長い黒髪の女性、どちらも高校生くらいのようだった。


そして、その手元にはカードの様な物が数枚、宙に浮いている。





―――そうか、これはニューロビジョンを使ったカードゲームなんだ。





望美がその事実に気づくのと時を同じくして、広場中央では先ほど生じた霧が晴れ、そこにボロボロになった天使の姿が現れた。


剣も盾も兜さえ砕かれて辺りに落ち、傷だらけの痛々しい姿になっている。


そこへ止めを刺すかのように、ドラゴンは急降下し、その牙で天使に迫る。


その後の光景を予期し、望美はつい目を背けてしまった。





―――間を置かずして、大きな衝撃音が広場に響いた。





そして、わずかな静寂。


望美は意を決して、ゆっくりと視線を戻す。


すると………





―――ドラゴンの胴に天使が突き出した剣が刺さっていた。





天使の喉笛を狙っていたドラゴンの牙は、すんでのところで止まっている。


対戦者の女性がカードをかざし、それにより生まれた半透明の壁がドラゴンの接近を拒んでいた。


その壁の下をくぐるように天使の持つ剣がドラゴンの腹部に向かって伸び、その体内に侵入していた。


致命傷を負ったドラゴンの目から光が消える。


ピー、っと電子音が辺りに響くと共に、ドラゴンの姿が霞のように消滅した。


同時に対戦者の男が膝をつく。


天使が立ち上がり、白銀の剣を天にかざす。


それは戦いの決着を意味していた。


一瞬遅れて歓声が駅前広場を包み、惜しみない拍手が贈られる。


女性と天使は並ぶように立ち、その祝福に手を振りこたえた。


「すごいね、お姉ちゃん。あんな強そうなドラゴンを倒しちゃったよ…」


未菜が興奮したように言ったが、望美は答えなかった。いや、答えられなかった。


望美は目の前の光景から目が離せなかったからだ。


そうこれはまるでファンタジー小説。


ドラゴン討伐に成功した従者の天使とその主人のようだ。


玉希望美は思った。





―――私も、あんな場所に立ちたい、と



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