第14話 読んで分かる、読んでも分からない

人に何かを伝えるために文章を書いているわけだけれど、その伝えたい気持ちと等量に、伝えるために言葉を尽くすのが面倒くさいという気持ちもある。わたしは、基本的に、分かる人に向けてしか書いていないので、分かる人は言葉を尽くさなくても分かるだろう、とまことに正当かつ手前勝手な考えを抱きながら文章を書いていることがほとんどである。これではいくら書いても、書き方が洗練しない道理だ。


とはいえ、分からない人に、一つ一つ順を追って説明するような義理は、わたしにはない。そもそも、読んで分かることというのは、あらかじめ自分でも考えたことがあることか、読みながら自分で考えたか、あるいは、一読して分かるような浅薄な内容であるかのどれかだ。裏返し、読んでも分からないことというのは、以前に自分で考えたことがないことか、読みながら自分の頭を使わなかったか、一読しただけでは分からない深遠な内容であるかのどれかである。


わたしが書いていることというのは、おおかたは人生についてのことである。深遠な内容などでは全然無いので、それが分からないということは、人生について自分で考えたことがないか、読みながら人生について考えなかったかのどちらかということになる。そういう人とは、ご縁が無かったということである。お釈迦様いわく、縁無き衆生は度しがたし。お釈迦様でもそう言うなら、聖人ならぬ我が身がそう言っても、かまやしないだろう。


随分と傲慢じゃないか。そう言われると反論の弁は無いけれど、ただむやみと謙虚になったってしょうがない。言葉の価値というのは、言葉を発する人が傲慢だろうが、謙虚だろうが変わりはしない。態度が偉そうでもその言葉が正しければ価値はあるし、控えめでもその言葉が間違っていれば価値は無い。

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