第8話 過ぎるに任せる日々

一日一日を功利的に生きることができない。人生全体を俯瞰して、最終的な目標のために今日なすべきことをなすという考え方が取れない。途中で死んだらどうする、という気がどうしてもする。


だからといって、刹那的に生きることもできない。その日が目いっぱい面白ければいいじゃないか、明日は野となれ山となれだ、という考え方も取れない。明日も生きてしまったらどうする、という気がするからだ。


では、日々に感謝して生きるか。それもできない。今日生きているというそのことが感謝の対象になるかどうか分からないからである。今日生きているということを感謝の対象にすると、明日生きることができれば、それも感謝の対象になるということで、そうすると、長く生きれば生きるだけいいということになるけれど、それは本当だろうかという気がどうしてもする。


結果、わたしは、過ぎ去っていく日々をただ過ぎ去るにまかせ、その日々が過ぎ去る様子を見て生きている。何をしても何をしなくても同じ。してもしなくても同じなら、してもいいわけで、日々の諸事を真面目にこなすこともできるが、しなくてもいいわけだから、それは全くの気分次第である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る