第73話 離乳食を摂り続ける大人

分かりやすいものが好まれる世の中である。


「バカにも分かる○○」

「30分で分かる△△」

「世界一分かりやすい✖✖」


書店に行けば、その手のタイトルの本がいくらでも見つかることだろう。


分かりやすいことは、分かりにくいことよりはいいことである。これは間違いない。しかし、その分かりやすい本でもって、何が分かるようになるのか、このことが先に分かっていないと、何を分かったことにもならない道理である。


たとえば、「30分で分かるニーチェ」という本があるとしよう。これを読むことによって分かるのは、ニーチェの考えの中で、30分で分かるレベルの内容である。それが分かったところで、一体何が分かったことになるのだろうか? ニーチェの考えの中で、30分で分かるレベルの内容が分かったところで、それが一体何なのか? そんな知識は、持っていても、そのレベルのことを知らない人間に対して威張れるくらいの役にしか立たないではないか。


分かりやすい読み物というのは、食事で言えば、離乳食のようなもので、通常の硬くしっかりとした食事を摂るまでの過渡的なものに過ぎない。立派な歯が生えそろってもなお離乳食を摂り続ける赤ん坊はいないが、立派な思考力があってもなお離乳食のごとき読み物を読み続ける大人は数多い。そのうちに、思考力は衰えて、挙げ句、「インプットのための読書」などと言い出す始末である。読書好きを公言する人は多いが、インプットのための読書などと言うのは、「わたしには考える力がありません」と言っているのと等しい。


分かりやすいものを求めるのはいい。しかし、もう一度言うが、その分かりやすいものでもって何が分かるようになるのかということを、考えてから、それを求めよ。分かりやすいものを読んで分かるであろうことが、役に立ちそうにないものであれば、そんなものはそもそも読むに値しない。


「でも、役に立つとか立たないとか、それはどういう風に判断するんですか?」と尋ねる人がいたら、それが分からないあなたが分かりやすいと感じる本に書かれてあることはすべて役に立たない、と答えておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る