姉と妹?

 フェア達が街へ出たのは全長二十メートルを超える巨大な門で閉ざされた魔王城正門及び、その左右にある普段使い用の小門……ではなく、魔王城地下から侵入できる隠し通路のような道(複数個あるなかの一つ)を通って外に出ていた。

 入口手前がスロープ状になった地下通路を通り、出口へ至ると石造りの空間になった。出口の先には扉があり、そこを開いた右手の方からちょうどインペリアルのメインストリート、王城通りが覗いて見える。

 フェアはそこから顔を覗かせて街のにぎわいを見ていたわけだが、ドアをほんの少しだけ開けていただけであるため、ドアを開けたすぐ目の前のカウンターに座っていた人物に気付いていなかったようだ。


「やっ。商売はかどってるかい?」

「ぼちぼちでんな」

「うわっびっくりした!」


 ナターシャがドアを再び開きながらおもむろに明るい声であいさつをすると、ドアの前から男性の声が帰ってくる。オーラだとか魔力などを感じたり出来ないフェアはひどく驚いた声を漏らした。


「なんですか……急に大声、出さないで、ください」

「ご、ごめんなさい……」


 マーキュリーの体を気遣ってかすぐに謝るフェア。相当不快そうな声であったが、すぐに謝られたこともあって怒りが雲散霧消したらしく、頬を膨らませて「べつに、謝る必要もないですが……」などと小さく呟いた。


「どうです? 何か買っていきませんか」

「いやぁ……ここの商品全部ダサいじゃん……要らないよ……」

「ウグッ……!! じょ、女性に売れる商品も仕入れているつもりなのですが……」


 非常に失礼な事を露骨に怪訝な顔でのたまいつつ、カウンターの横に陳列されていた商品の1つを手に取るナターシャ。犬の髑髏を模した彫刻の目の部分に、青い宝石が埋め込まれた置物である。

ナターシャの感性からすれば、お世辞にも美しいだとかかっこいいとは思えず、辛辣な言葉が出てしまうのであった。


「男向けなら良いサ。これとかなんだい、剣を持った龍を模した護符なんて、女性が好むわけないだろ?」


金メッキの施された、剣を抱えた龍というデザインの御守り。横から見ていたフェアとメイルも微妙な顔をしていた。

店主の言い分では、田舎から観光に来た若い男性には人気とのことだが。


「い、いや……女性向けでしたら、こちらのみにどらのピーター「論外。あんた女性の感性まったくわかってないから、若い女性店員でも雇えば?」


渾身の思いで見せた新商品も、上から一蹴され店主が見るからに凹む。


「う、うーん…い、いい線は行ってるんじゃないかしら?」

「別にフォロー入れなくていいよ。ひm……フェア」


人前で姫などと呼ぶのもおかしなため、事前の打ち合わせで呼び捨てにする方針としていたのだが、呼び慣れずに口走りかけたところでなんとか堪えるナターシャ。

 そんな彼女の言葉に落ち込んでいた店主にフォローの声をフェアがかけるも、ナターシャに止められた。


「あんた、魔王城からの資金で経営には困らないからって、繁忙期に休んだりとか気を抜いてるらしいじゃないか」

「うっ……」

「ある筋から聞いてるよ。ったく」


 店主から顔を逸らして呆れた声を漏らす。


「……リトルとはいっても、龍自体好きという女性も少ないですし……なんだか生々しくてちょっと……」

「古龍の口伝をかき集めて、それを忠実に再現することでやっと完成したものでして。……駄目ですか……そうですか……」


 メイルに憐みと言うか、とても残念なものを見るような目で見られて、一度あげた顔をまた伏せる店主。そんな彼の後ろの方では、ひとり暇を持て余したマーキュリーが小さな太鼓をポコポコ叩いて遊んでいた。


「えーっと、その……あざらしって動物しってるかしら……」

「あざらし? 聞いたこと無いですね……どこ地方の動物ですか?」

「人間領の北部にいる「人間領! それは知らないはずだ。あっちの方の動物を知ってるとは博識なお嬢さんですね」……そう?」


 店主の反応に妙なものを感じつつも、動物を知らないという人物にどう説明しようかと考え込むフェア。横を見ればナターシャは知った顔をしているが、メイルはさっぱし知らないらしい。


「とりあえず……楕円形の体で……猫みたいな顔でつぶらな瞳で、ヒレみたいな手があって……脚は無くて……魚みたいなヒレが横向きについてて……っていう可愛い動物なんだけど……何よその顔」

「い、いえ……その、なんでもないです……」


 なんでもないですという割には目を伏せている店主。失礼なことを考えているのはすぐに察したため、一度睨んだが、目だけでなく顔まで逸らされた。


「とりあえず……ハイ……その。この動物? の特徴とやらを参考にさせていただきます……」

「なんで自信なさそうなのよぶっ飛ばすわよ」


 好意を無下にされているように感じたフェアは、敵意すら見えるほどの怒りの表情を浮かべながら白金のネックレスを鈍く光らせる。店主は知る由もないが、白金のネックレスの効果を護身術の訓練で恐ろしい程知っているメイルは、慌てて仲裁に入る。


「まぁまぁ、口での説明が難しかったら絵で描いてみたらいいんじゃないかな」

「嫌よ。絵心ないし」

「取りつくしまも無い反応速度で……」


 拒否反応の速さに、反射神経には自信しかないメイルが感嘆と呆れの混じった声を漏らす。少々絵の心得はあると自負しているナターシャが、渋々といった様子で描こうとしていると、太鼓をたたいて暇をつぶすのも飽きたらしいマーキュリーがやや魔力を昂ぶらせつつ冷ややかな声で忠告の声をあげる。


「体、しんどいのですが。ここで……油売ってる、だけなら……もう私帰りますよ」

「そういえばそうだ……」


 やっちゃたなぁと苦笑いを浮かべるナターシャに対し、マーキュリーは目から感情を読み取ることは出来ないものの、わずかに頬を膨らませていた。


「どんな動物なのかって、人間領の動物図鑑でも仕入れて確認すればいいでしょ。私達はもう行くわよ。ごめんなさいマーキュリー」


 マーキュリーに対してフェアが謝りつつも、膨らんだ頬をぷにぷにと手で弄んでいるあたり、胆力が凄いというか大物だなと思うメイルである。


「そうですね……店主さん、そういうことですので、すいませんでした」

「あ、いえ! とんでもない……! 私が勝手に引き留めたというだけですから……こちらこそ申し訳ございませんでした! お気をつけて!」


メイルが生真面目に礼をして謝り、それに対して店主がこちらこそと頭を下げる。メイルのそんな姿勢を見てか、ほか三人も手を軽く振るなり、会釈をしてから店の外へと出ていく。メイルもそれに続いて外へと向かい、やっと四人は街の中へと足を踏み入れるのであった。


「人間領……人間領の動物ねぇ……共都きょうと(共生都市国)経由で入手できるだろうか……」


 ◆◇◆◇


「あらためて凄いヒトの数ねぇ……」

「あっはっは。まぁここは魔族国でもヒトが多いスポットだし、そうなるだろうね」

「インペリアルは、魔王城を中心とした……都市計画が、されています、ので。東部に行けば、神殿が居並ぶ、静かなところも……」

「大雑把に区分すれば、ここ、西部は商業区。南部は工業区、北部は居住区といった感じですね。勿論、工業区だからといって一般住宅がないわけでもありませんが」


 感心するフェアの言葉に、流れるように三人が説明を行う。説明の仕方も三者三様で、ナターシャがその言葉だけしか説明しないサッパリとした説明。それを淡々とした調子でマーキュリーが詳しく補足し、メイルが自慢げに蛇足的な説明を行う。

 マーキュリーとメイルの間に妙な隔たりがあるとは感じ取っていたものの、なんだかんだで息が合っているのが面白く感じ、フェアは口元を隠してフフッと笑った。


「む……なんですか。何が、おかしいと……言うんです」

「なんです?」


 フェアの笑い声に気が付いたメイルとマーキュリーの二人が、似たようなタイミングで自分の方を向いて尋ねてきたため、余計に笑う腹筋に力が入る。


「フフッ……その、本当にあなた達、姉妹みたいだと思って……」


 そんな呟きを聞いた騎士と裁判官は互いに顔を一度向い合せ、そしてグワッとフェアへと前のめりで抗議の声をあげた。


「にゃいです!!」「勘弁してください!」


 同時に否定の声をあげ、互いの拒絶の言葉を至近距離で聞いたことから「どういうことですか」「ないとはどういうことですか」などと喧嘩し始める二人。二人の否定の勢いに一瞬圧倒されたものの、フェアと残りのナターシャは二人の喧嘩の様子を見て、微笑ましく思いながら一緒に笑うのであった。

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