服屋と喫茶店での話
「きゃー! 可愛い!」
「そう、ですか……私は、わからないので。勝手に、してください」
人間サイズの女性用の服を専門に取り扱う店で、マーキュリーが一緒に買い物に来たヒト達……主にフェアとナターシャの二人に着せ替え人形状態にさせられていた。わりと高級な服屋であるため、試着などはそう何点もできない。
そのため、交互に可愛いと思われる服装や小物を見つけて来てはマーキュリーの前で掲げて、可愛い可愛いの言葉の嵐である。
大声で騒いでるわけでもなく、買い物籠にもいくらか入れられているため、店員に見逃して貰っていた。
「ほ、ほんとすいません……」
「お気になさらず。これからもご愛用戴ければ、我々としても幸いですので」
「ほんと申し訳ない……」
責任者らしき人物に恐縮しながら謝るメイルの存在もあろうが。
商魂たくましい返事を貰って何とも言えない表情になりつつ、メイルは再度頭を下げる。
「ん……あと十分ぐらいか。そろそろ休憩する場所探そうかね」
「もうそんな時間? 早いわね」
「楽しい時間ってのはそんなもんサ」
ナターシャが手元の時計を見て三十分以上経っているのを確認すると、そそくさと手に持った服を元に戻して、買い物籠を持った付き添いの店員を購入カウンターへ促した。
「私は、ただ疲れた……だけ、です」
「ごめんごめん。次はマーキュリーの希望するところで良いからサ」
「ごめんなさい。あんまり可愛くてつい」
むくれるマーキュリーに対し、見えていないとは思いつつ両手を合わせて二人が謝る。店員たちが商品の金額を確認し、そろばんで計算していくなか、フェアがおずおずと窺う。
「私もお金出す、けど……」
「いやいや、ひm……フェアは良いって。あたいが全部持つよ。第一この金額の商品、一つでも買えるかい?」
「うぐっ……ひ、一つぐらいなら……」
値札を見せた途端、自身で持ってきた小遣いを見て苦しそうな声を漏らすフェア。払えるには払えるが、一つ買えばもう底をついてしまうのだろう。素直に表情に出すフェアを見て、メイルとナターシャがクスクスと笑った。
「その言葉だけでもありがたく貰っとくよ。フェアは父親にでもマーキュリーにでも別の店で買ってあげな。背伸びして一人に罪悪感を感じさせながら喜ばせるより、複数人を喜ばせた方が良いだろう?」
「私はべつに、罪悪感など、感じ……ませんので」
「まったくマーキュリーは素直じゃないですね。魔力で丸わかりですよ」
「勝手に、ヒトの感情を……判別しないで、ください」
真横に立ったメイルのお腹をポンポンと殴るマーキュリー。フェアも鋭い勘で察してはいたが、マーキュリーのそのわかりやすい反応に、微笑ましく感じて笑った。
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして。感性が似てるのか、よく似合うと思うのを見つけて来るから。楽しかったしそれで十分サ」
そう言ってフェアの頭を少しだけ撫でるナターシャ。嫌がる、かと思ったらこそばゆそうに肩を竦めて、素直に撫でられていた。髪の毛はすぐに整えたが。
「はい、それでは総計」
店員が見せてきたとんでもない金額を目にしてフェアが思わず戦慄するも、ナターシャは何気ない顔で小切手にサインを書きこむ。実はナターシャはこの店の常連で、現金払いでなくとも可能なのである。現金を持ち歩いてはいるが、さすがに高級品をまとめ買いできるほどは持ち歩いていない。
「確認いたしました。お荷物はどうなさいますか?」
「全部持って帰るサ。「え!?」バッグもあるし……なんだいフェア」
見るからに大荷物になるであろう服の山を持ちかえると聞いて、フェアが驚いた声をあげる。のだが、他三人や店員たちには声の意味がいまいち通じていないようであった。
「持ちきれるの? いや私変な事言ってる……?」
「あ、あぁそういうことですか! 『
「えくす……なに?」
急に聞きなれない単語が出てきたため、怪訝な表情になるフェア。
「まぁその辺は後で。とりあえず喫茶店でも行こう。マーキュリー座らせないと」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
店員たちに見送られ、四人はメイルがおススメだと言う喫茶店へと赴く。珈琲が美味しいらしく、普段飲む豆をここから仕入れていると言う。
「私コーヒーあんまり飲んだこと無くて苦手なんだけど……」
「私、も……」
もごもごと喋るフェアに続いて、マーキュリーが小さな声で呟く。そんな二人の暴露に、大人組はふふふと笑った。どちらも普段は背伸びしているようなところがあるが、やはりまだ幼いなと感じるのだ。
「マーキュリーは子供舌だし仕方ないサ」
「……の、飲めますし……」
「別に強がらなくて良いですから。大人でもミルクやら砂糖やらを入れる方は居るし」
「ま、まぁ……にゃ……なんでも、いいです……」
人猫族の血が混じっているため、な行を特に噛みやすいマーキュリー。なんだか悔しいようで顔を逸らすと、二人に頬をつつかれることに。さすがにしつこいと振り払いながら、喫茶店の中へと入っていった。
☆
「男性陣は今も仕事してるのかねぇ。お疲れ様って感じだ」
「うーん……と言うか、あんな暗闇になるなんて事件が起きたのに、遊んでて良いんでしょうか……?」
「何言ってるのよ。休む時は休まないと駄目よ。下僕の指示……なんだから、気にせず楽しめばいいのよ」
「メイルは真面目だからねぇ。ま、全力でリラックスしたほうがいいと思うよ」
「私、しばらく……本業が、無さそう、です」
「上級裁判所で一部裁判を続けるとか噂で聞きましたが?」
「えぇ……休めばいいのに……」
「そういう、わけには……仕事、したこと無いから……そうゆうこと、言えるん、です」
「たしかに仕事はしたこと無いけれど……私だって屋敷の掃除から洗濯から料理まで、全部一人でやってたのよ?」
「えっ!? あの大きい屋敷をですか!?」
「あ……ミルク、コーヒー……美味しい……」
「そうよ。下僕たちが来る以前は、パパも居ないことが多かったか、ほとんど全部、私が。一日で全部掃除は終わらないから、今日はこの部屋とこの部屋、明日はあっちとこっち……みたいにローテーションでね」
「やるじゃないか」
「ふふ。しっかりしているでしょう? 料理だってそこらの人には負けないわよ」
「確かに美味しいですね。屋敷でひめ……フェアの、作ったご飯を頂きましたが、なかなかのもので」
「ほう」
「……私、だって……目が、見えていれば、料理ぐらい……」
「マーキュリーも介添えがあれば一般料理ぐらい作れるサ」
「よしよし……今度、料理一緒に作りましょう」
「いちいち頭をにゃで……なでにゃ……ないで、ください」
「コーヒー豆、何袋か買おうかな……」
☆
「あ、そうだ。さっきのえくすなんとかって何?」
「すっかり忘れてました」
「メイルさん……」
「あー……うん。魔法道具ってヤツ。
「魔法道具ぐらいあるけど……照明とか水道ぐらいよ」
「フェア、アイスティー薄くなっちゃいますよ」
「ほんとかい? 随分と遅れてるもんだ……」
「そりゃあ、統治者が統治者だもの。魔族ほど魔力の多いヒトも少ないしね」
「……つまり、魔王様を……統治者として認めてりゅ……という、ことですか」
「えー? ……んー、そうなのかもしれないわね……心底不愉快だけど」
「不愉快って」
「ともかく、それで? どういうものなの?」
「“エクス、ディメンション”。空間拡張。かばん、などの中身を。本来よりも、大きくする……魔法、です。位階は、学徒から……導士級に、あたりぇます」
「マーキュリー、いちご食べるかい?」「いただき、ます」
「えーっと、つまり。見た目よりもいっぱい入るカバンってこと?」
「そそ。あとでカバン屋にでも行こうか。良いデザインの店知ってるよ。って、あぁ忘れてた」
「どうしました?」
「さっき買った服。これとこれをはい」
「私?」「いつの間に」
「なに、別に何の気兼ねもなく貰っときな。プレゼントサ」
「ありがとう。大切にするわ……でも……」
「にゃーん」「ゴロゴロゴロ……」「可愛い、ねこ……です」
「サイズも合ってると思うよ。実はあたい、ピット器官やらを使って、ヒトのサイズを測れるって特技があるのサ」
「ちょっ……」
「これから大きくなるだろうし、気にしなくて良いんじゃないかい?」
「くっ」
「ちなみに、メイルは腹筋割れてるよ」
「ぶっ……! な、何言い出して!」
「うそ、ほんとに?」
「そうさ。それが女の子らしくない~とか言って、気にして「わーわー!」はいはい」
「くぅ……性格悪いなぁ……」
「いつも、そうです…………メイルさん、こっち見てるの、わかりますよ。なんの視線ですか」
「まぁまぁ。それちゃんと見てみなよ」
「これですか?」
「あら可愛いスカート」
「こ、こんなの履けるわけないじゃん!」
「普段からズボンばっかり履いてるから、女の子らしくないなんて思うのサ。全身見立ててるから、それ着て魔王様にでも見せてきなよ」
「無理です!」
「それとドラゴンに挑むのだったら?」
「ドラゴンです!!」
「さすがにどうなのさ……」
「というか気にしなくてもメイル可愛いじゃない」
「えぇ!?」
「それは、まぁね。インペリアルでファンクラブがあるぐらいだし」
「なにそれ初耳なんですが!?」
「“我が国の誇る、可憐にして麗しの女大将軍。そして救世主として舞い降りたもう戦いの女神である、魔族将軍メイル・フローレンスを奉じ崇める会”だっけねぇ」
「なんですかそれ……」「ふふ……」「マーキュリィー……?」
「だから自分に自信を持ちなってことさ。アンタが思ってるより、メイルっていう女は魅力的なのサ」
「うぅ……そう、真っ向から言われると……」
「かわいい」「ほら可愛いじゃないか」「ねこ被って、たりして」「にゃーお」
「あ、ありがとうございます……だけど、マーキュリィー!!」
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