戦国エクスカリバー~燃え盛る本能寺に現れた異世界の騎士~

うみ

第1話 燃え盛る本能寺にエクスカリバー降臨

「勇者よ、異世界の日ノ本へ旅立ち魔王を倒していただけませんか?」


 聖女はヨシ・タツへ神からの信託を告げる。


 ヨシ・タツこそエファラーン世界一の英雄と称すに相応しい。

 彼は龍を打倒し、王国同士の争いへ身を呈して諭し、これを治める。

 誰もが彼を英雄と呼び、最高の騎士こそヨシ・タツだと言う。


 これまでの彼の過酷な旅路を知る誰もが彼へ安息を求めた。

 しかし、神はまたしてもヨシ・タツへ戦うことを願う。エファラーンへ平和をもたらしたように、次は異世界をと。

 

 聖女の言葉を傍らで耳をそばだてていた長髪の騎士が悲哀の篭った顔でヨシ・タツへひざまずく。


「ヨシ・タツ様。これ以上、あなた様にご負担など。私は賛同できませぬ」

「何を言うか。サガラーン。助けを求める無謬の民がいる。私にならなし得ると神が望み、身を引くなどできようか?」

「や、やはり……ヨシ・タツ様は行かれるのですね」

「それが私なのだ。サガラーン。後を頼むぞ。貴殿にカルマの導きを」

「御意。カルマの導きを」


 ヨシ・タツとサガラーンはしかと握手を交わし互いに敬礼を行う。


「聖女様。女神様へお伝え下さい。ヨシ・タツは異世界へ向かうと」

「はい……日ノ本とはどのような場所なのか……。ヨシ・タツ様、ご武運を」

「このエクスカリバーにかけて必ずやはたしてみせましょう」

「女神様は何故あなた様にこのような過酷な道ばかり……いえ、カルマの導きを」

「カルマの導きを」


 膝をつきエクスカリバーを掲げるとヨシ・タツの体は白い光に包まれ、その場から姿を消す。


 ◆◆◆

 

 炎、炎。紅蓮の炎がくすぶっていた。

 ヨシ・タツが出現した場所は一面の赤い色で染まっている。

 

 板張りの床、これまで彼が見たことも無いような梁を持つ家屋の中に彼は立っていた。

 足を踏み出すと、ギシリと床が音を立てる。

 

 異世界に旅立ち、まず目にしたのは火炎に包まれる屋敷の中であってもヨシ・タツの心は微塵も揺るぎはしない。

 彼の経験が彼をしかと支えるからだ。

 

 まずは状況を確認しよう。

 ヨシ・タツは左右を見渡す。

 

 天井は低い……飛び上がれば頭が触れてしまうほど。ここではエクスカリバーは振り回せぬな。

 ヨシ・タツは心の中でそう呟く。

 

 前はどうだ。

 紙を貼り合わせた引き戸が並ぶ。そして、揺らめく影。

 あの影は人か? 

 

 すっと引き戸を開ける。

 これは歌? いや詩か? 

 

 中では白装束の黒髪の男が一人。窓の外から迫る炎を気にした様子も無く扇を振るっている。


「御仁、ここは……」


 ヨシ・タツは口をつぐむ。

 彼はきっと自分の姿に気が付いているはずに、こちらを振り返ろうともせず左足をあげ詩を続ける。

 

――思へばこの世は常の住み家にあらず。

 白装束の男がゆっくりと腕を前に、足を地につけすり足で動く。


 魅入られた。ヨシ・タツは一瞬でこの男の動きに。

 まるでここだけが時間が止まったように感じる。

 

――草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる。


 舞だ。これは舞。

 輪舞ロンドとは違うが……なんと美しい。

 ヨシ・タツは男の一挙手一投足も見逃すまいと目を見開く。

 

――南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり。 

 いつしか彼はここがどこだったのかも忘れ完全に舞に魅入られていた。

 

 その時、空気が変わる。ヨシ・タツは鋭敏に何かを感じ取った。

 ピンと張り詰める空気。炎でさえ彼の舞を演出するかのように舞う。

 

――人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

 一度生を享け、滅せぬもののあるべきか。

 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ。

 

 内容は何も分からぬが、ヨシ・タツの目から自然と涙がこぼれていた。

 きっとこれは神聖な儀式に違いない。ヨシ・タツは確信する。

 

「して、お主、何奴だ?」

「……ハッ……失礼」


 詩を終えた男はヨシ・タツへ目を向ける。

 只者ではない。この眼光……ヨシ・タツはゴクリと喉を鳴らす。

 

「ここは炎に包まれております。きっと聖なる儀式の際中だったかと思いますが、これ以上は危険です。脱出を」

「ははははは。お主は何を言っておるのだ。いつここへ入ったのか知らぬが、罪には問わぬ。とっとと行くがよい伴天連よ」

「バテレン? 私はヨシ・タツ。エファラーン王国の騎士です。お見知りおきを」

「ふむ。儂は……三郎じゃ。もうよい、行け。ここはもう崩れ落ちる」


 ヨシ・タツは頭を捻る。

 彼は殉死するつもりだろうか? しかし、この男の眼光は神の元へ向かおうとするモノには見えない。

 全てを達観し、生を閉じようとしているように思える。

 この火事のせいか? 逃げられぬとでも? それならば、自分に逃げろというのはおかしい……。

 

 ならば。 


「敵……ですか? この炎、龍か何かが外にいるのですか?」

「龍か。それは愉快! 最後に面白い奴に出会えた。これはいい」

「何がいるのです?」

「見れば分かる」


 顎で窓を示す男。

 ヨシ・タツは窓のヘリを掴み、外を覗きこむ。


「花の旗にかがり火……敵軍ですか」

「桔梗じゃ。知らぬのか」

「存じ上げませぬ。私は先ほど日ノ本へ来たばかり」

「アレは元儂の配下だった明智の軍。ここ本能寺は明智軍に包囲されておる」


 部下の謀反……その言葉を聞いた時ヨシ・タツの背がゾワリと総毛だつ。

 裏切り、裏切りこそ最も忌むべき行為。

 耐えることこそ美徳とサガラーンは説くがヨシ・タツはそうは思っていない。

 天子を諫め、導くのが騎士たるものと彼は考えている。

 

「他に部下はおられぬのですか?」

「いるにはいるが、遠方に遠征しておる」

「ならば……ここは落ち延び、明智なるものと改めて話し合うがよいかと」

「はははは。お前は面白いことを言う。ここを抜けるは不可能。お前も見たじゃろう?」

「三郎殿。私が貴殿を外へ導き申し上げる。エクスカリバーに誓って」


 ヨシ・タツは三郎と共に屋敷――本能寺の外へ出た。

 

 ◆◆◆

 

「私はエファラーン王国が騎士ヨシ・タツ。ここを通してもらおう」


 口上をあげるが、帰って来たのは火矢であった。

 ヨシ・タツはため息をつきつつも、手を振る。

 彼の手から出る風圧だけで、火矢は地に落ちた。

 

「説得は通じぬと言ったじゃろう」

「致し方ありません」


 ヨシ・タツは背中の大剣エクスカリバーを引き抜き構える。

 

「殺しはせぬ。少し長く眠ってもらおう」


 ヨシ・タツは力ある言葉を紡ぐ。その際にも矢が飛び、しびれを切らした武士が刀と槍を手に彼へ迫ってくる。

 

「とくと見よ。これが聖剣の輝き……エクスカリバー!」


 エクスカリバーが光り輝き、ヨシ・タツは剣を振り下ろす。

 光は迸り、武士を飲み込んでいく。

 

 光が晴れた後、立っているのはヨシ・タツと三郎のみだった。

 

「行きましょう。三郎殿」

「お主……何者じゃ。まあよい……」

「ご安心を。全て気絶させただけです」


 三郎はヨシ・タツの最後の言葉には何も答えず、口元に笑みを浮かべる。


 ヨシ・タツはまだ知らない。

 彼の目の前にいる人物こそ第六天魔王その人だということを。


 

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