第85話 物語の外には豊かな世界が広がっている

子どもはお話が好きだけれど、大人だって負けず劣らず物語が大好きである。ただし、子どもが好きなお話というのが、鬼を倒そうとする桃から生まれた男の子のお話とか、亀を助けたらその代わりにじじいにされてしまう漁師の青年のお話とか、非常にカオティックなものであるのに対して、大人が好きな物語は、努力して成功する物語とか、好きなことをして生きることで幸せになる物語とか、非常にシンプルなものである。


大人が好きな物語がシンプルであるのは、大人が世界をシンプルにしか見ないことによる。大人は世界が複雑であることを好まない。なぜなら、仕事をしなければいけない、家族の面倒を見なければいけない、恋愛もしなければいけない、自己実現もがんばんないと、などと様々なことをマルチタスキングしていると、世界が複雑だと、はなはだめんどうなことになるからだ。大人にとっては、世界はシンプルなものでなくてはならず、彼らの好む物語もまたシンプルなものとなる。


子どもが何度でも同じお話を聴くことができるように、大人もまた何度でも同じ物語を聞くことができる。子どもはお話が好きだし、大人は物語が好きだ。しかし、子どもの場合、いくらお話が好きでも、いずれ大人になって、お話を卒業する一方で、大人が物語を卒業するときとは、すなわち死ぬときに他ならない。いくらお話が好きでもお話の中に生きることはできないのと同じように、いくら物語が好きでも物語の中に生きることはできないにも関わらず、生きられると思って、物語を読むだけで人生を終える大人は数多くいる。


物語が面白いことは確かだ。しかし、物語を読むだけの人生は貧しいものではないだろうか。物語の外には、広大な世界がある。そこを自由に旅してみたいとあなたは思わないだろうか。そのためには、まず、すべてのシンプルな物語を捨ててしまおう。物語を捨てるところから、あなたの自由な人生の1ページは開かれることだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る