閻魔もちゃんと仕事はしてる
「ぐあぁぁ! やっと解放された。疲れたねー」
「うん……なんだかお腹すいちゃった」
やっと入街管理所から出られた解放感からか、閻魔は伸びをしながら笑いかけ、それに天照が呑気に答えていた。まぁ現世に降臨するにあたり、肉体を持っているのだ。午前中から取調室にずっと拘束されていたとなれば、お腹も減るであろう。
「あの……あなた方はいったい……」
そんなイチャつく二人に対し、困惑した声音で話かけるくたびれたローブの女。二人に対して親愛の情すら湧いていたりするのだが、突如として湧いたその感情におおいに混乱していた。
「ん? あぁ、すまない。巻き込んで悪かったねぇ。ただ、力を使っちまう回数を減らすには協力してもらうしかなかったからさぁ」
「力……とはもしや」
へらへらと笑いながら語る閻魔に対し、サーシルはひどく神妙な面持ちで質問を返す。
「勘の良いヤツは嫌いだよ……つって。まぁそうさ。君の精神を“ちょっと弄らせて”もらった」
「やは……り……」
サーシルが声を潜めながら足元に視線を落とす。天照はそんな彼女の様子に首を傾げていたが、ヒトの心を読む権能を持つ閻魔は大きく呆れたように息を吐いた。
「“君じゃ無理だよ”」
「!!」
考えていたことを見透かされ、サーシルは思わず閻魔の方を向いて悲しそうな表情をとる。そんな彼女の心を読み、面倒くさいなぁとは思いつつも精神を操った代償としてそれなりに、説明をすることにした。
「失礼。言葉を誤ったようだ。君に限らず、“現世のヒトビトには、究極的に不可能”だ。どれだけ研究をしようが、君達この世界の存在と、ボクらは“根本的に異なる存在”だ。そもそもボクと同格の存在など居るものかよ」
「根本的に異なる……?」
閻魔の意味深な台詞に疑問の声をあげるも、当の閻魔はこれ以上はやべぇと手で口を塞いで見せた。
「それ以上はノーコメント。まぁ一つアドバイスをするなら、僕とは違うアプローチでやってみることだな。“既に『精神操作』の限界点を超越した者は存在している”」
閻魔が教えたのは、厳然たる事実。彼が三界の調停者として地上を観測して確認した、とある魔法のことである。条件が当てはまっていれば閻魔でさえも影響を受ける、“神話級魔法”。
閻魔は、その魔法についての忠告も含めてサーシルに存在をほのめかしたのだ。
(あの魔法はヤバい。もしアランあたりが影響を受ければ、魔族国が……いや、世界が滅びかねない)
問題の魔法の影響を受けた友人の姿を想像し、閻魔は肝を冷やす。無尽蔵とも思える強大な魔力を備え、万の数の魔法を行使する、世界最強。いや、三界を持ってしても最強の存在。それが。
「……ま、君の目指すものは悪いとは言わんさ」
閻魔は話題を唐突に切る。悪魔や天使らと異なり、創造神に三つの世界の調整を直接任されている彼にとって、いずれの世界に強く干渉することは許されないのだ。これ以上はいけないと創造神からの啓示があり、閻魔は顔を顰めながら話題を止めた。
「それじゃ」
閻魔はサーシルの背を向けると、天照の肩を掴んでどこかへと去っていく。彼らしくオンオフの切り替えも早く、妙にデレデレとした声音で「何食べようかー」などと天照と普通の会話をしていた。
「あっちじゃなかなか食べられないもんとか食べたいねー。肉とか?」
「肉は……良いかな……」
「米かー!お米好きだなー!肉食いし、なんか丼物探すかー」
そんな会話を交わして、のんびりと“王都インペリアル”の中心街へと歩いていく。
サーシルはそんな二人のことを立ち止まったまま見送る。リア充爆発しろだとか、そういったしょうもない感情が見えるわけでもなく、どこか遠くにあるものを見上げているような瞳であった。
「……トゥミリカさん、やはり。あなたの予言のとおりでした」
サーシルは誰かの名前をつぶやくと、二人の後を追うわけでもなく街の東側へと、フードを目深に被ったまた歩いていくのだった。
◆◇◆◇
「すごーい!辺り一面にヒトが居るわ…こんなに賑やかなところ、私初めてよ」
「初めて、ですか」
キョロキョロと背伸びをして辺りを見渡しながら、妙にウキウキとして語られるフェアの言葉。それに対して、私服に眼鏡という出で立ちのメイルが言葉の一部を反芻する。
「えぇ。屋敷の麓の街ぐらいなら行ったことはあるけれど、こんな大都会は初めて!賑やかで、活気があって…すごく楽しそう!」
まさに心の底からの賞賛といった調子のフェアの台詞に気分が良くなったらしいメイルは、自分の事のように誇らしげに胸を張って答えた。
「そうでしょうとも!数千年の歴史を誇る、世界屈指の大国…いや、世界一の国こそ、我が国。魔族国ですから!」
フェアの目の前に広がるのは、多数の異種族が互いに気兼ねなく接し、人も馬車も荷車も縦横無尽に行き交う圧倒されるような大都会の光景。
魔王城前を一直線に貫くように通る、王都インペリアルのメインストリート、通称“王城通り”。それに区画整理によって直角に幾本もの横道が作られている。
「メイル、もうちょっと配慮しなよ」
「え?は!?すいません姫様、そんなつもりでは!」
「なにが?」
風通しの良い暗緑色のロングスカートにオレンジと黄色のボーダー柄のタートルネック、七部丈の紺色の上着の裾を結ぶ……という出で立ちのナターシャがメイルにツッコミを入れる。
メイルはツッコミの意図にすぐに思い当たりフェアにすぐ頭を下げたが、謝られた本人は気が付いていない様子であった。とはいえ勘がいいこともありすぐに気が付いたが。
「あ、別に国の自慢を聞いて怒ったりなんかしないわよ。むしろもっと教えて欲しいぐらい」
「そうなんですか……?」
「えぇ。ママの事もあるから……むしろ人間より魔族の方が好きなぐらいよ」
そう言ってフェアは天真爛漫に笑う。
魔族の方が好きと言われてメイルとナターシャの二人は頬を綻ばせるが、ちょうどそこに介護者用の浮遊椅子に座ったマーキュリーが看護師に連れられてやってきた。
「お待たせしました。……我々としては明日まで絶対安静としたいところですが、特別に許可するんですよ」
「はいはい。ごめんね、手間かけちゃって」
「はぁ……仕事なので良いですが……。四十五分につき二十分以上の休憩を厳守してください。それにマーキュリー様を走らせたり妙な物を食べさせたり魔法を使わせたり「はいはいわかったからレクチャーはもう受けたって」
看護師が早口で守る事などを語ろうとするのを、ナターシャが遮る。途中で口をつぐまされて、ムッとした表情になり、しばらくもにょもにょと口を動かしていた。しかしやがて諦めがついたのか溜息をつき、椅子を降りたマーキュリーとフェアらにお辞儀をして帰って行った。
「マーキュリー、大丈夫? ふらふらしない?」
「大丈夫……です。心配にゃ……なさらずとも、普通に、歩けます」
相変わらず大事なところで噛んでいるが、立って足踏みなどをしてもわりと平気そうな顔をしており、フェアと同僚二人はほっと肩を微かになで下ろす。
「四十五分後だね……よしと」
「なにそれ?」
カチカチと音を鳴るナターシャの腕につけられた物体を指さし、フェアが疑問の声をあげる。
「これ? 腕時計ってやつさ」
「時計!? この大きさが!?」
「凄いよ。この大きさで全然狂いが無いってんだから。流石は“楽都”産だよ」
ニコリと笑って左腕につけた精密機械をフェアに見せるナターシャ。初めて見ると、メイルも一緒に機械をまじまじと観察するなか、ナターシャが何気なく語った。
「……そのぶんめちゃくちゃ高くて、給料でも大変だから……魔王城の経費で買ったんで、備品扱いなんだよね……」
微妙にしょぼくれた声を漏らすナターシャをなんとか励まそうと言葉を探すも、他三人ともなかなか答えが出せないのであった。
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